第14話 存在感……

 突然の怪力オタク――もとい郁の来訪に、甲塚は肩が跳ねる程驚いたようだった。それに、今気が付いたのだが郁の声量は俺と甲塚が交わすそれの二倍はありそうだ。だから、普通のテンションでも俺の耳には言葉の尻に「!」が付いているように聞こえる。

 

「な、なんでお前がここを……」困惑に彩られた甲塚はキッと目の前の俺に視線を戻す。「アンタが、場所を喋ったの!? この裏切り者!」


「喋ってないし。それに、別に部室が知られたって良いだろ。悪の秘密基地でも無いんだから」


 そもそも、不良にしか見えない甲塚が常駐していると知って態々冷やかしに来る輩がいるとも思えないし。


「でも、表札に書けば良いのに。『人間観察部』ってさ。多目的室Bなんて授業でも殆ど使わないじゃない」と言いながら、郁は勝手に入り口近くの席に腰を降ろした。


「おいこら、勝手に座るな。ここは私の部室だぞ」


「甲塚さんの、じゃなくて人間観察部員のものでしょ。だからこの部室は蓮のものでもあるし、私のものでもあるんです~」


 甲塚は何か不気味なものを見たように自分の体を抱きしめて、「こ、こいつおかしくなってるぞ……」と心底怖がるように言う。「佐竹、早くこいつを追い出しなさい」


「あのな、甲塚。郁は人間観察部に入部したんだよ」


「?……」甲塚は一瞬呆気に取られた顔をしてから「なんでそうなるの!?」と誰にとも無く叫ぶ。


「別に良いだろ? 部員が一人増えるってことは、部費が貰いやすくなるってことなんだろ? それに俺とお前二人ってのも何か変だし……」


「別に私は佐竹と二人だけで良い――というか、部長の私の許可も無しになんでそんな話になっているんだよ!」


「そんなこと言っても、私はちゃんと東海道先生に入部届出してきたもん。たとえ甲塚さんが部長だろうと、顧問が許可したんだからとやかく言われる筋合いは無いと思うけど?」


「ぐっ……」


 こんなに悔しがっている甲塚は初めて見た。俺は何となく雨上がりに虹を見たような晴れやかな気分になってきた。


「まあまあ。何も郁だってスパイしに来たわけじゃないんだから」間を取り持つようなスタンスを装って郁に釘を刺しておく。「だろ?」


 郁は俺を一睨みすると、「まあね。私だって臼井君の秘密ってやつに興味が無いワケじゃないし。それに、さっきは否定していたけど私が見た臼井君と謎の女性とは明らかに親密な雰囲気だった。やっぱり何かあると思うんだ」


「……どういうことだ? さっきは否定していたって」

 

 まだ機嫌が悪そうなままの甲塚が、一応きちんと聞き逃せない部分を突っ込む。


「お昼に臼井君と話したときに『彼女はいるの?』って聞いたら『いない』って言われたんだよね」


「ふーん……」甲塚は腕を組んで唸る。「怪力オタクが見た女ってのは?」


「普通に可愛い子って感じかな~。私服だったから高校とかも分かんないし……でもこの辺りの子なのかな?……ってか、私怪力オタクで定着してるの!?」


郁の悲鳴は一旦無視する。

 

「一応聞くけど、その女の子がショウタロウの家族なんてオチじゃないだろうな」


「それは無いよ。臼井君一人っ子だって同じ中学校の人言ってたもん」


「となると、その女の存在は臭うな」

 

「その子の特徴は?」


「特徴と言われても、パッと見て可愛いなって感じの子だったとしか……」


「なるほど」甲塚は一つ頷くと、凄い速さでキーボードを叩き始めた。「可愛い女子高生ということは、どこかの高校の一軍女子に違いない。大抵そういうプライドの高い女はSNSに中途半端な加工を効かせた自分の写真をアップロードしてるもんだ」と自信満々な早口で断定する。


「なんなんだよその偏見――」と言いかけたところで俺の声を郁の笑い声が遮った。


「あっはっははは! あるわ~それ! あるある! 何か白い粉散らしてる奴とか!!」


「くくく。一緒に写った女の腕を太くしたりな」


「それ私やられた~!」


 郁はさらに笑って手をバンバン叩いている。


 何て嫌なところでシンパシーを湧かしているんだ。大体郁だって一軍女子の一人だろうに。……女子って結構怖いんだな。


 甲塚はノートパソコンをくるりと回してこちらに画面を見せた。


「こいつらの中にその女はいるか?」


「うおっ……」


 画面全体の彩度の高さに思わず目を細める。縦長の画像が一面に表示されていて、どれもこれも違う女子が写っている。パッと見ただけでも三十枚は超えそうだ。


「何だよこれ」


「ここ一週間でSNSにアップロードされたここらの女子高生の自撮り」


「えっ。一週間でこんなに……ていうか甲塚さん、なんでこんなことが出来るの?」


「SNSに漬かっている人間の多くはアカウント名さえ本名を使わなければ自分が匿名だとでも思っているのさ」


「で、甲塚はそういう連中を一人一人ネットストーキングしているわけだ」


 甲塚が俺を人睨みして「……おっと、このrensっていうアカウントは……」とわざとらしくマウスを動かす。


「……!」


 慌てて甲塚の指ごとノートパソコンの蓋を閉じる。


「え? 何? レンズ?」


 甲塚は怖い顔をしながらゆっくり蓋を開いて、赤くなった指を振った。


「馬鹿、冗談だよ」そういいながらも、眼光の鋭さははっきりと「調子に乗るなよ」と俺に伝えている。


「ねえ、レンズって何のこと?」


「それより! この中に例の女はいるのか?」


 俺と甲塚のアイコンタクトに困惑する郁を宥めて本題に戻る。


「う~ん?……あっ。この子――!」


 郁が指差した女子の写真を覗き込もうとすると、同じように頭を出してきた甲塚と衝突した。甲塚は一つ舌打ちをして、「こいつが?」とデコを擦りながら呻く。


「私と同じ中学! めっちゃ垢抜けてるんだけど!! やっば! ちょっとプロフ見して!」見当違いの反応を見せながら、郁は垢抜けたらしい女のプロフィールから最近投稿されていた人の顔を入れ替える面白ショート動画を見て爆笑し出す。「あっ! あっははは! ねえこれ面白くない!? 私達もやろうよ!」


 なるほど。ああいうショート動画って大して面白くも無いのになんであんなに多いのか不思議だったんだが、こういう層に受けてこういうノリでマスプロダクトされていたのか。


「いややらんし」甲塚が冷たく返して画面を元に戻す。「お前のお友達トークはいいから、真面目にショウタロウと一緒にいた女を探せ」


「はいはい。分かりましたよ。……あ~っ! この子!」と、今度こそそれっぽい反応を見せたと思ったら「バスケ部の後輩!! この子中学から始めたのにめっちゃ上手くって、一年の頃からスタメンだったんだよね~」


 ……こいつ、わざとやってんのか? そういえば、表面的にはショウタロウの秘密を探る手伝いをしながら甲塚の弱みを探るのが郁の目的だっけ。


「もういい。怪力オタクを頼った私が馬鹿だった」


「えっ!!」


 甲塚がノートパソコンを引き下げようとすると、郁は慌てて掴む。流石に甲塚が怪力と言うだけあって二人の力の差は歴然としているようだ。立った姿勢でぐいぐいと引っ張る甲塚に対して、郁の方は座ったまま側面を握ってるだけなのにびくともしない。


「返せ! この怪力!」


「や~る~か~ら! ちゃんと真面目にさ~が~す~か~ら!」


 これは……素だな。


 そもそも、郁はそんなに深く考えて言葉を取り繕うことは苦手そうだし。


「はぁ……はぁ……くそ。分かった。分かったわよ」一方的に体力を消耗させられた甲塚が諦めたようにパソコンから手を離す。「それじゃあ、私が一枚一枚写真を出すから。アンタは例の女がいたら声を出して。それ以外は何も喋らないこと」


「オッケー!」


 何だその作業。ていうか郁も何サムズアップしてんだよ。


 そう思ってるうちに、甲塚と郁は本当に変な作業を始めてるし。


「はい」甲塚が画像をスライドする。


「……」


「はい」次の画像へスライドする。


「……」

 

 何だこの作業。ていうか、さっきから思っていたが――


「はい」


「……」


「はい」


 この空間に俺がいる意味なくね?


 俺は甲塚みたいにネットの世界に詳しいわけでもないし、郁のようにリアルの人間関係が広いわけでもない。


 ていうか、この部活に俺がいる意味――なくね?


「ちょっと、トイレ行ってくる……」


 俺は誰にともなく宣言して、厳粛に検査作業を続ける二人の女子を置いて部室を出た。

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