第7話 宮島郁の秘密
かつて俺は、この家でお泊まり会をしたことがある。『会』とは言っても参加者は俺と宮島の二人だけで、後から考えればそれは、用事で家を空けなければならなくなった親達がお互いの子供の面倒を見るという打算的な考えの下行われていた、ということには中学生に上がった頃に気が付いた。
勿論、遊ぶのはお互いの部屋だ。俺の部屋と比べれば倍ほどの広さもある宮島の私室は、当時から最新鋭のゲームハードや沢山のぬいぐるみで溢れていた。
それに、カーテンを開けば日光が刺してくるというのも、当時の俺にとっては新鮮な体験だったんだ。薄い水色の壁紙、大きなテレビ、それに、天井まで高さのある本棚。記憶に残っているのは、俺の部屋に無かったものばかりだ。
……それが。
『お前といると……なんつーか、調子狂うんだよな』
今、目の前の壁にはやたらと顎の尖った男のポスターが所狭しと貼りつけられ、高い本棚にはライトノベルの背表紙とゲームソフトのパッケージが並ぶ。そして、布団にくるまったままゲームのコントローラーを持つ宮島の眼前には、ポスターに写っている男――二次元の美青年がモニターの中からこちらに向かって今にも雫を零しそうな眼差しを投げかけている。
「んーんんっんーん、んん! ん」
丸い眼鏡にヘッドフォンを付けた宮島は多分ゲームのBGMを鼻歌で歌いながら、リズムに合わせて台詞を送っていく。
『俺に迷惑掛けるんじゃねーよ。ほら……手、繋げよ』
「……宮島」
おずおずと声を掛けるが、彼女は完全に自分の世界に入っているらしい。
「ん! ん! ん~んん……」
「宮島!」
『ったく。お前の隣にいるのは、俺なんだからな……』
俺はベッドの上で蓑虫になっている宮島に近づいてもう一度呼びかけた。だが、ゲームの世界に集中している宮島は気が付かない。こんな状態だから、部屋の入り口から俺と甲塚が入ってきたことには気が付くことが出来ないんだろう。
部屋の入り口に立っている甲塚は、呆れたように肩を竦めた。だが、口元は不敵に歪んでいる。
「駄目だこりゃ。完全に自分の世界にのめり込んでるわ」
……ふう。と息を吐く。ヘッドフォンに顔を近づけて――
「郁ッ!!」
久しぶりに叫んだ。
「ん~ん――」
首を回した宮島は、目の前にある俺の顔を一瞬不思議そうに眺めると「んっ!?」と弾かれたように布団から上半身を上げる。その拍子に片方ずれたヘッドフォンからはゲームの中の美少年の声が漏れてきた。
「なっ、なっ」
突然現れた俺と甲塚に驚いた宮島は、それでも今プレイしているゲーム画面を隠そうとしたらしい。コントローラーを操作してホーム画面に戻そうとしたらしいのだが、慌ててホームボタンを連打したせいかプレイ中のゲーム画面とホーム画面が高速で入り乱れた。その度にヘッドフォンから溢れるように『俺の』『許可なく』『他の男と』『喋るんじゃ』とゲーム内の台詞が聞こえる。
それに、ホーム画面に戻ったところで様々な乙女ゲーのタイトルが並んでいるから、余計に具合が悪い。結局宮島は素早く布団の中から這い出て、ゲーム本体の電源を直接切ってしまった。
「何て言うか……お邪魔してます」
「お邪魔してまーす」と、軽い調子で甲塚も続く。
「なんで蓮が……! ってか、そっちの人誰!?」
「私は甲塚希子。宮島さんにちょっくら用事があってね」
甲塚は思ったよりすらすらと上っ面の台詞を喋る。そのまま、いかにも興味深そうに壁に並んだポスターを眺め歩いた。
「それにしても、人気者の宮島さんがこんな趣味をお持ちとはねえ」
「お、おい、甲塚……」
甲塚は俺の制止も意に介さず、本棚に刺さっているゲームソフトのタイトルを読み上げていく。
「『殺し屋学園2 ~再会ノ刻~』『サイコマニア ~Refrain~』『Sweet Summer Festival』……あれ、これ……」と甲塚が本棚から抜き出した『Sweet Summer Festival』のパッケージ裏には、やけに肌色の多いイラストが描かれている。
「うわあああっ!!」
俊敏な動きで甲塚から『Sweet Summer Festival』を取り上げて、そのまま布団の下に押し込む。
「こ、これは間違って買ったやつ。間違って買ったやつだから……!」
一体今のゲームソフトがなんだったんだ?
「おい。どうかしたのか?」
「何、でも、ないから!! ていうか、何!? 何勝手に人の部屋に入って来てんの!?」
「勝手にって、ノックはしたぞ?」
宮島はぎゅっと目を瞑って(そういえば……)というような表情をしてから、「……聞こえてないし!」と尚も俺たちが勝手に部屋に入ってきたという体を突っ張る。
「いや、バッチリ返事してただろ。『おーん』って」
「あぁぁ、あれは欠伸だし!」
「へええ、宮島さんって随分面白い欠伸をするのね。じゃあ『ママぁぁぁぁ』ってのは?」
甲塚は愉快そうに宮島を徹底的に詰めていく。まるで昼間の出来事を第三者の視点で再度見ているようだ。
こいつ、さては弱みを握った相手には強く出てこれるのか……。
「あ……ぁ……」
とうとう宮島は返す言葉も無くしたようで、真っ赤に染まった顔を布団に埋めてしまった。
もうこの状況では何を取り繕うと恥の上塗り。大体、宮島の本性は所狭しと壁に貼られた二次元の美少年一人一人sが物語っているのだ。
「誰にも言わないでえ……」
宮島郁は乙女ゲーオタクである。
……部分的に18禁も含む、ということは後で『Sweet Summer Festival』を検索して知った。
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