第15話 ちょろい先生
部室を出ると、目の前にデカい西洋人形が突っ立っていた。
「うっ!! お!!……おぉ……?」
西洋人形は口の前に人差し指を立てると、小声で囁く。
「ごきげんよう。佐竹君」
「ご、ごきげんよう」
夕焼けに染まった校舎の中で見る先生はそのルックスも相まって、さながら学校の怪談である。ノリの付いたように尖った睫毛、ゆったりと巻いた髪の毛、ガラス玉のような目玉――は言い過ぎか。目玉は普通の目玉、だ。
ていうかこんなところで何をしているんだ。教室にも入らずに。
「こんなところで何をしているんだ? と聞きたそうな顔をしていますわね」
「……」
俺ってそんなに分かりやすい顔してるのかな……。
「どうせ甲塚の監視でもしてたんじゃないですか。何か知りませんけど要注意人物なんでしょ」
「監視とは言い方が悪いですね~。私は監督をしていたのです。顧問ですからね」
「はぁ」
適当な相槌を打ってその場を去ろうとすると、何故か付いてきた。仕方が無いので会話を続ける。
「監督ってのはこっそりやるもんじゃないでしょ。顧問だって言うなら堂々と教室に入ってくれば良いじゃないですか」
「まあいいじゃないですか。それに、途中から佐竹君が居心地悪そうにしていましたから、そのうち出てくると思って待っていたのですよ」
俺はハマグリか。
しかし、こうも思考と行動を読まれていると腹が立つな。
丁度良いところでホールの男子トイレに行き当たったので、逃げるように入る。
「それにしても、宮島さんを引き込むとはやりますわね。わたくし感心しましたわ」
「何で当然のように入ってきてる!?」
「時代はジェンガですわ!」
「それ多分ジェンダーのこと言ってるんですよね。――てか、郁……宮島さんが部活に入ったのは、何も俺がそそのかしたわけじゃないっすよ」
ん……待てよ? そういえば入部届には親のサインと印鑑がいるんだっけ。印鑑はまだあるにしても、昼から今までの時間で親のサインはとても……。
俺は、平然と男子トイレの鏡で自分の前髪を整える東海道先生を見つめる。
ザルすぎるだろ、この顧問……。
「それでも、佐竹君がいなければ宮島さんは人間観察部に入らなかった筈です。どんな形であれ、自分の影響というものは周りを左右するものですわよ。それが自分に思いがけないものであるにしても」
「だいたい、東海道先生は人間観察部の活動目的を知っているんですか?」
「勿論。『人間の関係性を悉に観察し、これを研究し、円滑な交友関係を身につける』」先生は何かを諳んじるように説明すると、ぐんと胸を張った。「甲塚さんが考えたのですわ。立派なことじゃありませんの」
「そういう表向きに取って付けたような理由じゃなくて。……先生だって、仮にも人間観察部の設立に携わったんなら知らないわけじゃないでしょ。甲塚が考えているのは、結構とんでもないことですよ」
俺がそこまで言い切ると、東海道先生は惚けるのを諦めたように、「他人の秘密を探る活動――」と手洗い場の縁に尻を乗せて、緩く足を組む。「たしかに、大見得切って言えるような動機じゃないかなあ」
「それどころじゃない。甲塚は結構真面目に学園生活の破壊活動を目論んでいるんですよ? 止めなくて良いんですか?」
「佐竹君は止めるべきだと思いますか?」
答えの決まったような質問だと思って鼻白んだが、真っ直ぐ俺を向いた先生の目が真剣そのものだったので思わず声がうわずった。
「そっ……それはそう、だと思うんですけど」
「う~ん」先生は大きな瞳をぐるりと上に向けて首を傾げる仕草をした。「わたくしは悩んでいますの。よこしまな目的の活動が、必ずしも悪い影響を与えるわけではないと思いませんか? それに、佐竹君は実際に学園生活を破壊するなんてことが可能だと信じていますの?」
「そっ……」まさか、このおちゃらけ先生から至極真っ当なカウンターパンチが飛んでくるとは。「それは、別に俺だって信じてるわけじゃ……ないすけど」
俺から反撃が無いと知った先生はにこりと笑って、「でしょう? ですから、今は佐竹君に甲塚さんを見守ってて欲しいな~。って、先生は考えてますの」
「だから、何で俺が……」
そこでハッと気が付いた。もしかして、東海道先生からすれば、甲塚だけでなく俺も要注意人物なのか? 考えてもみれば、うちのクラスでまともな人間関係を作っていないのは俺と甲塚の二人のみ。面倒な生徒を人間観察部なんていう適当な部活に押し込んで、監視処分にする腹づもりなのかも知れない。その上、俺を甲塚の目付役にでもするつもりなのか。
……それはちょっと腹が立つ、かな。
担任教師にまでこうも良いように扱われたんじゃ、俺の学生生活が先生や甲塚の掌の上にあるようなもんじゃないか。
どうして甲塚と俺の扱いにこうも差があるのか。甲塚と俺の違い。甲塚にあって、俺には無いもの――
「佐竹君? どうかしまして?」
「いえ……」
――それは、秘密だ。甲塚が握っている筈の、東海道先生の弱み。
なるほどな。
「分かりましたよ。なんだったら見守るどころか部活動に邁進しましょう。それで良いんでしょ?」
「佐竹君!!」先生は縁からぴょんと飛び降りると、胸の前で手を叩いた。「あなたなら分かってくれると思っていたんです! わたくし、その言葉を聞いて感動いたしました!!」
東海道先生は俺の腹に黒いものが渦巻いていることも知らず、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
この先生、意外とチョロいかもしれない。
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