第13話 僕は暴力系ヒロインは嫌いじゃない③


「加古……。私の『スキル』は【逆鱗】! 怒りがパワーに変わる……!」


 鷹条さんは今一度拳を握りしめた。淡く魔力が集まり。拳全体を赤い光で包み込まれた。虫も殺せないその拳なのに気迫だけは一流である。


「くたばれええええ!!! 加古ォオオ!!!!」


 鬼神のごとく迫りくる鷹条さん。魔力を宿した拳で怒りを暴力的に振りかぶる。

 再び憎き僕の顔面にぶち込んだ――


 ――「……!!?」


 ――が、その拳は僕の顔面に届く前に、ピタリと静止した。

 その光景を見たギャラリーがざわっと騒ぎ立てる。


「あ、あのひょろガキ……千早さんのパンチを、指一本で受け止めてやった……!!」

「いや、よく見ろ……!」


 どうやらギャラリーは気づいてくれたようだ。


「つ、爪で防いでやがる!!!!!」


 そう。今や僕は、相手の攻撃を爪を立ててガードできる。さすがは攻撃力500ポイントだ。


「はぁ……、はぁ……!」


 鷹条さんは息が上がっている。僕をその場から一歩も動かせてなかった。ヒートアップした辰美君と、あくびをして眠たそうな僕。さすがに鷹条さんも挫けそうな顔をしてる。


「鷹条さんの【逆鱗】は、元の攻撃力に依存する『スキル』だろ? でも、君の攻撃力は『ゼロ』……。ゼロをいくら倍化しても『ゼロ』だぜ?」

 

「くそっ……!!」


 魔力が助けになっても無駄だと絶望していた。


「僕が君の攻撃力を盗まなければ、二倍になって『1000ポイント』だったわけだ。恐れ入るよ」


 もはや魔王級に匹敵する数値じゃないか。


「僕のターンだ。鷹条さん。これで君の『ワンターンキル』とやらは達成ならずだ。残念だったね」


「お前に何がわかる!!!」


「わからないね。勝者の言い分なんて。強い者の苦悩なんて。……敗者で、弱い者で、持たざる者の僕にはね」 


 ただわかるのは、格下だと思っていた僕ごときに、『連勝記録』を崩された惨めさくらいかな。


「君こそ思い知るがいいさ。今の君は最弱レベルの力に落ちた。君の一番嫌がる事は、弱者の気持ちを理解することだろ……????」


「加古ぉ……!!」


 ギャラリーもすっかり真剣な眼差しで僕を見ていた。ワンターンキルを破ったからではない。次に僕が何をするのか、予測できずおののいてるって感じだ。


 陰険な僕の復讐劇もわかってもらったことだし、さっそくゲームの続きだ。

 次こそ出目を二以上出さなければ。僕がサイコロを拾う為にかがんだ時、


「加古……。ゲームは終わりだ。ここからは、シンプルに……」


 鷹条さんがゆらりと歩み寄って怪しい動きを見せる。


「殺し合いだあああ!!!!!」


「加古君! 危ない!」


「カコ……!」


 椎野とキウイがいの一番に気づいて僕に叫んだ。


「え……?」


 僕は遅れて声に気づくと、頭上では鷹条さんが殺意剥き出しで迫っているではないか。


「うわっ……!!」


 突然のことで驚いた僕が、思わず肘を挙げて攻撃から防いでしまう。滑稽だ。今の僕は最強レベルの攻撃力を宿してるのに、最弱だったころの反射神経が発動して委縮してしまう。悪い癖だ。


 それは鷹条さんも同じで、力を失ってると再三確認してるのに、自分の強さに過信して攻撃を繰り返す。


「うっ!!」


 その瞬間だ。

 鷹条さんはうめき声を一瞬上げると、奇襲を止めて床にひっくり返ってしまう。


「???」


 何が起きたのだろう。僕が困惑してると、騒めくギャラリーの話し声が聞こえてくる。


「み、見たか? 今の……!」

「ああ。あのひょろガキの防いだ肘に、千早さんの顎がぶつかって……失神した」

「う、ウソだろおおおお! 千早が負けたあああああああ!」

「このギルドのボスが!!!!」

「てんめえええ! 【女傑ヒロインず】を負かしてタダで済むと思うなよぉおおお!」


 どうやら鷹条さんは自爆して、勝手にダウンしたようだ。ギャラリー、解説助かる。

 って事は……、


「勝っちゃった」


 サイコロを拾い上げたばかりなんだが。


「「「「「千早さんんんんんん!!!!」」」」」


 ギャラリーがうるさいなぁ。まあ、女番長が倒されたんだ。無理もないか。

 天と地がひっくり返った鷹条さんに僕は歩み寄る。


「さあ『チンチロ・ファイト』のルールに則り、勝者である僕に着衣を渡すんだ」


 僕はキウイを呼ぶと、すぐさま駆け寄って来る。


「正確にはキウイに着衣を渡してもらう」


 勝利したんだ。堂々と奪わせてもらう。散々卑劣で卑猥な使い方をしてるんだ。今更少女の服の一枚や二枚、なんだって言うんだ!

 僕は鷹条さんとキウイの体に触れる。両手に華とはこのことだね。


 ちなみに僕はちまちまと脱がす趣味はない。

 欲しいものは一瞬で奪う!



「【大泥棒アルセーヌ・バンデット】!!!」



 盗んだものを別の対象者に移動させる。勝利の女神に愛された男の、極悪な『スキル』を発動した。

 バリバリっと、少女二人の体に閃光が走る。


「……!」


 目をぐっと閉じて口をへの字にし、キウイが怯えながら耐えている。

 迸る閃光が納まると、二人の様相が変わった。 


 みすぼらしいキウイの古びたワンピースは、鷹条さんが着用してた和装セーラー服に、可憐なプリーツスカートに入れ替わった。いや、盗み変わった。

 裸足だった足元は、黒のソックスで品高く包まれて待望のブーツを履いてる。これで荒地でも平気だ!


「……わぁ」


 憧れの服にキウイもご満悦。奴隷時代の名残をこれで完全に払拭だ。

 喜んでくれて僕も嬉しくなる。


「よかったね、キウイ」


「……うん。感謝する。カコ!」


 喜んでくれて僕も嬉しいよ!

 ……対して、衣装を強制転移された鷹条さんはボロ雑巾を纏ってるみたいだ。

 君には臭くて汚い奴隷の衣装がおあつらえ向きだ。


「ごめん。鷹条さん」


 僕は足元で失神したままの鷹条さんに告げた。


「やっぱ『暴力系ヒロイン』は時代遅れだったぜ。僕は……男主人公を立ててくれる優しいヒロインが好きだ」


 死体を蹴るなんて卑劣だったが、気を失ってるから聞こえてないだろう。

 せめてものの情けである。



「「「「「千早さんんんんんん……!!」」」」」


 ギャラリーの喚き声が止まない。未練がましいな。

 このギルドを仕切っていただけではない。【カイン王国】を救済した子供たちの一人なのだ。この敗北は尊敬と畏怖を持つ人々に、相当な落胆を与えたようだ。


 代わりに人々の畏怖の念は、僕へ向けられた。そこにはまだ尊敬は皆無のようだが。


「椎野! キウイ! 帰ろうか」


 美少女二人を両手に抱えた僕に、周囲からは羨望の生刺しを送ってくれる。どぎつい嫉妬の視線も感じた。


「お待ちください!!」


 すると、突然呼び止めて来るは一人の小柄な老父だった。

 一見ドワーフと見紛う小柄な体躯に、白い大きな髭を蓄え、自分より丈の長い杖を携えた普通の老人だ。隣には……首元にスカーフを巻いた受付嬢が立っている。


「なに? ここのギルドのボスを倒したんだ。もう用はないよ」


 少々暴れすぎたかな。いやいや。猛烈に暴れたのは辰美君一人じゃないか。

 頭の三角帽子がお茶目なドワーフ……いや、老父が続ける。


「そう急がずに! 私はここのギルドマスター。話だけでも聞いて下され!」


「う、ええ??」


「ささ! ここでは人目が多い。奥の執務室へどうぞ!」


 是が非でもないギルドマスターに僕たちは気圧されて、強引に連行されてしまった。



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