第8話 宮島郁への聴取
「……何も、私達は宮島さんにこんな趣味があるだなんて、言いふらそうとは考えちゃいないよ。ねえ? 佐竹」
「あ? お、おう」
こちらを見つめるポスターの美少年達に気を取られながら、俺は曖昧に頷いた。
「まあ、何て言うか事故みたいなもんだし……取り敢えず、これ」と、さっきから持っていたチーズケーキの皿をテーブルに乗せる。「食べようぜ。……腹減ってんだろ、郁」
……あっ。
「間違った。宮島」
「いや間違ってないし。……逆に今更苗字呼びされる方が気持ち悪いんだけど」
「……じゃあ、郁。チーズケーキでも食べて落ち着け」
落ち着けとは言うが、これで落ち着けるなら大した肝の太さだろう。というか、俺自身がこの趣味全開の部屋にいては落ち着かない。
結局、最初にチーズケーキに手を付けたのは甲塚だった。部屋に入る前までは怖じ気づいた様子だったのに、今では何故かこの空間の主導権を握っているようなのが不思議だ。
「取り敢えず、改めて自己紹介するけど」と頬にケーキを含みながら甲塚が切り出す。「私は甲塚希子。人間観察部の部長で、まあ平たく言えばスキャンダル専門の新聞部みたいなもんをやってるわけ。で、宮島さんには是非とも情報を提供して頂きたくて参りましたって感じ」
「……人間観察部? そんな部活があるなんて聞いたことないんだけど」
「知らなくて当然だよ」と俺が補足する。「部とは言ってるけど、部員はこいつだけだからな」
「いや、佐竹も今日から人間観察部の部員でしょ」
「待て。どうしてそうなる」
聞き捨てならない衝撃事実が今明かされた。
チーズケーキで頬を膨らます甲塚が、不思議そうに首を傾げる。
「当たり前でしょうが。あんたは他の人間が知ってはいけないことを知っている。口外させるわけにはいかない。……なら共犯関係にしてしまえば解決! でしょ?」
甲塚は得意気にフォークを掲げて笑う。なるほど、確かに名案だ。俺の意志を度外視している点に目を瞑れば。
「解決!……じゃないだろ! なんで俺がそんなワケの分からない部活に入らなきゃいけないんだよ!!」
甲塚は俺が拒否したことが予想外だったようで、チーズケーキを変に呑み込んで咽せた。
「ブッ、ごほっ……。あんたねえ……」ぎろりと、あくまで温和を装っていた甲塚の目が光った。「自分が私に逆らえる立場だとでも思ってるの? 大体、帰宅部で暇なくせに、いっちょ前に放課後の権利を主張するなっつの」
俺は甲塚の言い分にいささかカチンときた。何も俺は放課後の時間を寝て過ごしているわけじゃない。これでも夢に近づこうと、辛い絵画教室の課題に取り組み通っているのだ。
「馬鹿言うな! 帰宅部だって全員が全員お前みたいに放課後無駄な時間を過ごしているわけじゃないんだよ。俺は俺の……」
その時、甲塚がすっと息を吸ったのを俺は聞いた。
「――人間観察は遊びじゃない!!」
甲塚の声が、宮島の部屋中に響く。
「……な、なんだよ。いきなりキレて」
「キレてないし」ワンテンポ遅れて冷静さを取り戻したらしい甲塚が取り繕うように言う。「とにかく佐竹はもう、うちの部員なの。これは決定事項よ」
「……」
俺を勝手に人間観察部に入部させるなんて……。
幾ら甲塚が教師の誰かの弱みを握っているとは言え、それはあまりにも無茶苦茶すぎやしないか。
「ええっとですね」俺が困惑していると、蚊帳の外にいた部屋の主、郁が割って入ってきた。「二人は私に何の用があるの?」
「臼井を既読無視しているワケを教えてくれ」と俺は言い、「臼井のスキャンダルを教えてよ」と甲塚は言った。
「……はいぃ?」
「郁。こんな奴の言うことを聞いたら不幸になるぞ」
「宮島さん。強制するつもりは無いけど、ここまで来たんだから協力して貰うからね」
微妙に食い違った話を俺と甲塚が同時に喋る。つまり、強制するつもりはないが、臼井のスキャンダルを教えて貰わねばこちらはそちらを不幸にする用意がある、ということだ。
「えーと」
宮島は眉を顰める。
「つまりどういうこと?」
「宮島さんが乙女ゲーオタクだってことをばらします」
「おい」
投げやりになった甲塚が死刑宣告をする。すると、俺の目の前を素早く横切る二本の腕が甲塚に纏わり付いた。
「……なっなななんで!?」郁が泡を食ったように甲塚の肩を掴んで揺すっている。「お願い!今日のことは見なかったことにして! お願い! こんな趣味がバレたら、私もう学校に行けないよお!」
「……!……!!」
気付けば、前へ後ろへと首が揺れる甲塚の顔が必死の形相になっている。チーズケーキが喉に支えているのだろう。慌てて郁を離す。
「落ち着け落ち着け! 甲塚が死んでしまうぞ」
乙女ゲーの登場人物が見守る部屋に、息を切らす郁の吐息と辛うじて息を取り戻す甲塚の喉の音が響く。
嘘だろ……。
もしかして、この場で一番平静なのは俺なのか?
「……とにかく、俺たちはショウタロウの秘密を知りたいんだ。郁、お前は何か知らないか?」
改めて俺は話を切り出した。このまま甲塚に話をさせてはいつまで経っても話が進まないだろう。
「はあ、はあ……。う、臼井君の秘密? そんなこと急に聞かれても……大体、秘密って何の秘密?」
「例えば……えーと……」俺はぐるりと周囲を見回して言った。「実は物凄いオタクで部屋中にゲームのポスターが飾ってあったり、さ」
すっと郁の手がこっちに伸びてきたと思ったら、物凄い力で首を絞められた。
「……!!……!!」
真顔で俺の息の根を止めようとする郁の手をタップすると、すっと力が抜ける。
「――あっ! ごめん。無意識に手が出ちゃって……」
「手が出ちゃって。で首を絞める奴がいるか!?」潰されそうになった喉仏を手で擦りながら、辛うじて息を吐く。
「まあでも、話は分かったわ。要するに、蓮たちは臼井君のスキャンダルが欲しいってわけか」
「俺を主語にするな。あくまで俺は甲塚に巻き込まれた憐れな一般生徒なんだからな」
「はいはい。甲塚さんたちは、臼井君のスキャンダルを握りたいってことね。……だけど、そんなの私は知らない。残念でした~。……そもそも、臼井君にそんな秘密があるなんてとても思えないよ。だって、彼凄くいい人だし、恨みを買うようなこともしないもの」
「ゴホッ……怪力オタクめ……それはあり得ないぞ!」呼吸困難からようやく復帰した甲塚が反論した。まだ心臓がドキドキしているのか、胸元を大切そうに撫でている。「どんなに立派に見える人間でも――いや、むしろそう見えるほど厄介な秘密を抱え込んでいるもの」ちらりと俺を見て、「ま、碌でもない奴がとんでもない秘密を持っていることもあるけど」
「うるさい」
郁までが興味を引かれたように俺を見てくる。
「何? なんかあったの?」
「俺のことは良いんだよ。……そうだ、じゃあどうしてショウタロウのラインを無視しているんだ?」
「えっ。そんなこと何で知ってるの?」
「ショウタロウ本人から直接聞いた」自分で言いながら、探りを入れている当人から情報を貰うなんて、なんと間の抜けた話なんだろうと思う。「……で、本当なのか?」
「まあ、本当だよ」
郁が案外あっさりと白状してしまったので、逆にこっちが鼻白んでしまった。
「なんだってそんなことをするんだ。同年代の女子に既読スルーされるなんて、並の男子なら二度と立ち上がれないくらい辛いことなんだぞ」
「そんな大袈裟な……」
「おい。なんで佐竹がショウタロウの肩を持つんだ」と、甲塚が不機嫌な声を挙げる。
「ショウタロウの肩を持ってるわけじゃない。俺は全高校男児の肩を持ってるんだ」
「……馬鹿かお前は?」
俺と甲塚のどうでもいい会話(俺にとってはどうでもよくないが)を断ち切るように、宮郁ガシャンとスプーンを皿に突き立てる。
「別に傷つけようと思って無視してるわけじゃないよ。むしろ臼井君のことを思って連絡を絶ってるんだから」
「……ん? どういうこと?」
不意に、宮島の端正な顔が目の前にぐっと皿の上まで迫る。
「――私、見ちゃったんだよね」
「何を!?」今度は甲塚のキツい顔付きが並ぶ。
「臼井君が他校の制服着た子とショッピングしてるとこ。凄く仲よさそうで……多分だけど、付き合ってるんだと思う」
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