第5話 奴隷少女は僕から『はじめて』を盗んだ

 家主を平和的に洋館から追い出すことに成功した。

 しかも【カイン王国】の貴族。この洋館の家主である他に、貴族である肩書まで盗んでやった。これからこの領地は僕の物さ!



「加古君!」


 一人でほくそ笑んでると、馬鹿広いエントランスにいた椎野が僕を呼びつけた。

 中々切迫してたので僕が慌てて駆けつけると、椎野は階段を指さした。


 驚いた。美しい造形のサーキュラー階段に一人の少女がいた。ぼんやりとこちらを眺めて佇む姿は、まるで洋館に潜む少女の亡霊。

 

「……」


 気配もなく生気もない少女は、赤いメッシュが入った繊細な銀髪のロングヘアに、額からは角が生えてた。魔族か?


「君は誰?」


 存在感があるのに、不気味なほど透明感がある。

 人間を信用しない野良猫の様に、鋭い目つきで警戒していた。


「私はキウイ。お前らこそ何者だ?」


 少女は豪気に答えた。


 「この家の主はどうした? お前らの目的は!!?」


 僕が困り果ててると、


「加古君」


 椎野が僕に耳打ちしてきた。


「この子、魔王だよ……」


「魔王!?」


「うん。……スズカ・キウイ御前。この【カイン王国】を支配してた魔王の一人だよ」


 随分詳しいなと思ったけど、椎野たちは冒険の中でこの子と出会ってる訳か。


(ステータスオープン!)


 心で念じると、ぶん……と、ウインドウが開いてステータスが表示される。


 ◆◆◆


〈名前〉スズカ・キウイ

〈年齢〉〈性別〉不明・女性

〈役職〉魔王

〈体力〉50/500

〈魔力〉40/500

〈攻撃力〉45

〈防御力〉30

〈素早さ〉25

〈運〉100



 ◆◆◆


 なるほど。確かに『魔王』と表記されてる。それもかなり疲弊してるな。……年齢が不明とはなんだ??

 僕がステータスを確認すると、椎野は耳元で声を潜めて続ける。


「……私たちが退治したあとは、どこかの貴族が奴隷にしたって聞いてたんだけど」


「奴隷……」


 確かに、粗末な白いワンピースから覗く手足には、鉄の錠がはめられてる。


「じゃあ、僕が追い払ったあの男の奴隷ってわけか!」


「たぶん……。それにこの子、体にアザとかたくさんあるよ。虐待を日ごろから受けてたんじゃないかな?」


 本当だ。傷やアザが痛々しい。まともに治療も受けてないんだ。

 あの没落貴族め。こんな少女を飼いならしていたとは。


「もう一度聞く。あんたがどこの誰か教えるんだ!!!」


 キウイはガチャリと手足の枷を鳴らして訴える。


「……お前ら賊だな? ここの領主を怒らせて生きては帰れないぞ!!?」


「あー、わかったわかった! 答えるからもうその辺にしてよ!」


 僕がうんざりしてキウイを制した。

 やれやれ。どうするか。キウイは僕の返事を待ってる。

 僕はまさに盗賊だ。椎野の心を盗み、記憶を踏みにじり、ここの家主からは権力を盗んでやった。


 ……だけど、何も持たざる者からは奪えやしない。

 今できる事を精一杯考えた。そして思いつく。


「手、貸して?」


「……!」


 僕がキウイの両手を掴むと、思いっきり睨まれてしまった。

 人を信じれない。誰も信じない。そう言った目をしてる。

 あの没落貴族から受けた傷か、それよりうもっと前からのものか。どっちにしても、この痛々しい傷がこの子の心を表している。


 形のない心も、記憶も、権力も奪えた。僕の『スキル』ならきっとこの子の外傷も、トラウマも消してあげられるはずだ。


「この子の傷を痛みごと遥か彼方へ飛んでゆけ――【盗むバンデット』!!!」


 それらしい呪文を詠唱して呟くと、光の粒子が発生してふわっと髪や着衣が浮き上がった。

 何が始まるかわからないキウイは、目をぐっと瞑って怯えている。


「……うぅっ」


 体の痛みが引けてきたか、キウイの表情も緩んだ。良い兆候だ。

 まるで母親が愛しい我が子を癒すおまじない。僕が手を離す頃には、キウイの傷の全てが何事もなかったように綺麗になる。


「……ああ!」

 

 キウイは傷一つない自分の体を眺めて驚いていた。自分の体だと信じられないって顔をしてる。

 傷を盗んでやった。僕は得意気にキウイに聞いてみる。 


「君の傷を治した僕は、まだ敵に見えるかな?」


 キウイは上目遣いで僕に視線を向けてくる。


「……ありがと」


 どうやら理解してくれたようだ。


「……敵なんて言ってごめんなさい」


「いいよ! 気にしないで!」

 

 少女の傷を消せて、僕もほっと胸を撫でおろした。どうやら【盗むバンデット】は外傷なども消せるようだな。

 しかし、隣で見てた椎野は怪訝そうにしていた。


「か、加古君。いいの? とは言っても魔族の王だよ? 治療しちゃったら……」


 椎野は回復したキウイが反抗するのではと危惧していた。


「大丈夫だよ!」 


 僕は楽観的に返しす。

 僕にはこのチートスキルがあるんだ。恐れるに足らないさ!


「それに、これは『治す』と言うか『盗む』なんだけどね」

 

 あまり美化して表現するのはよろしくはない。

 訂正すると椎野は、

 

「……盗んだ後はどうなるの?」


 と、疑問を浮上させた。


「さあ……。空の彼方へ消える」


 気障っぽく言って誤魔化したが、実際は僕もどうなってるかわからない。

 さっき椎野の『スキル』を盗ったら、僕の所有『スキル』が増えた。盗んだものは僕の所有する何かに反映されてるようだ。


 では、傷や病気は? 一体どうなってるのか。

 僕自身に移動してる様子もない。ぱっと、その場から消えてしまうだけだ。

 まだまだ発展途上の『スキル』。謎が多いが盗めないものは今のところなさそう。




 ――――治療を終えてキウイを玄関まで見送った。


 奴隷から解放されたキウイは外の世界を求めてる。つまり、この屋敷から出ていくことを決めたのだった。

 それは心の傷も、僕の【盗むバンデット】で消し去れたって事でいいのかな。


 屋敷の扉を開放すると、気持ちのいい風がエントランスホールを抜け行った。

 この当てもない自由な風のように、キウイもここから飛び立とうとする。


「本当に、もう行っちゃうんだね」


 慣れ合うだけの時間を過ごしたわけではない。でもなぜか僕は寂しさを覚えていた。さながら自分の娘が独り立ちする気分だ。


「あなたがわたしを自由にしてくれた。この恩は忘れない」


「恩は忘れてもいいよ。そんなの覚えてたら自由じゃなくなる」


 そうだ。キウイの手足には錠がはめられてあるんだ。これは外の世界で邪魔になるな。

 キウイの手首を締め付ける冷たい錠。それを僕は握りしめた。この家に侵入する時、【盗むバンデット】で扉を開錠した。同じことができるかもしれない。



「【盗むバンデット】」


 

 僕が『スキル』を発動すると、カチャっと音が鳴った。そして、錠が難なくキウイの手首から外れる。キウイは無言で床に落ちた錠を眺めてた。

 僕は足の錠も外すと、キウイの心を繋ぐ枷は全てなくなった。


「これでよし! 奴隷少女としての象徴は全部消えたよ!」


 鍵なんていらない。錠が意思を持ったように僕に従ってくれた。

 盗まないなら、与えるしかないじゃないか。その瞬間――


 キウイは背伸びして視線を合わせてくると、その繊細な手で僕の顔を押さえつけた。驚く暇もなくキウイの端麗な顔が、僕の目と鼻の先まで迫っていた。


「お、おいっ……――――」


 僕の口を塞ぐようにキウイの唇が覆った。


「んん!?」


 接吻だ。僅かな抵抗も許さないキウイの小さく柔らかい唇が蹂躙する。キスは唾液の交換だ。僕がゴクリと喉を鳴らしたのを合図にキウイの口が離れた。


「「……!」」


 僕は目を丸めて漠然としてた。今度は開いた口が閉じない。

 椎野に限っては、自分がしたわけでもないのに顔面を真っ赤にして照れてる。

 キウイの真意を伺ってると、キウイはニタニタ含み笑いを見せてる。


「……案外、疎いんだな? 治療代だよ。今手持ちがないから、代わりに貰っておいてくれ」


 そう言う事らしい。


 キウイはクスっと悪戯に笑むと、小走りで外へ駆け出して行った。

 胸の前では小さく手も振ってくれた。

 どうやら『心の傷』も【盗むバンデット】で消し飛ばせたのかな。



 しかし解せない。

 僕が唇を『盗まれて』しまった。…………僕の初めてだったのに。


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