第17話 僕は陰険な女子が苦手だ

「それではみなさん。私の近くに集まってくださいませ」


 委員ちょ……谷さんだ。黒田君との密会を終わると、また妙な丁寧語を使って呼びつけてきた。

 谷さんはスクールベストからチョークを取り出すと、部屋の床に円を描き始めた。


「おいおいおいぃいい! 谷ちゃん! 編集長室で何をイタズラ書きしちゃってんのぉおお!!」


 黒田君は目をひん剥いて叫んだ。本当にリアクションが大きいな君は。


「はい。加古君たちを私の『スキル』で送り届けようかと」


 柳に風。谷さんは淡々といなす、いや、返えした。本当にクールだよな君は。


「委員長の『スキル』で?」


 僕の質問にも、谷さんは省エネ気味に「はい」と、簡潔に答えた。

 そうこうしてる内に、床にはチョークで描かれた大き目な『円』が完成した。


「私の『スキル』は【転送】です……」


 遅れて谷さんが質問に答えてくれた。


「描いた『円』の中に【転送】したい人や物などを入れるんです。同じ『マーキング』してる場所になら、どこへでも一瞬で運べます」


 聞かれたならきっちり説明をする。真面目な性格だ。


「ギルドにはその『マーキング』があるんだね」


「ええ。何度かお邪魔してるので……」


 ネックな部分と言えば『円』を描く事くらいで後は、無機物、有機物問わず何でも【転送】できる超便利な『スキル』だ。

 すると谷さんは、『円』の外で足を揃えて息を整えた。

 更に、両手の指を二本揃えるとこめかみに立て、蟹股気味に屈伸した。


「……委員長? どうしたの?」


 僕は困惑しながら控えめに尋ねた。真面目な谷さんが謎過ぎる剽軽ひょうきんなポーズをするんだ。見てる方は心配でならないじゃないか。

 でも谷さんは、


「【転送】の準備です。早く『円』に入ってくださいませ!」


 そ、そうか。『スキル』発動にそんなネックな条件がまだあったとは。お気の毒に。

 僕と椎野は、言わた通りに『円』に入ると床が光り始めた。

 やがて『円』が光の柱となって僕たちを包み込む。


「【転送】!!!」


 光の向こう側から谷さんの叫び声が聞こえた。

 恥ずかしポーズをしながら見送られる側も、中々きつい所があるものだった。



 ――冒険者ギルド。


 気づけば、僕たちは木造りのウエスタンな室内に戻っていた。黒田君の会社から、一瞬でギルドへ【転送】成功のようだ。足元には谷さんがマーキングしただろう『円』がしっかり刻印されてる。

 

「え!? 加古さん? いつお戻られになってんです!?」


 受付嬢のアクアだ。突然ギルドに現れた僕たちに驚いてる。


「アクア! たった今、黒田君と話しを付けてきたばかりだよ! もうあの『写真』が流出することはない!」


「ほ、本当ですか……!」


「うん! もしもまた脅されたら僕に言ってよ!」


 報告をすると、アクアは目に涙を滲ませながら喜んでいた。


「ありがとうございます……! 本当に……!」


 何度も感謝してその場にしゃがみこんでしまった。これまでのゆすりの脅威から解放され、安堵したという所だろうか。


「感謝なら椎野に言ってよ。体を張ったのは彼女だから……」


 僕がそう促すと、椎野は思い出したように内股になる。パンツを履いてないことを忘れていたのかな。


「椎野さん、ありがとう!」


「い、いえ……。大したことでは……」


 顔を引きつらせながら、最大限の笑顔で返す椎野。人助けも楽ではない。


「何かお礼をさせてください!!!」


「別にいいよ……」


 アクアは僕の両手を握ってぐいっと迫った。すっかり距離が近くなった僕とアクアに、椎野が露骨に取り乱す。


「……どうした椎野?」


「う、うぇっ!!? な、なんでも。ところでキウイ御前は……」


 強がっているけど、君の心は僕が盗んで所有してる。だから動揺までちゃんと伝わっているんだ。

 浮かない表情で、僕の視界から離れようとした時だった。


「……!?」


 再び椎野に異変が!

 急に立ち止まったと思えば、ぎこちない動作で振り返った。

 両手で自分の顔を思いっきり押さえて、可憐なご尊顔が崩れる。


「……何してるの? 変顔?」


 僕が引き気味に椎野に尋ねる。


「ふがうの(違うの)! はらだがはってに(体が勝手に)……」


 椎野が不気味な態勢のまま返す。辛うじて聞き取れたけど、何の真似かな。

 どうかした椎野は、恥ずかしい姿を隠そうと走り出した瞬間、


 どてっ――――「ぎゃん!!!」


 盛大に転んで顔面を打った。犬が尻尾を踏まれたような叫び声が出たな。

 椎野は今、自分の足を自分で引っ掛けて転んでしまったのだ。


「椎野、本当にどうしたの?」


 いささか恐怖だ。もう冗談じゃない。怖いよ。


「何かに取り付かれてるみたいでしたね……」


 アクアの例えに僕が深く頷いてると、ギルドのスイング扉がギイっと開いた。


わらわらわらわら……」


 ワラ? 奇妙な笑い方をしながら現れた小柄の少女。眠たそうな目と小さな顔に、紫色のショートカットのミステリアスな少女は――


「カガリさんじゃないか!」


 未来みくる高校『一年桃組』生徒の、鬼灯篝ほおずき・かがりさんだ。

 学校にぬいぐるみを持参したり、友達も作らずに一人遊びしてるような変な子だった。


わらわらわら。カガリだよ。久しぶり椎野」


 その笑い方、なんだか呪い殺されてしまいそうで不気味なんだが。


「カガリさん……」


 カガリさんの目的は椎野のようだ。立ち上がった椎野は、切迫した声で唇を震わせた。


「瑠香ちゃんの『サイドキック』がどうしてここに……」


「あなたこそどうして加古と一緒にいるの?」


 あ、それ。僕が椎野の心を奪ったからです。


「どうして私たち『サイドキック』を裏切ったの?」


 あ、それも僕の『スキル』のせいです。

【カイン王国】が平和になって、久しぶりに椎野と再会したあの日。椎野の事情も知らずに【盗むバンデット】を使い、心を奪って惚れさせてしまった。

 椎野も瑠香の側近、『サイドキック』の一人だったんだ! 

 

「ダメじゃない……。勝手なことしちゃ……」


 ぞくっと、悪寒を覚えた。祟りでも起こしそうな得体の知れないオーラが見える。

 カガリさんの手にはいつものぬいぐるみではなく、藁人形を持参していた。

 十字に張り付けられたような形の人形を操作すると、椎野が同じ動きをする。抗えない力に蹂躙される椎野。手の中で弄ばれる人形の気分だろう。


「それって、呪いの藁人形って奴じゃ……」


 僕が恐る恐る尋ねる。すると、顔を青ざめた椎野が僕の質問を遮って叫ぶ。


「みんな逃げて! カガリさんの『スキル』は――――」


「念念念(ねぇねぇねぇ)?」


 突然のネタバレにカガリさんがご立腹して、藁人形をまた操作する。


「うっ……!!?」


 刹那、椎野は自分の片手が勝手に動いて、自分の口を覆って塞いだ。


「んん……! ん~~」


 それも藁人形の操縦によるものだろう。もう片方の手で自分の腕を引き離そうとするが、がっちり覆った手が貼りついてて口から離れない。


「バラさないで欲しい憎(ゾ)。悪い子」


 カガリさんがさらに咎める。

 逃げようとする椎野の両足を交差して絡ませた。


「んん!」


 直立のまま突然、両足が絡みだしたのだから立っていられない。椎野はその場に倒れ込んでしまった。

 片手は口を押えて、両足は封じられている。椎野は身動きが取れない。


「椎野!」


 僕が駆けつけようとすると、椎野は首を横に振って拒んだ。

 近づくなと言ってるのか? 声を発せれない椎野は、精一杯のリアクションで伝えてくれる。


わらわらわら……。みんな、カガリの『スキル』の術中だよ?」


「カガリさんの仕業だな!!!」


「加古は知ってたんだっけ? じゃあ、いいか。……カガリの『スキル』はね、藁人形を作り出す力……。これに誰かの髪の毛一本を刺すだけで、その人を操ることができるんだよ」


 確かに。彼女の持つ藁人形の頭頂部には、どれにも毛が一本立ってる。

 でも、それはおかしい……。


「加古の分もあるよ?」


 また新たな藁人形が現れた。当然、人形の頭には毛が刺さってる。


「……それ、僕の?」


「もちろん」


 カガリさんは藁人形の首を横に倒すと、僕の体は抗えない力によって同じ動きを強いられる。

 グキッ!! と軋む音が鳴って僕の首は折れ曲がった。


「うぐぐ……」


 ……おかしいだろ。アクアも髪の毛はまだしも、僕と椎野の髪の毛は、いつどこで入手したんだ? さっき都に来たばかりなのに? カガリさんとは今会ったばかりなのに――


「念念(ねぇねぇ)加古。あんたの『スキル』は触れる必要があるんでしょ? 近寄らせなければ問題はない。キウイ御前も私たちの手中にある。お前たちのくだらない反逆もここまでだ憎(ゾ)」


 どうやら姿を見せないキウイは、カガリさんたちに捕らわれていたようだ。

 それに僕の『スキル』や動向だけではなく、目的までバレてる……?



 しかも、僕の苦手な遠隔操作系だ。

 こうなればまだ誰にも見せてないとっておき……【大泥棒アルセーヌ・バンデット】、第二のエフェクトを使う時か!


 これでカガリさんの藁人形を、接近せず奪取できるかもしれない。

 ただ、第二のエフェクトは『等価交換』が原則。



 カガリさんの藁人形に同等な価値があるもの。

 黒田君。今こそ、アレの出番だね。



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