第12話 郁の作戦

 ――みなさん、こんにちは。今週は懐かしの夏曲をお届けしています。今日のリクエストは――


「あ、この曲懐かしいな……」


 一応、この人気の無い中庭にも校内放送は届いてくるのだ。うちの高校では……というより殆どの高校でそうなんだろうが、昼は放送部員が校内放送で適当に時事ニュースを食っちゃべって音楽を流している。


 殆どが最近流行の音楽とかで、流行に疎い俺にはピンとこないものばかりなのだが今週は違う。懐かしい夏曲がテーマなら、流石に俺でも知っているような定番曲が流れてくるからだ。


 直射日光が降り注ぐ中庭のベンチでガビガビの音質の懐メロを聞いていると、思わず普段は思い返さないような小学生の頃を思い出してしまう。


 あの頃は楽しかった、気がする。草木が茂る登校路を行けば挨拶を交わし合うクラスメイトがいて、放課後なんかは大抵仲の良い連中と遊び予定を入れていたし、なんというか、キラキラしていたんだよな、丁度、こんな風に――


「蓮! 蓮ってば」


 いつの間にか下がっていた瞼たを開くと、目の前に汗だくの郁が立っている。だが、目の前にいるはずの彼女の輪郭がぼやけているのは何故だろうか。俺の視力はそんなに悪く無いのに。


「こんな暑いところでお昼なんて正気!?……ほら、もう――こっち!」


 郁に手を引かれるまま校舎の中へ戻ると、どこかじめじめとした日陰に連れて来られたようだった。


「……ここは?」


「南階段下の用具入れ前のベンチ」

 

 あの日当たりが悪くて埃っぽいところか。どうりで人気が無いわけだ。今度からはここで飯を食おう。


「結構落ち着くな……」


「だと思った。ダンゴムシってこういうとこにいるもんね。でも定住しない方が良いよ。たまにここで告白したりする人いるから」


「なんだ、そうなの? っていうか、なんでそんなこと知ってるんだ?」


「だから、たまにここで告白してくる人がいるから」


「あ、……あ、そうなの」


おかしい。入学した日は同じ筈なのに、明らかに郁と俺では学園生活の濃度に差がある。俺は女子に告白されるどころかまともに話をすることすら殆ど無いのに。


 郁に彼氏は――いない、よな? この間失恋したって言っていたし。


 まあ、それにしてもだが。

 

「取り敢えず、あの中庭でお昼食べるの禁止ね。熱中症ってマジでやばいんだから」


 それはぐうの音も出ない正論である。


「分かったよ。……それで? 話って何だっけ?」


「人間観察部のこと。というか、甲塚さんのことなんだけどさ」


 郁は俺の隣に腰掛けて手に提げていた弁当を食べ始めた。宮島のおばさんが作ったものなのだろうが、パッとおかずの色合いを見ただけで手が込んでいるのが分かる。俺の方は購買のパンだけなので、あっさりしたもんだ。俺もパンにありつくことにした。


「部員が甲塚さん一人ってのは本当なの? 先輩に聞いてみたけど、やっぱりそんなの聞いたこと無いって言ってたけど」


「本当らしいぞ。……まあ、今朝一人増えたけど」


 郁は驚いて端に摘まんだ卵焼きを落とす――ことなく口に放り込む。


「うっほー? はれがにゅうふしたほ?」


 うっそー? 誰が入部したの? と言っているのだろう。


「俺だよ俺。今朝、甲塚が勝手に提出した入部届を東海道先生が受理したって」


「あのお嬢様先生? そっか、1-Bの担任だっけ。……あれ、じゃああの変な挨拶、もしかして蓮もしてるの? ちょっとやってみてよ」


 ……そうか。俺たちって他のクラスの人間からおかしな奇習を行うクラスとして認知されていたのか。殆どが東海道先生の持ち込んだ習わしとはいえ、割とショックだ。


「やだ」


「やってよ~!」右肘でずいずいと突いてくる。


「お前も結構面倒臭い絡み方してくるな……」俺はさっさと食べ終わったパンの袋を小さく畳んでポケットに突っ込んだ。「それより東海道先生からちょっと話を聞けたぞ。人間観察部のこと」

 

「ほんと?」


「ほぼ消滅寸前だった科学部を、甲塚がどうにかこうにか手を回して人間観察部に建て替えたんだと。で、今は東海道先生が顧問に入ってるらしい」


「へ~。甲塚さん、結構行動力あるんだ。そんなこと一年生で、しかも一人でやっちゃうなんてね。それに、東海道先生が顧問ってどういうこと? 担任だから?」


「それがよく分からないんだよな。甲塚はどうも生徒だけじゃなく先生達にも特別視されているような言い方をしていたし、甲塚が先生の弱みを握っている節もあるんだが……。突っ込んでみたら逃げられた」


「なるほど。謎が謎を呼ぶわけか」


 郁はようやく弁当の半分を腹に収めたところだ。こんなに色々なおかずを食べて、午後は眠くならないのだろうか?


 何気なく郁の箸の動きを眺めていると、不意に彼女の視線が俺の顔と弁当の上を行き来した。それから、真っ赤なウィンナーを摘まみ上げると「ほれ」と俺の口元に寄せてくる。


「い、いいよ。別に物欲しがって見ていたんじゃない」


「あ、そ」郁はあっさりとウィンナーを口に放り込む。「ま、話は分かった。要するに、甲塚さんには何かがある。そして、私は東海道先生に入部届出せばいいわけね」


「ああ――ん?」


 今、激しい認識のすれ違いがあった気がする。


「お前が東海道先生に入部届を出すって?」


 俺が聞くと、郁は我が意を得たりというようなムカつく顔で、虚空を箸でかき混ぜる仕草をし始めた。


「昨日、私考えたんだから!」


「何をだよ」


「甲塚さんに反撃する方法を、よ。蓮たちは誰にも喋らないなんて言うけど、赤の他人の秘密なんて女子達からすれば格好な話題であり、取引材料でもあり、脅しの文句でもあるんだから放っておけないもんね」


「……ほう」意外と興味が惹かれる話だ。「というと?」


「いっそ、こっちから甲塚さんの仲間になっちゃえばいいのよ。幾ら甲塚さんでも、身内のネタならそう他人に触れ回ることもないでしょ? 彼女言ってたじゃない。知ってはならないことを知った人間は、共犯関係にするしかないって。だったら私の方から共犯関係になったって同じ事が言えるでしょう?」


「なるほど……?」


 多少強引な気がするが、郁の考えに筋は通っている気がする。


「けど、入部したとしてどうするつもりなんだよ。言っておくけど、甲塚が企んでいることなんて碌なことじゃないぞ。本気で臼井の秘密を探って、皆に知らしめるつもりかよ。自分の秘密を守るために?」


「表面的にはね。けど私の狙いは――」郁はぐっと顔を近づけて言う。「甲塚さんの秘密」

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