第66話 佐竹蓮の性癖トーク

 俺はまじまじとコーコの顔を眺めた。


 ――俺が、コーコの高校、ヤマガクの文化祭を手伝うだと? そういえば、桜庭高校でも学園祭の時期が近づいているんだっけ。


 確かに、世の中には文化祭の出し物に対してやたらと意識が高い連中がいるものだが、まさかコーコが……いや、それにしても他校の生徒が文化祭の準備をするってのは、アリなものなのか……?


 頭の中で疑問が渦巻く俺をちっとも気にしないで、コーコはまたデッサンを再開する。自分の世界に入られそうなので、慌てて声を掛けた。


「藪から棒だな。ヤマガクの文化祭って、そんなに人手がいるものなのか?」


「いや? ただ準備するんなら、桜庭の方が生徒も多いし大変なんじゃない。マンモス高校って評判じゃん」


「じゃあ、なんで俺なんかに声を掛けるんだ」


「ウチが欲しいのは、絵を描ける人間の人手さ。ちょっとデカイ計画があってね」


「デカイ計画。はぁ……。でも、ヤマガクにだって美術部いるよな。それでも人手が足りないっていうと――ちょっと想像付かないぞ。まさか地上絵でも作る気じゃないだろうな」


 俺が大胆な予想をすると、コーコは唇をすぼめて手を振った。


「違う違う。美術部の手は借りられないから厄介なのさ。……ま、無理にとは言わないよ。佐竹蓮意外にも伝手は無いことも無いから。今日昼からのクラスだろ? 行きがてら計画の詳細を教えてやる」


「お……おう」


 コーコは本当に、俺を無理に手伝わせる気はないらしい。まあ、助走もなしにこんなことを言い出すくらいだから無理は承知で、ってところなのか。


 しかし、コーコが文化祭の準備ねぇ。


 俺だってこいつの何もかもを知っているわけじゃないが、こいつ、そういうタイプだっけ? むしろそういうイベント事は早々にフケて自分のやりたいことをやる女な気がするんだが。それに、美術部の助けを借りられないってのもなんだか気になる。


 裏があるよな。絶対。


 全く、夏休みが終わってからと言うもの、立て続けに事件が起きているのはどういうことなんだ。日々の学校と部活と絵画教室に加え定期テスト……これについては俺の責任もあるが、3takeさんの面会もそうだし、この上にコーコの計画ときたか。


 無理だ。流石に。


 これ以上予定を詰めるとキャパオーバーになる。


 ……けど、気になる……!


 このまま引き下がったらコーコの考えが分からず終いになりそうだ。一応、後で話くらいは聞いておくか……。


 人間観察部として活動してから、休みを引けば二週間程度だというのに最早帰宅部だった頃が懐かしい。


 それから再び勉強を再開した。


 暫くして、背後からコーコが席を立つ音が聞こえた気がした。振り向いたらスケッチブックが机上に残されたままだったので、トイレにでも行ったんだろう……と思っていたら、いきなり郁と甲塚が風船に穴を開けたように溜息を吹き出す。


「は~あ。何!? コーコ、コーコって。ばっかみたい。しかも年上なんて聞いてないんだけど!?」


 いきなり郁がフルスロットルで怒り出したので、俺としては後頭部から殴られたような、理不尽な衝撃だ。


「……。別に年上かどうか何て聞かなかっただろ、お前」


「聞、か、な、い、よ!! 普通友達って聞いたら同い年って思うじゃん! どういう関係なの!? いつから知り合いなの!?」


「だから絵画教室の同輩だって。知り合ったのは中学二年の頃から。……お前な、いくら俺が学校でぼっちだからって、何で友達がいるくらいでそう動揺するかな。ちょっと酷いんじゃないの」


「友人と言っても、年上をあだ名で呼ぶなんて……」


 甲塚は何故か結構悲しげな声で呻いた。さっきコーコに睨まれたショックがまだ残っているのだろうか。


「あだ名っていうか――コーコってのはただの呼び名だ。俺だけじゃなくて、絵画教室の全員が彼女をそう呼んでるんだから、自然と俺もそう呼ぶようになってる」


「……あ、あ、あんた、まさかあのコーコって女と付き合ってた……なんてことは無いでしょうね」


 粘っこい口調でとんでもないことを言い出すので、俺は甲塚の顔をまじまじと見返してしまった。酷く裏切られたような、潤んだ目付きで俺を睨んでいるではないか。


 こうまで正面きって邪推を突きつけられると、流石の俺も不愉快になってくる。


「そんなわけないだろ。いくら俺に女友達がいるからってその考えは安直すぎるぞ。……甲塚らしくもない! 大体、俺はコーコに対してどころか、女子に対してそういう恋愛的な感情を持ったことは無い。いい加減変な妄想は止めて、郁は勉強しろ。甲塚はここの因数分解のやり方を教えろ」


「……佐竹が、恋をしたことが無い!?」甲塚は殆ど悲鳴のように声を挙げた。すぐさま自分でも大きな声を出したことに気が付いたんだろう。恥ずかしそうに口を両手で押さえて「あの、佐竹が!」とくぐもった声を出す。


「お、おい。コラ」


 驚愕しきった甲塚が、ともすれば俺の秘密まで口走るような雰囲気を醸し出している。「あの、佐竹が!」って、明らかに「あの(プライベートではエッチな絵ばかり描いている)、佐竹が!」という含みがあるし。慌てて黙らせようとすると、


「ねえー! 蓮、女の人好きになったことないんだって!」と脈絡を半端に読んだ郁が乗っかってきたので手が付けられなくなった。「しかもね!? 聞いたら恋したことがあるのなんて二次元の女の子だけだって言うんだよ! おっかしーでしょ!?」


「……ああ~!」


 甲塚はちょっと明るい調子になって頷いた。


「何でそこで腑に落ちる!?」


「だってあんたって……アレだし。くくく……」


 その時、俺の性癖トークで盛り上がりを見せていた二人がいきなりスンと静まった。訝しんで後ろを振り向くと、コーコが席に戻っている。


「……ほら。さっき出来ないって言ってたとこ見せなさいよ。く、くっく……」

 

 甲塚が笑いを堪えながら俺のノートに顔を近づける。澄ましたような事を言って、にやけた面は戻っていないのが腹立つな。


 なんなんだよ。……全く。

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