【切り抜き】幼馴染み・宮島郁掛け合い集

各エピソードを切り抜いたものです。

基本物語の主要なネタバレは回避しています。

――――

*第1話 流離いの男


 宮島じゃないか。


 宮島郁。


 気まずそうな目を俺に向けていやがる。


 彼女は所謂幼馴染みで、家も近所だ。お互いの親の仲が良く、近所同士で家に遊びに行ったりもしたし、昔は普通に話した。


 俺たちが言葉を交わさなくなったのは、中学に上がった辺りからだろうか。


 喧嘩をしただとか、特別仲が悪くなるような出来事があったわけじゃない。まず部活が別になったことで登校する時間が別々になり、クラスが離れると、自然と仲の良いグループも変わる。


 近所で顔を合わせても、俺は気付かないふりをした。


 そこには(多分)熾烈な空気の読み合いがあって、どちらかがいつの間にか歩幅を狭めて、いつの間にか視界から消えているのだ。

 

 だが、高校は同じだった。ここらは(自分で言うのもなんだが)都会も都会だから、通う高校なんて私立を含めば幾らでもあった筈なのに。


 同じだっただけなんだが。


――――

*第20話 渋谷、十七時


 振り向くと、昨日より洒落た格好をした郁が立っている。今日はベースボールキャップに、オーバーサイズのTシャツ。下に履いているものはTシャツの裾に隠れて見えないが、足の素肌が見えているから短パンか何かだろう。それに、スマホくらいしか入らないように見える小ささのポシェット。


「うお……」


 どこに出しても恥ずかしくない、立派な渋谷女子って感じだ。


……というか、やっぱり美人――美人? そういうのとはちょっとニュアンスが違うんだが、とにかく整った顔立ちをしているんだ、な。こいつって。

 

 こちとら大して工夫も無いジーンズにTシャツの組み合わせなんだぞ。隣に立つのが恥ずかしいだろ。


 ……私服の郁に会うと改めて思うが、俺という男は郁にとことん釣り合っていないな。


「すっごい偶然! 丁度友達と歩いててさ!」


「お、おう」


 まあ、俺たちの住んでいるエリアから高校生が遊びに行くとなると大体渋谷になるんだが。


 それにしても、友達を置いて俺との(多分)実りの無い会合に休日の時間を使うなんて。郁のことだから、きっと一緒にいた友達というのも別クラスの一軍女子だろう。


「友達はいいのかよ」


「うん。この時間だし、皆帰るってさ。私は家近くだからまだアレだけど。蓮もでしょ?」


「あ、うん」


 何が「アレ」なのかは分からないが、まだ家に帰らなくても平気でしょという意味だろう。

――――

*第18話 男子高校生の弱点


「ちょっと蓮。こんなに離れてたら見失っちゃうんじゃない」


「仕方ないだろ。俺たち制服なんだぞ。先生からしたら人混みの中でも目に付くだろうし」


 当たり前だが、俺たちは人を尾行した経験など皆無だ。


 今、東海道先生とはおよそ二十メートルほど離れているが一応そこは尾行らしく電柱や看板の陰に隠れたりしている。通行人からすれば奇妙な二人組に見えるんだろう。行き交う人々も一々奇異な目線を俺たちに向けてくる。


「……なんか、さっきからすっごい人の視線感じるけど、尾行ってこれで合ってんの?」


「分からん。とにかく、東海道先生に見つからなきゃいいんじゃないかな」


 それにしても、お嬢様と言うからいきなりタクシーでも停めるんじゃないかと思っていたが、先生は普通に徒歩で学校前の大通りを東に進んで行っている。


 ちなみに、俺たちの家はこの通りの横断歩道を渡って北へ歩いた場所にあるわけだが、とっくにいつもの登下校ルートからは外れている。二駅分くらいは歩いただろうか。


 とはいえ、この道を歩いたことがないわけじゃない。


「……ねえ、何か懐かしくない?」


 スナックの蛍光看板の裏で息を潜める郁が言う。


「ん?」


「こっちの道って、私達が小学校の頃一緒に歩いてた道じゃん」


「そう……だな」


「まさか高校生になって蓮と歩くと思わなかったよ」


「俺は中学の頃もこっちの道使ってたけど」


「うっそ!? 向こうの通りの方が近くない!?」


「ちょ……待て。先生を見失うぞ」


 ふと気が付いて見れば、東海道先生は既に三十メートル近く前方を歩いている。――と、その時ふらっと美容院を右に曲がって行ったので慌てて走り出した。


「だってさあ! 中学って向こうでしょっ!? 絶対文化センターの前の通りから行った方が速いじゃん!?」


「はあっ……、それっ……、今話す程重要か!?」


 結構な速度で走っているのに、郁は殆ど息を切らさずになおも喋る。そういえばこいつは元運動部。ナチュラル帰宅部の俺とは体力が違うわけだ。


「だってさあ!」


 美容室の前に辿り着いた。ビルの壁に隠れて通りの様子を窺うと、小洒落た飲食店が建ち並ぶ細い路地に、歩行者は二人。東海道先生と、もう一人は今し方美容室から出たと思われる線の細いビジュアル系ファッションの男。


「ここから先は隠れられる場所は少なそうだ。十分距離が離れてから――」


「蓮、中学から私のこと避けてたじゃん」


 俺は郁の顔を正面から見た。額に浮かぶ汗は、今の運動によるものなのか。


 まさか、今その話題を出すとは。


「いや、それは――違うだろ」


「何が違うの?」


 郁は強い眼差しで尋ねてくる。俺の持っていない目の光を、彼女は持っている。

――――

*第35話 嘘


 郁とは……夏休み直前の終業式以来会っていない。


 あれから大体一週間が経過しているわけだが……この変わりようは何だ!?


「あ~っ!! 蓮!!」


「お。おお……」


 健康的な肌色だったとはいえ、まだ白いと言えた肌はすっかり小麦色に焼き上がり、肩に掛かるまで伸ばしていた髪は後ろで纏め上げてポニーテールにしている。


「たった数日で何でそんなに肌が焼けるんだ、お前……?」


 こいつ、夏休み始まってから一体どんな生活してたんだ。


「そんなことより、何で勝手に先行っちゃうかな!? 私家で待ってたんだけど!?」


「勝手も何も、別に今朝は一緒に出る約束なんかしてないだろ。それも、家の中で待ってるって……何で俺が迎えに行かなきゃならないんだ」


「だって、いつも私が迎えに行ってるんじゃフェアじゃないし!」


「お前は道路で俺を待ち構えているだけだろが!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って待って」


 俺と郁の間に一ノ瀬が割って入る。


「……え? 何で宮っちがこんなのとそんな話してるわけ? え?……付き合ってるんじゃ、ないんだよね?」


「…………」


 一ノ瀬の冷や水のような言葉に、何故か郁が沈黙を返す。


「おい、何でそこで黙るんだよ。マジっぽい雰囲気になるだろ」


 慌てて俺が言葉を挟むと、郁がカラッと笑った。


「……冗談冗談! うち、蓮の家とすごい近所なんだよね。だから登校するときいっつも顔合わせてるんだ」


「だっ……だよね~! あー、びっくりした……」


 ――登校するときに、いつも顔を合わす?


 俺と郁は顔を合わすどころか、最近は一緒に朝出て、束の間の時間にゲームの話をしているんだが……それは郁の中では「顔を合わせる」ということになっているのか? これまでの時間で考えれば、確かに「顔を合わせる」……それどころか、「気付かないふりをする」時間の方が圧倒的に長いとはいえ。


 ……いや、そんなはずはない、よな。


 郁は――嘘を吐いたのか。


 多くの友人に囲まれる郁を横目に、俺はじわじわと嫌な感情が拡がるのを自覚せざるを得なかった。


 確かに、郁からすれば俺みたいな男子と一緒に登校しているなんてあまり人に突かれたくない話かもしれない。言うなれば、これは彼女に取ってのスキャンダルなのだ。


 俺とていたずらに郁の学園生活を脅かしたいわけではない。


 ……この合宿中、郁とはなるべく距離を置いた方が良いかもな。

――――

*第51話 単純な心理 単純な真理


「郁」


 背後から声を掛けると、郁はびくりと肩を震わせて振り向いた。


「れ、蓮……」


 郁の動揺っぷりは、それはもう見ていられないような有様だった。俺の顔を直視したかと思えば俯いて、変なTシャツを持った指先は強く握りすぎて震えている。こんなに緊張されたんじゃ、楽に構えていた俺まで体が強ばってしまうじゃないか。


 こんな郁は、かなり久しぶりに見たような気がする。ちなみに前に見たのは小学生の時で、何かクラスの出し物の演劇の本番前という分かりやすいシチュエーションだったか。


「え……と、こ、甲塚さんは?」


「アイス食ってどっか行っちゃったよ。話ってのは、俺だけじゃまずいのか」


「いや、蓮にも……」


 と、郁が強く握っている変なプリントのTシャツを、突き出すよう出してきた出してきた。


「こ、これ。あ、明日の帰りに渡そうと……し、したんだけどね」


「なんだよ、これ?」


 俺は受け取ったTシャツをコンビニの明かりで照らしてみた。白地にデフォルメされた犬がピースしているイラストが描かれていて、郁が握っていたからか既に皺ができている。


「えーと……」


 郁の行動の意味がちっとも分からない。

 

「ごめん。何一つ意味が分からないんだけど……なにこれ?」


 このまま俺が受け取って良いのかすらも分からないので、郁に突き返す。すると、素直に犬を抱きしめるように受け取った。さらに突然目をうるうるさせたものだから、


 ――あ、まずい。


 と、危機感を察知した時にはもう遅い。


「うっ!! うえええぇぇぇ!!」


「ちょ! ちょ、ちょ、ちょっと!?」


 郁は周りも憚らず大声を挙げて泣き出してしまったのだ。


 こうなると、もう手が付けられない。泣き出した女子を前にした一介の男子高校生なんて皆平等、慌てふためくしかないだろうが。


 というか、こんなシチュエーションを他の生徒に見られたらマジでやばい……!

 

「な、泣くなよっ。泣くな!」


「ううう! うえぇぇぇっ……」


 泡を食って郁の肩を掴むと、パッとみて人気が無さそうな道へと引き連れていった。


 少し歩いてからハッとした。それはまんま昼間に通った海へと向かう道だったのだ。日が落ちて昼間の様子とは違っていたので、行く手に夜の海が拡がったときにはこんな状況にも関わらず素直に感動してしまった。


「うっ!!……ううぅ!」


「お、落ち着けって……ほら! 郁! 海だぞ! 海!!」


「うっ! うっ、……うみぃ?」


 まさかこんな子供だましみたいなやり口で泣き止みはしないだろうと思ったが、意外にもこれが功を奏したらしい。郁はずびりと鼻水を吸い上げると、濡れた瞳をぽかんと開いて景色を眺めた。


 さっきまで面倒臭い甲塚を相手にしていた俺は、こいつは本当に単純で助かるなあとしみじみ感心してしまう。


 *


「怒ってない。それに、悪口言ってたの殆ど一ノ瀬だろ」


「でも……ごめんね」


「なんだよ」俺は苦笑して郁の謝罪を流した。「怒ってないって。マジで」


「怒ることと傷つくことは、違うことだよ」


「……」


 こいつ、単純なくせにときたま単純な真理を言うよな……。頭の中にあんこでも詰まっているんじゃないだろうか。


 確かに、俺も甲塚も傷ついたことは事実、なんだけど。


「でも、俺の方こそ郁に謝らないと」


「え?」


 心底分からない、という顔をする。


「昼間のこと……なんだけど」


 今の今になって、俺が今までまともに友人に謝ったことがない事実に思い当たった。「ごめん」の一言だけなのに、これほど胸がざわついて口がべたつくものか。


「なんか、変な突き放し方しちゃって……ご、ごめん……」


「あーっ!! あれか!? あれほんと傷ついた私! 謝ってよ!!」


 郁はそれまでのしおしおした態度から一変して怒りだしてしまった。

――――

*第52話 ここで第37話のロードが入ります


「はい! ここ!!」


 唐突に郁が手を鳴らして、状況再現を打ち止める。


「今、出てます。選択肢」


 両手を空中に挙げて、何やら頭上に吹き出しのようなものが出ているジェスチャーをしてそんなことを言い出した。


「選択肢? このタイミングで?」


 そう言うってことは、郁が変えたい過去ってのはこの辺りのことなのか。となると、当時の現場には間近に俺が立っていたってことになるけど、正直全然心当たりが無い。郁の発言にイラッとした記憶もないし、こう、心が少しでも動いたようなことは無い筈だが……。

 

 ところが、郁は頭上を眺めたままふっと感慨深げな沈黙を始めた。


「どうした?」


「え~とね……」


「選択肢、出てんだろ?」


「出てる」


 俺は、郁がなにやら只事では無い程の緊張をしているようなのを感じ取った。こちらとしては、郁の頭上に出ている選択肢を知る術はないわけで、何をそんなに肩肘張っているのかと肩を叩いてやりたいところだが……どうも、そんな雰囲気でないことは鈍い俺でも流石に分かる。


 せめて、選択肢の一文字でも俺に見られやしないかと郁の視線を追うと、そこには丁度、月が浮かんでいるのだった。


「綺麗だな」


「ん……ん!?」


 郁が弾けたように俺の方を向く。ビックリするほど顔中に汗が噴き出ている。


「月がさ。ありがちな構図だけど、流石に数多の画家が描いただけはあるよ」


「あ、月ね! うん……うん?」


 郁は唐突に自分の汗の量に気が付いたらしく、あたふたと汗を指で払い始めた。


「……もしかして、選択肢忘れたんじゃないだろうな? 何なの、この時間」


「わ、忘れてないよ。え~と、ね……」


 さっき払いのけた腕を繋ぎ直すと、郁はこう言った。


「私は……、蓮と、一緒が良いよ」

 

「……ああ。うん……?」


 ――選択肢、変わったか?


――――

ここまで読んでいただきありがとうございました。

みとけんは現在は前作「ゴーストネットワーク」のレビューを超えることを目標としています。

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