負けヒロインのあとしまつ
みとけん
切り抜きエピソード
【切り抜き】暴君・甲塚希子コミュ障集
各エピソードを切り抜いたものです。
基本物語の主要なネタバレは回避しています。
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*第2話 甲塚希子からの呼び出し
甲塚希子は我が1-B、いや、学年一の変人だ。その見てくれは一昔前のギャルといった感じで、後ろに纏めたウェーブ掛かった髪はすすきのような金色。右のこめかみ辺りをツーブロックに刈り上げて、露わになった耳のピアスが目立っている。自由な校風の私立桜庭高校では髪染めもピアスも禁じられていないとはいえ、今時ここまで露骨に不良然とした生徒は他にいない。目立たない方がどうかしている。
だが、彼女が「不良」ではなく「変人」と呼ばれることにはワケがある。
「……そうだ。お前、たしか学期初めの挨拶で『人間観察が趣味』だって」
「なんだ、憶えてんじゃん」
「あんなインパクトたっぷりの自己紹介、忘れるかよ……」
――甲塚希子。趣味は人間観察。たれ込みはいつでも歓迎。ヨロシク。
最後にぺこっと頭を下げて、どかりと席に腰を降ろす彼女を見たときは世間にはおかしな奴がいるもんだと思ったものだ。
それでいて成績は上の下で、得意科目は数学。ギャルなんてこの巨大な私立桜庭高校には少数ながら生息しているというのに、甲塚は彼女たちに組しない。一匹狼の孤高なギャル(少なくとも見てくれは)なのだ。
――――
*第3話 ダンゴムシの冒険
「生憎だけど、宮島郁はあんたほど情弱じゃないみたいよ。……ほら、あそこが宮島郁の教室」
甲塚は器用に鍵を指先で挟んで、宮島のクラス――1-Dの入り口を指し示した。
「お、おう……」
思わず尻込んでしまう俺は知らないクラスに入るのは苦手だ。一日の授業が終わって開放的な雰囲気になっているとはいえ、馴染みのない人間の中を掻き分けて宮島に話を聞くなんて……いや、俺は甲塚に付いていくだけなんだろうが。
と思ったら、「佐竹、ちょっくら聞き込みをしておいでよ」と甲塚が言い出す。
「俺一人で!?」
「私、知らないクラスに入るの嫌だもの」
仮にも人間観察部の部長が一体何を言い出すのか。思わず溜息を吐くと、「あ? 溜息なんて吐く? 私はいいんだよ別に。明日から佐竹が学校に顔出せなくなってもさ」とマシンガンのように嫌なことを喋る。
「……分かったよ。宮島を探してくればいいんだろ」
結局これだ。甲塚には『弱み』を完全に掴まれていて、俺は彼女に逆らうことが出来ない。彼女はこの調子で学校中の人間の『弱み』を掌握して、影の番長にでも成り上がるつもりなんだろうか。
「分かれば良い。さあ、行きなさい」
――――
*第5話 ある思春期の願望
「ちょっとー! 何ぼんやりしてんだよ!」
「いや、考えてもみれば、俺と宮島って特段家を訪ね合う仲でもないというか……。いきなり俺と甲塚が尋ねてきて、素直に応対すると思えないんだけど」
「……はぁっ!?」
後方にいた甲塚が俺の所までやってくる。出会って間もない彼女だが、俺には一つ分かったことがある。
怒った甲塚は、このようにドスドスと足をがに股にして歩くのだ。
「じゃあ、何。ここまで来て二人仲良く帰ろうとでも言うわけ?」
「いや、俺の家そこだし……」
俺の目線とほぼ同じ高さにある甲塚の右眉毛が、ぐいっと効果音が付くほど持ち上がった。
「御託はいいからさっさと宮島を呼び出しな」
「うわっ、お前悪モンみたな台詞言うな……」
「いいから……」甲塚はその場で二歩下がったかと思うと――「行けっ!」
勢いよく伸びた甲塚の前蹴りが俺の尻に突き刺さる。
「いたっ!?」……くない。あんまり。
いや、全然痛くない。
「……?」
何とも言えない目線を甲塚に向けると、慌てたように「は、早くしろ!」とせっつく。
*
「お、おじゃましま~す……」
そろそろと宮島家の玄関をくぐると、懐かしい香りがふっと俺の鼻腔をくすぐった。それは多分木造の壁に染みついた生活臭で、具体的に言えば宮島父が宮島が四歳の時に止めた煙草だったり、ある夜俺がお泊まり会をした夜のカレーの匂いだったり、いつの間に死んでいた犬の毛皮の匂いだったりするんだろう。俺はそれを憶えている。
「す~……」と、俺に続いて宮島が玄関を抜けてくる。
「……おい」
廊下に上がったところで、さっきから様子がおかしい甲塚に声を掛ける。
「な、なによ」
「お前、何か変だぞ。さっきから。挙動不審というか……」
甲塚は「何言い出してんの?」と、最早見慣れてしまったキツい態度で言葉を返してくる。「別にキョドってなんかないし」
――――
*第6話 怪獣の鳴き声
目の前の部屋からは、扉越しに分かるほど大音量の電子音が聞こえてくる。
これは……。
「ゲームか。宮島にそんな趣味があったとは」
「……俺も知らなかった」
「くく、意外な一面発見ね。宮島についてはSNSのアカウントが見つからなかったからもどかしかったのよお……」
甲塚が例のダーキーなスマイルを浮かべて腕を組む。
宮島の下に甲塚を導くのは不本意では無いとは言え、これから起こるであろうことを予想して気分が暗くなる。……甲塚のことだから、ノックも無しにバンと扉を開いては傷心中の宮島に、ショウタロウの弱みについて問いただすんじゃないか……。
と、思ったら。
「じゃあ、……早く、開けなさいよ」
「……」
また、俺のイメージから現実がずれる。
こういうとき、真っ先に自分の手で扉を開くのがこいつのキャラじゃないのか。
「何ぼーっとしてんの。ほら、早く」
「お前、何か変だぞ」
「な、なにが」
「何て言うか……」俺は後頭部を掻きながら言葉を探した。が、貧弱な俺の頭には大した語彙を貯蔵していない。「……コミュ障みたいだ」
「こっ、コミュ障!?」
甲塚は明らかに狼狽している。
「思い返せば、宮島のクラスを尋ねるのも、家に入るのも何だか俺を矢面に立たせてるみたいだし……。おばさんとも何かぎこちなかったし……そうだよ! 冷静に考えれば俺なんかを『人間観察部』に引き入れる必要なんてないじゃないか。分かったぞ。お前さては――人見知りなんだろ」
「な、なん、な……」
甲塚の顔はみるみる耳まで赤くなった。痙攣するように震える唇からは、言葉にならない撥音がどんどん漏れ出てくる。それでもようやくひねり出したのは、「わ、私は裏方専門なんだよっ」という苦し紛れの言い訳と、ピンポン玉が当たったような感覚。猫パンチだ。
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*第37話 生徒会の伝説
ところで、バスの座席は二人席だ。生徒会と人間観察部の面子を合わせてもそんなに大人数にはならないだろうから、どっかしら空席がある筈だが……。
視線を彷徨わせていたら、窓際で青ざめている甲塚を発見した。よく見ると、通路側の席にはさっきの幽霊女が座っているではないか。きっと窓際を陣取って安心していたらあっさりと隣に座られて困惑しているんだろう。
ま、甲塚には良い薬だ。
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*第40話 会敵
「……ところで、俺たちどこで着替えるんですか? 更衣室ってあそこしか無いですけど」
「外で。誰も見る人なんていないだろ。まだここオープンしていないから客もいないし」
そう言いながら、氷室会長が颯爽とズボンを抜き出す。それに倣って、次々と周りの男子たちも衣服を脱ぎだした。パンツを履き替えている奴は少なくない。俺はどうせ海に入ることなんてないだろうからと海パンを下に履いてきたが……どうやら、ほっそりとした上半身をさらけ出しているショウタロウもその口のようだ。
俺もTシャツを脱ごうとしたら、「ひゃあぁぁ――ッ!!」と、奥歯が震える程甲高い悲鳴が鼓膜に突き刺さった。
驚いて振り向くと、一人残っていた甲塚が両手で口押さえ、驚愕の表情を浮かべているではないか。
*
「ショウタロウ。甲塚に紹介してやろうか?」
俺はちょっとした思いつきで言ってみた。
勝負に勝つには敵を知る必要がある……というか、単純に甲塚がどんな反応をするのか、ちょっと気になるのだ。
「甲塚さんに? 良いの?」
「良いよ。俺たち着替え終わってるし。甲塚はそもそも着替えないっぽいし」
早速ショウタロウを甲塚の元へ引き連れていく。俺たちがすく近くまできても両手を口に当てた姿勢で固まっている。どんだけショックを受けてんだよ……男の尻を見たくらいで。
「おい、甲塚」
「…………」
「甲塚!」
「…………えっ!? はっ!? 何っ!? はっ!?」
瞳に光を取り戻した甲塚が俺と目を合わせて、ゆっくり俺の背後に立っているショウタロウに目を移す。
「……!……!!」
絶句している……。
文字通り、絶句している。喉を引きつらせて、声にならない声を挙げている……。
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*第32話 世紀末甲塚伝
「……何で、私が分かったのよ」
「何でって、……唇?」
「くちびる?」
甲塚が自分の唇を不安そうに触る。
「そんなに変? かな……」
「いや、別に変じゃないけど。印象的というか」
「インショウテキ……」
甲塚が椅子に腰を降ろしてこう言う。
「佐竹って、変」
お前にだけは言われたくない……。
――――
*第57話 部長の笑顔
「甲塚。一緒に撮るぞ」
「え?」
「おーっ、良いじゃん良いじゃん! 次は私とも撮ってよ!」
早速郁が俺と甲塚を画角に収める動きをした。がに股で素人感たっぷりの撮り方だが、まあ、あのカメラなら使い手が多少まずくても問題ないだろう。
「な、なんで私が佐竹と写らないといけないの」
「写真が嫌いなもん同士だろ」
「嫌い同士ならむしろ不快なんだけど」
「マイナスとマイナスが掛け合わさったらプラスになることもあるだろ。一枚くらい、笑顔の部長との写真があった方が人間観察部創設以来のぼんくらは後世に残ると思うぞ」
「何よ……」
俺の滅茶苦茶な理屈に、意外と甲塚の反撃は柔らかい。
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ここまで読んでいただきありがとうございました。
みとけんは現在は前作「ゴーストネットワーク」のレビューを超えることを目標としています。
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