第7話 次は僕と一緒に世界を盗ろうよ?

「うぅっ……!」


 突如、キウイは泣きじゃくり始めた。勝負に負けた子供が盛大に癇癪を起すようなあれだ。


 いやいやいや。そこで泣くのズルくない? 子供は苦手だけど、泣く子供はもっと大っ嫌いである。

 僕は困り果てながら頭を押さえた。


「おいおい……。泣くんじゃない!」


 僕は喚き散らすキウイに説得を試みた。


「泣かないでよっ! 急に僕が悪者みたいだろ?」


「ふぇえええん……!!!」


 ぎ、逆効果! 泣き喚く子供に泣くなと怒鳴ってどうするんだ僕は……!


「痛いよ……」


 キウイはワンピースからはだけた、自分の体を押さえてうずくまった。

 体中には痛々しい傷が復元されてる。

 負けたのが悔しいんじゃないようだ。

 しかし、少女の涙と傷を見せられて放置はできないだろう。例え大悪党だったとしても。



 僕は周囲の状況を確認した。

 倒壊した建物に巻き込まれた者は救助されたようだが、腕や足を骨折してるみたいだ。キウイが暴れた事で多くの町の人々は血を流してケガをしてる。


 火災でやけどを負った者達は多数だな。ゆっくり町が火に飲み込まれるのを絶望して待つばかりだ。


 状況をよく観察した僕は、再び『スキル』を行使した。

盗むバンデット】とは違う、青い魔力が僕の体から溢れ出て来る。

 『EXスキル』だ。さっそく使わせてもらうよ。


 魔力を帯びた腕を天に挙げると、キウイは叩かれると思ったのか、怯えて頭を押さえた。 


 えーと、この後どうすればいいのかな? 僕は続けて『スキル発動キー』である、呪文のような詠唱をそれらしく呟いた――

 

「世界を洗い流せ……『スキル海竜神リヴァイア歓天慈雨かんてんじう』!!!!」


 僕が叫ぶと、大量の流水が地響きと共に地面から沸き上がった。まるで間欠泉だ。

 ドドドドド……と、大地を揺らしながら打ち上げられた流水の正体は、巨大な『蛇』だった。


 長い体をうねらせながら、『海竜神リヴァイア』は天空へと昇って行く。

 その時、水の体から大量の水滴を大地へ降らせる。


 ぽつ……ぽつ……と、人々の体に打ち付ける雫が、やがて大粒の雨となった。


「……傷が!」


 ゲリラ的に発生した雨を全身で受け止めた町民たちも、その雨の効力に気づいたようだ。

海竜神リヴァイア』の降らせる雨で人体の出血してた傷を洗う。やがてその雨は、多くの人達の傷を、折れてた骨まで治癒してくれた。


 傷だけではない。これだけの雨量だ。町を焼き払おうとしてた火災も、あっという間に鎮火してしまった。


「あ……」


 地べたに座り込むキウイが、自分の傷が癒える様子に驚いてる。


「……傷が塞がってく……」


 言葉もちゃんと使えるようになったな。


「どうだ。傷の具合は? 痛みはあるか?」


「……(ぶんぶん)」


 キウイは首を横に振って必死に答えた。魔王のような姿のくせに、痛いのにめっぽう弱いようだ。


「そりゃよかった。子供に泣かれるのが嫌いなんでね」


「……(ぐすっ)!」


 子供よばわりは心外だったろうか。キウイは強がって、自分の目から溢れてた大粒の涙を、『海竜神リヴァイア』が降らせた雨に隠していた。


「……これは神クラスの『回復スキル』じゃないか。お前が自分で手に入れたのか!?」


 ぐすっと鼻をすすりながら、キウイは僕に聞いて来た。


「ああ」


 だから僕は至極簡潔に答えた。


「盗んだ」


 するとキウイは目を丸めて驚くと、呆れたように口の端を緩めた。


「……馬鹿がすることだ」


「そういうな。神は僕たち人間が必要な時に、都合よく助けてくれるとは限らない。なら、僕が神に代わって救済をしよう。僕が不都合なものを消してやるさ」


 天空まで達した『海竜神リヴァイア』は、雨雲をくねくねと泳いでいた。

 蒼銀の蛇を彼方遠くまで見送ると突如、空から光が差し込んだ。どうやら雨が上がったようだ。


 雨で濡れたはずの着衣は、いつの間にか乾いてた。『海竜神リヴァイア』の降らせる雨は体を冷やすものじゃない。心に温もりをくれる癒しの雨のようだな。


 町民が回復した姿を見て僕は安堵してると、立ち上がろうとしたキウイがふらついて、またぺたんと地べたに座り込んでしまう。


「なんだ。まだ痛いのかい?」


 僕はキウイと視線を合わせる様に、濡れた地面に膝をついた。

 びくっとキウイは体を委縮させる。まだ僕がお咎めをする野蛮な輩だと考えているようだ。

 怖がるキウイの頭を僕はそっと撫でてやった。


「ちちんぷいぷい。痛いの痛いの、飛んでいけ」


「……?」


 聞きなれない呪文にキウイは、不思議そうに僕を眺めてる。


「……それは、なんの魔法?」


「これは魔法でも『スキル』でもない。……小さい子供にしか効かないお呪いだ」


 ここに来る道中、雷の一つ落としてやりたいと考えてはいたんだけど。


「君には、これくらいのお呪いで十分だ」


「……こんなの、全然効かないっ!」


 子供じゃないからと、取り繕っているようだ。強がってるのか、痛みに弱いのかわからないな。


「ねぇ、キウイ」


 片方の頬を膨らませてすねるキウイに、僕は視線を真っすぐ向けて対話を求めた。


「魔王の君を失脚させたのは、僕のクラスめい……いや、外道な仲間たちなんだ」


 すると、キウイも視線を合わせてくれた。自分を退治した勇者が、まさか恩人の仲間と知って、やや警戒心を覚えてるって感じだな。

 だが大丈夫。君の敵ではないことを今から説明する。

 

「元仲間たちって言うべきかな。僕の『スキル』が弱いからって、パーティから追い出されたんだ。だから君が倒された時には、僕はその場にいなかった」


 その言葉を聞いて安心したか、キウイの表情が緩んだ。


「……追放されたのか? 悔しくないの?」


「悔しいさ。だからね、僕はこの【盗むバンデット】の『スキル』を使って、復讐しようと考えてるんだ」


 僕の話しの着地点を理解して、キウイも真剣に向き合ってくれた。


「僕の復讐が君の復讐にもなると思うんだ」


「いいのか? 【カイン王国】の平和を脅かすことになるかもしれんぞ」


「いいよ。僕がいない世界でのびのび異世界生活してる、平和ボケした同胞たちに目にものを見せてやりたい! 奴らの手に入れた『仲間』も『栄光』も『力』も『名声』も『富』も……『平和』も! 僕が全て踏みにじって『盗んで』やるんだ!!!」


「……」


 こんなミステリードラマのイカれたな犯人の、狂気な犯行動機を聞かせてるようになってしまった。キウイは大丈夫かな。ドン引いてない?

 しばし無言だったキウイの返事は、


「……面白いじゃないか。お前みたいな狂った男は好きだよ?」


 おっと、『スキル』を使ってないのに惚れられたぞ。これも初めての経験だ。

 よかった! 魔王をドン引きさせたら、僕もさすがに立ち直れない。


「僕が仲間に復讐を果たして、この王国を奪ったら……その時は君がまた王に君臨するといいよ!」


「私が?」


「もちろんだ! 僕と一緒にこの王国を――いや、世界を盗りにいこう!!!!」


 すると、キウイはよろっと立ち上がって見得を切った。


「このスズカ・キウイ御前が、カコ・ウツツに全力で従おう!!!」


 狂ったチートスキルの僕と、魔王のキウイ……。

 手を組んではいけない二人が出会ってしまったね。


 復讐のモチベがさらに上がるよ……!!!!


「僕も魔王が味方なんて心強いよ!」


「……魔王だが」


「これから魔王に返り咲くさ」


 僕と君が協力すれば、なんだって手に入れられる! 天変地異級の戦力だ。


「僕は加古現だ」


「……カコ。私のパートナーだ」


 同盟パートナーって事ね。なんかくすぐったい気もするが、まあいいか。


「よろしく。キウイ!」


 僕が手を差し出すと、キウイも小さな手出して応えてくれた。





 ―――――――――――――――

 第一章はこれで終了です。

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 次回から第二章――加古の復讐編が本格始動します。

 

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