第3話 ダンゴムシの冒険
ところで、人間観察部という奇怪な活動の協力者になってしまった俺は全く以て人間の関係を探るような資質は無い。
前述したように、俺に親しい友人はいない。せいぜい体育の時に何となくペアを組む相手が何人かいる程度で、昼休みは勿論、放課後を過ごしたことも無いのだ。強いて言えば、絵画教室に変人のような友人がいる、程度か。
だが甲塚は、「だからこそ佐竹なんじゃない」と言うのだった。「あんたはスクールカーストの底どころか、ひっくり返した所にいるダンゴムシってところだからね。失うものなんてない、でしょ?」
多目的室B――人知れず悪魔の巣窟と化していたこの教室に呼び出された俺は、どういう成り行きか悪魔――甲塚希子の前に座って、臼井ショウタロウの弱みを探るための会議をしていた。
「ダンゴムシだって失う物はあるぞ。プラ」
「プライドとか言うんじゃないでしょうね」
「……」甲塚と会話をするのは難しい。こいつはこちらの頭の中を常に覗いているかのような喋り方をする。「臼井の弱みを探るったって、作戦はあるのか。まさか本人に聞くわけじゃないだろ」
「それは当然。とっておきのを用意してあるわよ」甲塚はパソコンを滑らせて俺の方に向けた。「臼井の周辺を攻めるの」
画面には様々なWebサービスのアカウントが表示されている。Twitter、Facebook、Instagram。どれも女子らしいプロフィールで、堂々と顔をアイコンに設定しているものから可愛らしい動物のアイコンなどが並ぶ。
「これは?」
「全員、過去臼井に告白したことがある、と思われる女子たちよ」
「えっ!……」
俺は息を呑んだ。……こんなにいるのか!?
いや、それも驚きだが、「学校の人間のSNSは七割方特定している」と豪語していたが、あれはマジだったのか。
「臼井はこの学校で最も女子人気のある男子だけど、好意というものは得てして憎悪に変わりやすいもの。奴のスキャンダルさえ掴んでしまえば、こういう人間がアンチ臼井に早変わりってワケよ。くくく……」
「凄い執念だな」
俺は殆ど心の底から感心して言った。
「執念じゃない」くるりと画面を自分の方に向けて言い放った。「これは趣、味。ま、臼井に好意を持っている女子たちはこういう風に束になるほどいるわけだけど、どいつもこいつも箸にも棒にもかからない三軍四軍のゴボウみたいな連中なのよね」
……その物言いは三軍四軍にもゴボウにも失礼な気がするが。というか、ダンゴムシの上にゴボウがいるってどういう世界観なんだ。
「そういうわけで臼井の近辺にいる女子――所謂一軍から情報を絞り出さなきゃいけないのよ」
「趣味でもなんでも良いけど、俺はお前が期待するような一軍女子とは付き合いが無いぞ」
「いるじゃない。打って付けの知り合い――幼馴染みがさ」
「幼馴染み……って、まさか」
*
スマートフォンが震えたので画面を覗くと、SNSでコメントが付いたことを告げるメッセージが表示されている。コメント主は、『
俺はこの『3take』さんを、俺からすれば幾分か年上の、多分剛毛で、多分年柄年中エロゲを遊んでいて、「いいね」の欄があらゆる技術レベルのえっちな絵で埋っている(これは確定情報だ)、男性だと思っている。それはそれとして彼の賞賛の言葉は温かい。
まあ、今は置いといて。
「それにしても、どうして俺が宮島と幼馴染み……というか、隣近所に住んでいるなんて知っていたんだ」
俺は横を歩く甲塚に目を向けた。彼女は機嫌良さそうに指先で多目的室の鍵をくるくる回している。
「この学校から下校するルートで、一年生であの通りを使ってる生徒はあんたと宮島郁だけ。公園の先は家族向けのマンションと一軒家が数軒。そこまで分かれば、あんたと宮島郁が同じ幼稚園や小学校で幼少期を過ごしたっていう検討は付く。簡単な推理よ」
「まさか、狸の罠を宮島にも仕掛けたのか?」
「生憎だけど、宮島郁はあんたほど情弱じゃないみたいよ。……ほら、あそこが宮島郁の教室」
甲塚は器用に鍵を指先で挟んで、宮島のクラス――1-Dの入り口を指し示した。
「お、おう……」
思わず尻込んでしまう俺は知らないクラスに入るのは苦手だ。一日の授業が終わって開放的な雰囲気になっているとはいえ、馴染みのない人間の中を掻き分けて宮島に話を聞くなんて……いや、俺は甲塚に付いていくだけなんだろうが。
と思ったら、「佐竹、ちょっくら聞き込みをしておいでよ」と甲塚が言い出す。
「俺一人で!?」
「私、知らないクラスに入るの嫌だもの」
仮にも人間観察部の部長が一体何を言い出すのか。思わず溜息を吐くと、「あ? 溜息なんて吐く? 私はいいんだよ別に。明日から佐竹が学校に顔出せなくなってもさ」とマシンガンのように嫌なことを喋る。
「……分かったよ。宮島を探してくればいいんだろ」
結局これだ。甲塚には『弱み』を完全に掴まれていて、俺は彼女に逆らうことが出来ない。彼女はこの調子で学校中の人間の『弱み』を掌握して、影の番長にでも成り上がるつもりなんだろうか。
「分かれば良い。さあ、行きなさい」
そう言い置いて、甲塚は廊下の柱の陰に身を潜めてしまった。
くそっ。仕方が無い……。
「あの、ちょっと」
1-Dの入り口を塞ぐ形で屯している女子に声を掛けると、ドア枠に寄りかかってこちらの方を向いていた女子が答えた。教室に入ってうろうろ宮島の顔を探すより、こっちの方が手っ取り早いだろう。
「なにー?」
すると、周囲にいる女子三人ほどが仲間の警告音を聞いたように「うわっ誰」だの「びっくりしたぁ」だのと目の前で戦き出す。……割と心が痛む反応だが、他クラスの地味な男子ってのは大概こんなもんだ、と思うことにして俺は本題に進む。
「宮島はいるか?」
「みや……あ、郁?」
俺の方を向いていた生徒は、今や部活なり帰宅なりと退室を急ぐ1-Dの生徒を見やった。宮島を探しているんだろう。放課後になったらすぐにホールを挟んだ向かいのここへやってきたので、まだ帰っていないはずだ。
しかし、傍らに立っていた女子が「郁、休みだわ」と思い出したように言った。
「あ。そうだ。そうそう」と教室の中を見ていた女子も頷く。「郁休んでたんだ。昨日から」
「どうして?」と、俺の中で浮かんだ疑問が、何故か俺の後頭部から出てきた。目の前の女子たちは俺の背後に目線を合わせてぽかんとしている。
振り返ると、予想だにしない人物の顔が目の前にあった。
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