第16話 僕ってやつは根に持つタイプなんだよ黒田君

「じゃあ……アクアのエロ写真は流出しないと誓おう」


 椎野のパンツと引き替えに、アクアへの脅しのネタは封じ込めた。

 黒田君とは中学からの悪友。ワルとは思ってたけど、正直嫌いじゃない。

 相手が君でよかったよ!


「黒田君。この異世界に写真があるのはなぜ?」


 僕は文化水準違が甚だしい疑問をぶつけてみた。


「カメラもプリンターもないはずなのに……」


「よし! 教えてやろう!」


 黒田君が得意気に鼻を鳴らして返してきた。


「この世界に写真の文化はない。それは俺の『スキル』さ! まあ、口で言うよりも見た方が早いだろ」


 気前がいいのか自慢したいだけか、黒田君は『スキル』を発動して見せてくれた。

 独特な丸サングラスのレンズを片方跳ね上げた。性格に似つかわしくない綺麗な瞳がお目見えになる。


「俺の目は『カメラレンズ』になってる。見ろ。この『目』でピントを合わせると……」


 そう言ってキラキラな目が僕を捉える。


「……瞬きをすることで『スキル』発動だ。【撮影シャッター】!」


 それが君の『スキル』の名称か。シャッター音もないからステルスで犯罪向きだ。


「『スキル』行使後、俺の脳に映像の記録されストックされる。そして、手ごろな紙かなんかにプリントアウトする。【念写】!!」


 続けて『スキル』を使う黒田君。デスクにあった白紙に手を添えると、魔力が滲みだしてやがて人物像が反映される。

 それはたった今、黒田君の目の前にいた僕の静止画だ!


「【撮影シャッター】に【念写】。すごい! 生産系スキルだね!」


「解像度は俺の記憶のレベルだ。記憶にある情報の鮮明度に比例する」


 誇らしげに語ると、跳ね上げてたレンズを下げて戻した。

 瞬きが『スキル』の発動キーなら、そのサングラスは『スキル』を抑制する目的か。


「記憶に納めるストックは容量があるんだろ?」


「そりゃそうだ。古くなると記憶が曖昧になり、自動的に消えることもある。俺自身で定期的にクリーニングして、容量を確保もしてる」


「じゃあ……アクアのエロ写真も、君の記憶にストックされたままだよね?」


 瞬間、黒田君はギクッとして硬直した。


「……よく理解してるじゃねぇか」


「ストックにある情報をコントロールできるなら、ちゃんとアクアの記憶もデリートを頼むよ?」


「……抜け目ない」


 これで安心だ。アクアに良い報告ができる。

 黒田君はやや警戒気味に姿勢を整えて尋ねてきた。


「なあ、加古。お前の復讐はいつ終わるんだ?」


「まだ終わらない。ギルドは今、僕が占領した。瑠香が手引きして僕を除け者にした、全員が僕の復讐の標的だよ」


 みんなが標的。その言葉に黒田君はさらに警戒を極めた。

 自分もその復讐の一人と知ったのだから、心中穏やかなわけがない。前言は誘導尋問か、察しのいい黒田君の願いだったか。


「ただの復讐じゃない。この異世界の世直し旅が本懐だ」


「世直し?」


「魔王から救われたはずのこの王国は、実はまだ暗い影を落としていた。クラスメイトが王様よりも偉いってなんなんだ? 僕が作り直してあげるよ。新しい『王国』をね!!」


 友人との積もる話しをしてる様で、これは静かな戦争だ。

 互いに自分が有益な結末になるように言葉を選んでいる。

 でも、これ以上は不毛な時間になるだろう。僕は慎重に黒田君に仕掛けてみた。


「ねえ、黒田君。僕と一緒に組まない?」


「!!?」


 争う姿勢と思いきや、仲間に誘う僕に黒田君は混乱してる様子。


「君は『情報屋』だろ? スキャンダルなネタを収集してるなら、瑠香たちが格下の僕に敗北して打ちひしがれる姿、見たいと思わない?」


「……なるほど。情報ネタで同盟結成の条件にするわけか。賢いな。戦闘向きじゃない『スキル』を持つ俺と、殴り合いの喧嘩を申し込むようなら追い払っていた」


 僕の腹の内を明かした事で、少しは信頼を得ることができただろうか。だけど、これはリスクでもある。

 黒田君を懐柔できなければ、僕は自分の企みを漏洩したことになるからだ。

 黒田君の返事は、


「俺に女王様を裏切ろと?」


「これからもずっと瑠香たちに飼いならされてるだけでいいの?」


「ふん……。お前は鷹条を倒し、さらには瑠香たちを失脚させようと考えている。そんな奴を俺が信用できると思うか?」


 おいそれと首を縦に振ってはくれないか。

 大丈夫。僕だって全ての手の内を明かすほど愚直じゃない。こっちにもネタはあるんだ。


「黒田君とはよく遊んでいたよね」


「ああ? まあ、中学の時からずっとクラスメイトだったしなぁ」


「【ウィッチ・ザ・スクーリング】ってカードゲーム知ってるよね?」


「……世界的大人気のトレーディングカードゲームだろ。新規カードが出る度に高騰し、絶版になった昔のカードも骨董品張りにプレミアがつく。今やカードゲームとしての機能は失い、売れ行きなどの流れを読んで投資する『株』だ。子供の遊びじゃねぇ」


 長々と語ってくれたが、そのカードゲームは僕たちの青春の遊びでもある。


「黒田君さ、僕の【七色の魔女・エインガナ】のカードを盗んだでしょ?」


「はあ!?」


「僕と二人で遊んでいた時だ。あの一日で【エインガナ】は僕の手から消えた」


「馬鹿! 証拠がない」


「まだあるよ。呪文スペルカードの【勝利の女神の気まぐれ】も、気まぐれに盗んだ。いや、確信犯で盗んだ」


「違う!」


「なぜならこのカードはレア度が高い上に、カード効果も強いからだ」


「だったら証拠を出せよ!!」


 バンッと、机を台パンして黒田君は立ち上がった。


「まあまあ。聞いてよ!」


 怒りで震わす黒田君の肩を、僕は両手で押さえながら椅子に強引に座らせる。

 その時、僕は胸の内で呟いた。


(【盗むバンデット】……!)


 どさくさに紛れて黒田君の二つの『スキル』内、【念写】を盗んだ。

 疑いをかけられ興奮する黒田君は、自分の『スキル』を盗まれたことに気づいてない。


「紙を一枚もらうよ」


 机に上がってた白紙を一枚頂戴し、僕は手の平をかざした。


「まさか……!」


 見様見真似な動作。それでも黒田君に気づいてもらうには充分だったようだ。

 さて、自分の脳裏にある記憶を引っ張り出し、手の平から思念した映像を写す――


「【念写】!!!」


 瞬間、手をかざしてた白紙が仄かに発光を始める。より強い想いが、『スキル』に影響することは僕が一番よく知ってる。

 魔力が滲みだした白紙には、やがて人物――黒田君の姿が映し出されていく。


「見てよ。黒田君」


 僕は【念写】を成功した紙を持ち上げて見せつける。


「君が盗もうとしてポケットにしまう決定的瞬間だ!」


 中学時代の、まだリーゼントも胡散臭い丸サングラスもしてない

あどけなさが残る彼の姿だ。

 ズボンのポケットにしまい込もうとする左手、何か持っている。このカードゲームを熟知してる僕らならすぐわかる。

 青地のカード枠に、凛として端麗な女神の横顔……。


 呪文スペルカード【勝利の女神の気まぐれ】だ。


「……うぬぬ!」


「これがまさに動かぬ証拠だよ。僕も相変わらずだ。ここまで鮮明に【念写】できる程、あの日の事を、君の事を根に持っていたんだ」


 記憶でしかなかったものが、皮肉にも黒田君自身の『スキル』で形となった。


「……なぜ、俺の『スキル』をお前が使える?」


「ごめんね! さっき君の肩に触れた時に、君の『スキル』の一つを盗ませてもらったんだ。触れればたいてい何でも盗める。それが僕の『スキル』さ!」


 本人の目の前で堂々と盗ませてもらった。あの日と同じだよ。


「あの日、君に言わなかったのは友情を壊したくなかったから」


 盗む隙があった君に勝利の女神が微笑んだ。それだけだ。


「でも……今になって言ったのは、僕の『気まぐれ』だ」


「『情報屋』を情報ネタで脅すのか?」


「ちなみに君が盗んだ二枚のカード、現在も価値は上がってるみたいなんだよな……」


「わかったわかった! そのカードの件は墓場まで持って行ってくれ。……代わりに付き合ってやるよ!」


「ありがとう。心強いよ!」


 あの日、カードを盗まれた事実を隠して来た。

 そんな小さな友情が、今になって勝利の女神が微笑み返してくれたのかもしれない。



「加古。俺の『スキル』は返してもらいたいんだが」


「もちろん。君こそ僕を裏切るような真似、しないでくれよ?」


「ああ……。わかってる」


 僕と黒田君は手を差し出して、握手を交わした。

 そのついでに、僕はさっき盗んだ彼の『スキル』を返却してあげた。


「男と男の約束だ」


 そして僕たちは、固い誓いを立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る