第13話 信用ならない男

「甲塚の秘密?」


「そう。最終的に、こっちがあの子の弱みを握ってフェアな関係に持ち込むの。そうすれば私の秘密も守られるし、甲塚さんの企みも止められるかもしれない。……どう!? この作戦!! 完璧でしょ!?」


「それは……目論見通りに行けばハッピーエンドになるかもだな。大変そうだけど……」


「でっしょー? 徹夜で考えたんだから。昨日寝たのなんて夜の三時だよ?」


「それは徹夜とは言わないだろ。……まあ、郁の考えは分かったよ。良いんじゃないか。入部してみれば?」

 

「何他人事みたいに言ってんの。蓮も協力するんだよ」


思わず腕を組んで、しみじみと溜息を吐いてしまった。

 

「……またこの流れか!?」


 どいつもこいつも、俺が自分の意志を持たないお手伝いロボットだとでも思っているのだろうか。

 

「え? 逆になんで拒否るのか分からないんですけど」


「俺は俺の学園生活に複雑な人間関係というものを持ち込みたくないんだよ! 蜘蛛の巣みたいな相関図を作るくらいくらいなら、一人孤島でバレーボールを相手にお喋りして暮らしたいの!」


「そんなこと言って、怪我したときはどうするつもり? 虫歯になったら!? 誰も助けてくれないんだよ!?」


「うっ――」


 あっさり言い負かされてしまった。流石にスクールカーストが上の人間。俺みたいな人間を丸め込むことなんてちょちょいのちょいというわけか。しかし、俺もここですごすごと引き下がるわけには行かない……。


「お……俺はそれでも、運命を受け入れるつもりだ……」


「……もう! なんで!? 私より甲塚さんが大事なわけ?」郁は弁当を持ったまま立ち上がって激昂する。


「――私、蓮の幼馴染みなんですけどー!!?」


「うおおっ」


 びっくりした。めっちゃ叫ぶじゃんコイツ。


「でも、そう言われても――」


「あれ? 宮島さん?」


 そこで、すっかりお手上げ状態になってしまった俺の元に天から――正確に言えば頭上の階段の笠木から声が掛かった。


 ヒステリックになっていた郁も、流石にその声を聞いてパッと振り返る。


「蓮も。何してんの? そんな薄暗いところで」


「臼井君……」


 声の主はショウタロウ。まさしく渦中の人間が、何故こんなところにひょっこり顔を出してくるのか。


「何してたって、えーと、昼飯?」


 郁も、手に持っている弁当箱を見下ろして、うんうんと頷く。


「宮島さん探してたんだけど……もしかして邪魔したかな」


 俺は慌てて首を横に振る。「いや。丁度よかった。宮島がショウタロウに話があるんだってさ」


「あ、そう? 丁度良かった」


 そう言うと、ショウタロウは階段の笠木から一旦頭を引っ込めると、つかつかと階段を降り始めた。 


「ちょいちょいちょい」郁が物凄い速さでこっちを向いて小声で詰め寄ってくる。「無茶振りしないでよっ」

 

「無茶振りでもないだろ。そもそも俺がお前に会いに行ったのはショウタロウのラインを無視していたからなんだぞ」


「あー……だっけ?」


「とにかくあいつに彼女がいるか、聞き出すチャンスだぜ」


「うわっ。何その言い方」


 俺と郁が早口で密談をしている間に、ショウタロウは階段を降りてきていた。


「宮島さん、ラインのことなんだけど」目の前のイケメンがバッと頭を下げる様を、俺は郁の背中越しに見た。「ごめん!――正直自分でもよく分かってないんだけどさ、何か失礼なこと言ったんだよな」


「失礼なこと、と言うか……」


 郁は言葉を探すようにこちらに振り返ると、俺の顔面に丁度良い台詞なんて書いていなかったことに気が付いて向き直った。


「え~っと、噂を聞いたんだけど」


「噂?」


「え~っと、ねえ。え~っと」


「……?」


 いきなり言葉が詰まったようで、意味も無く手で虚空に箱を付くるような不思議なジェスチャーをし始めた。


 どうやら、大して計画も無いくせにアドリブを聞かせてこの場を乗り切ろうとしたらしい。終いには助けを求めるようにこちらをちらちら見てくる始末だ。


 仕方が無い……。


「……この間、ショウタロウが誰か女の子と街歩いているとこ見たんだってさ。だから彼女がいるんじゃないかって噂。だろ?」


「そう! そうなのよ」すかさず全力で乗ってくる。「だから私も、あんまりショウタロウと連絡取ってちゃ迷惑なんじゃないかと思ったんだ」


 ショウタロウは一瞬意味深長な眼差しで虚空を見つめた。それから突然スイッチが切り替わったように快活な笑い声を挙げる。


「僕に彼女? ないない! 大体俺なんて年齢イコール彼女いない歴だもん!」


「――嘘吐け!」


 思わず心の中で突っ込んだつもりが、口に出てしまった。


ショウタロウはいよいよ手を叩いて爆笑し、なれなれしく肩を組んできた。

 

「いやいや、本当だって! 僕と同じ中学の奴に聞いてみ? 中学の頃なんて俺野球部だったから丸坊主でさ、女子の友達すらいなかったんだよ。そんなんだから未だに彼女いないわけ」


「え、そうなの?」


「そうだよ。だから最近めっちゃ髪伸ばしてるんだ」


 ……いや、野球部で坊主頭だったからって彼女が出来ないわけでもない気がするんだが、ショウタロウの態度に嘘っぽさも無いようだ。


 しかし、そうなると……昨日、郁のクラスの女子を遇ったあの慣れている感じはなんなんだ。


 ――臼井ショウタロウ。こいつは信用できない。


 *


 放課後、真っ直ぐ多目的室Bに向かうと、同じ時間に教室から出た筈なのに何故か甲塚がノートパソコンを開いて作業していた。


「よう。来たけど」


「……ん」


 今朝のような素っ気なさ過ぎる挨拶だが、何となく――何となくだが教室で交わした挨拶よりも親しみが篭もっている、ような気がする。やはり部室の中では一応身内扱いしてくれている……と思っておこう。


「今朝、東海道先生から話を聞いたぞ。俺の名前で入部届を出しやがったな」


 甲塚はキーボードを叩きながらにやりと笑った。


「怒ってる?」


「どっちかって言うと呆れてんだよ。なんでそこまでするかな」


「既成事実ってやつかな。くくくっ」ノートパソコンぱたりと閉じて、机の上に肘を付ける。「ま、幾ら正式な部活と言っても部員が一人だと碌な予算も降りないわけ。それに、あんたにとっても悪い話じゃないよ」

 

「というと?」


「うちの高校では部活に籍を置いていると、内申点に色が付くの。ま、そもそも内申点を気にする生徒なら運動部なり生徒会なり入っているもんだけどね。こんな話、初耳でしょ」


 確かに、部活に入ることを推奨する校風であることは前から知っているが、内申点に影響するというのは初耳だ。勿論、内申点の採点方法なんて並の生徒が知れるような情報ではないだろう。よほど教師と仲が良いか、先輩やOBOGなんかの繋がりが無いと知りようがない気がする。


 ……こいつの桜庭高校豆知識は一体どこが源泉なんだ?


「ところで、次の計画のことなんだけど。考えてきたわよ」


 昨日のことを考えるに、今のように得意気な顔をしている時の甲塚は碌なことを考えていないだろう。


「嫌な予感がするんだけど、どっかに槍持って突撃するとか無茶苦茶なことは言い出さないでくれよ」


「そんな無茶苦茶なこと言わないし。あの怪力オタクを利用するのよ」


「郁な」


 どうも甲塚の中で郁=怪力オタクが定着している気配があるが一応訂正する。


「あの女、どうもショウタロウのお眼鏡に適っている節があるみたいじゃない。それに私達は面白い秘密も握っているしね。これを利用しない手はないでしょ。まずはカラオケなんかに呼び出させてさ、ああいう奴はイキって酒とか飲むだろうからそこを盗撮させて……」


「おいおい」


 まるで溶岩のように非人道的な計画が甲塚の口から溢れ出てくる。


 そこで気が付いた。甲塚はまだ郁がこの部活に入部する気でいることを知らないんだ。そういえば東海道先生に届け出を出すと言っていたのは昼だし。考えてもみれば当たり前だ。


「ところで郁のことなんだけど――」


 そこで、問題の人物が勢いよく扉を開いてやってきた。

 

「こんにちはー!」

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