第14話 僕は僕より弱者を見捨てれない

 ――執務室。

 重厚な家具が並べられ足元は絨毯が敷かれてる。せいぜいデスクの上だけが本や、書類の山になってるくらい。さすがギルドマスターの部屋だけあり格式が高い。


「私はギルドマスターのボンゴレ。こっちは娘です」


 ギルドマスターが改めて名乗ると、隣の受付嬢がこくりと小さく礼をした。


「アクアです……」


 やや委縮してるようだった。


「娘!? 娘なの!??」


 僕は信じられずにニ度も聞き返してしまった。


「……なにか?」


 ボンゴレが訝し気に答えた。ごめん。血が通った同じ生き物と思えなかったんだ。

 僕と椎野とキウイは、部屋の中央にある応接スペースにエスコートされ座った。椅子にはクッションが敷かれて、野蛮な酒場著違い待遇が違うね。

 大きな机を挟んで対面に、ボンゴレとアクアが並んで座る。


「で、話しとは?」


 ボンゴレとアクアが躊躇してるので、僕が話しを切り出した。

 ボンゴレはアクアと顔を見合わせると、決心した表情で懐から一枚の『紙』を差し出して来た。

 机の上の『紙』に、僕たち三人は興味津々で体を乗り出して眺める。


「……これは、写真じゃないか」


「「シャシン??」」


 僕の言葉にボンゴレとアクアは浮かない表情だ。


「これはただ『紙』じゃない。撮影した画像を紙にプリントしたものだ」


 でも、このファンタジーの世界に写真なんて高等技術はないはず。ボンゴレとアクアが『写真』を知らないわけだ。……ついでに、僕の隣のキウイも目を丸めてた。君も幻想世界の住人だから無理もない。


 それに、この写真に映ってるのは……アクア? ぷりぷりなバストに美尻が一番に目に飛び込んできた。首輪して全裸でベッドに寝かされたあられもない姿だった。


「これは……!」


 ボンゴレが多くを語らない否、語りなくないわけだ。これは僕でも事態を察することができる。


「アクアさん! 君は……首輪して調教プレイをされてたんですね?」


「違うよ!」


 隣の椎野がズッコケながらツッコんだ。


「この写真でアクアさんが脅されてるってことでしょ!」


「そ、そうだね。そうだった!」


 ついつい、エロい写真に感化されてしまった。弱みに付け込んで脅しなんて許せない!


「……ちなみに、アクアさん? これはどういう経緯で撮られたの?」


 僕の質問にアクアは、不安げにボンゴレと目を合わせた。そしてボンゴレが首を縦に振るのを見て、アクアは意を決して話し始めた。


「……一年前、魔王が現代人の方々によって退治された後のことです。とある現代人の方から、一晩だけ付き合ってほしいと誘いを受けました。私は、その……全く好みではなかったのですが」


 これは残念可哀そうなクラスメイトがいるなぁ。


「この国で『神』同然の地位を持つ彼らに逆らえませんでした。一晩だけとの約束で応じましたが、彼は私の恥部をその『シャシン』と言う記録に残してました。……一度だけとの約束は破られ、その後も『シャシン』で脅迫行為を繰り返している状況です……」


「それだけはありません!」


 悲痛な娘を見かねて、ボンゴレが代わりに続ける。


「それ以降、このギルドは現代人たちの拠点となりました! ギルドの実権もほぼ彼らが保有してしまった……。取り分け鷹条千早です!」

 

「……」


 あーあ。キウイは初めて見る加工なしのエロ写……いや、写真を珍しそうに眺めている。過激なヌード写真だ。その辺にしてあげてくれ。


「敵は『情報屋』です!」


 ボンゴレは語気を強めて言い放った。


「この国でスキャンダルな情報を売る不健全な会社で、奴は編集長を務めてます。英雄【ヒロインず】の一人、葵瑠香あおい・るかの御用達です!」


 瑠香……。正統派噛ませ犬ヒロインだ。


「お願いします。娘を、このギルドを救ってくだされ! ギルドの新しい英雄のあなたにしか頼めません……!!」

  

そしてボンゴレとアクアは深々と頭を下げた。

その二人に圧倒されてる僕に、追い打ちで椎野がぼそっと耳打ちする。


「……加古君。困ってるみたいだよ? 助けてあげようよ?」


「そうだね……」


『情報屋』が相手となると、戦い方を間違えれば僕の計画が漏洩する。危険な敵となるだろう。

 乗り気ではない僕の煮え切らない返事に、椎野が立ち上がって二つ返事をする。


「私たちでよければ力になります!」


 君は本当に献身的だなぁ。


「任せておいてください!!」


 おいおい。そんな安請け合いして大丈夫かい?


「ありがとうございます! ありがとうございます……!」


 ボンゴレとアクアは、何度も何度も頭を下げて感謝した。それを見て椎野は恐縮してる。我が身の様に感じて辛いのだろう。他人の傷は自分の傷か。さすがは『回復師』。僕の自慢の右腕だ。


「仕方ないね。その依頼、僕たちで引き受けた」



 ☆☆☆☆☆



 同時刻、【カイン王国】の都――


 この都の中央を貫くメインストリートは、多くの人々で賑わう一番の繁華街だ。

 まだ夜の顔を見せない昼間の繁華街では、どわっと湧き上がる様に盛り上がっていた。


 キャーと、歓声と悲鳴が混在する不協和音。嬉しいのか、はたまた事件なのか。

 真相は、そのどちらもだった。


「葵瑠香だ!!」

「女王のお通りだぞ!」

「う、美しい……!!」


 生態系がその土地によって頂点となる生物が変わるように、その世界で最も秀でた者が頂点に立つもの。

 では、この異世界のトップに君臨する葵瑠香とは何に秀でたのか。

 美貌? 確かに彼女のルックスは端麗。妙に大人な色香を漂い実力含め、彼女は高嶺の花。当然の如く男にもてはやされる。


「「瑠香さ――ん! こっち向いてください!!!」」


 ウェーブがかった黒髪の艶めかしさ。短いスカートから伸びるスレンダーな生足。

 紺地のカーディガンをセーラー服の上から羽織れば、煌めく魔法をかけたように、無条件でちやほやされて一枚の絵になる。葵瑠香は全世界共通で説明不要のJKだ。


 人脈? ならば彼女の取り巻きサイドキックの二人組だろうか。

 瑠香のサイドを固く護り、必要とあらば群がる男どもを蹴散らす――


「「どきなさいっ!!」」


 ――その方法とは文字通りに、瑠香の進行方向を妨げる男の股間を蹴り飛ばす。


「「ぐぁああああああああああっ!!!」」


 金的を受けた男たちは断末魔を上げて悶えた。その時、自然と腰が低くなり上目遣いを強いられる極悪非道な所業。


「二人とも。手加減してあげてね」


「はーい」


 自分の印象が悪くなる行為にも忠実な美少女。上に羽織るブレザーも、スカートもハイソックスも全て深緑色で揃えている。

 武内茜たけうち・あかね。厚底のスニーカーでの金的は強力のようだ。


「ごめんね」


 負けじと可憐なもう一人の少女――鬼灯篝ほおずき・かがり。熊のぬいぐるみを抱いて一人遊びする姿は、ミステリアスと言うよりも異様に映る。


 瑠香たちは興奮する群衆と、股間を押さえて痛みに喜ぶ男を素通りして、道の真ん中を闊歩した。

 その時――


「てめえええええ! 小娘どもおおお!」


 不穏を告げる怒声が、ムーブメントを起こした歓声をかき消した。

 どよどよと、人々が声の主に注目する。

 

「り、蜥蜴男リザードマンだぁあああああ!!」

「魔王軍の残党だ!」

「武器を持ってる……! 離れろ!!」


 震え上がる人々。それもそのはず。人間と同じように二足歩行だが、柔肌はなくごつごつ緑色の鱗で覆われて人外。蛇か蜥蜴かわからない頭部で人語を発する悪の手先が、大きな斧を携えて現れたのだ。


現代人てめぇらせいで俺たちの一族はまた迫害を受けるようになった……! この傷は一生消えやしない!! 全てお前たちのせいだ! 復讐してやる!!!」


 蜥蜴男リザードマンの逆恨みも甚だしく、大きな斧を振りかぶって瑠香に迫った。


「危ない!」

「瑠香さん逃げて!!!」


 逃げ惑う群衆が瑠香たちの安否を案じてると、瑠香はぎろりと睨み返した。



「『天魔大自在天王てんまだいざいてんおう波旬はじゅん』」



 瑠香が呪文めいたものを呟くと、蜥蜴男リザードマンの振るう斧の刃が届く前に制止――


「…………」


 ――蜥蜴男リザードマンは宙で凍てついて動かない。

 蜥蜴男リザードマンの周囲だけようにだ。


 よく見れば周囲の石畳の地面も、まるで冬が来たように霜が降っている。

 一瞬の出来事に、見守っていた群衆たちも目を剥いた。


「なんだ今の『スキル』は……!」

蜥蜴男リザードマンが浮いたまま凍ったぞ……!!?」

「氷属性の魔法なのか!!!!!?」


 この国の勇者に心配など杞憂だったようだ。

 思わぬテロ行為を解決した瑠香に、再び特大の歓声が沸き上がる。


「なんで一族を滅ぼしたかって? そんなの……あんたらの見た目がキモいからに決まってるでしょ?」


 瑠香は黒い髪をなびかせて、大興奮冷め止まないメインストリートを歩き出す。

 彼女が頂点に良いる理由。それは、


「傷が痛いならそこら辺に自生してる雑草でも食っとけ。爬虫類共」


 ひとえに『強い』からだ。

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