第4話 僕は女子のスカートめくり放題らしい

盗むバンデット】のは記憶操作もできるようだ。

 これはいい。盗んだ事実さえも消せるのだから、完全犯罪ではないか。


「椎野!」


 僕が呼ぶと、椎野はくるりと振り返った。そして、忠実に馳せ参じてくれる。


「なに? どうしたの?」


 僕への恐怖心も忘れて、また笑顔を見せてくれている。その笑顔を失いたくはない。


 ――バサッ「――!!!!?」


 ひらりとスカートをめくり上げると、清楚な彼女に相応しい白のパンツがお目見えに゛――


「加古君の馬鹿あああああああっ!」


 バチンッ――と響きのいい音は、平手打ちした僕の頬からだった。

 椎野の振り切ったビンタに、貧弱な体格の僕は容易く吹き飛んでしまう。


「ぐへぇえええええ……!」


「なにするの加古君? なにするの加古君!?」


 大切なことだからニ度言う椎野。ま、待て……話せばわかる! 


「椎野! ……頭に何か付いてるよ?」


「へ? ほんと……?」


「僕が取ってやろうか?」


「うん」


 じゃあ、ね?


「【盗むバンデット】!!」


 一瞬の油断。僕が命乞いでもすると思った?

 僕は椎野の頭をまた捉えると、自慢の『スキル』を行使した。


「…………っっ」


 記憶を物色されてる間、椎野は目を剥いて、口をぽかんと開けたまま身動きが取れない。椎野の意識を僕が支配している証拠だ。



 記憶の改ざんが終わると、廃人状態だった椎野も元に戻った。


「…………あれ? わたし、何してたんだっけ?」


 この通りである。

 記憶を盗むたびに、空白の時間が生じる気持ち悪さ。椎野はそんな違和感に苛まれてるようだった。

 ごめんね椎野。ちょっと試してみたかっただけなんだ。


 女子のスカートめくり放題なんて、夢のあるクズ『スキル』じゃないか!

 でも――


「……(ひりひり、ひりひり)」


 ぶたれた頬の痛みの記憶は、消せないみたいだ。

 


 どうやらこの【盗むバンデット】は、自分からは盗んで消せない。当たり前っちゃ、当たり前か。自分の物は盗みようがない。


 便利かと思えば強かにバランスを取ってくる、絶妙に抜け目ない『スキル』だ。

 スカートをめくったら結局、罰があるとは解せない。


 

 僕達が洋館内に戻って来ると、一部始終を見てた家主が鼻を鳴らした。


「……お前の『スキル』は他者から、あらゆるものを『盗める』のか」


 今しがたのスカートめくりさえも知ってるのか? ずるいぞ! 自分でめくって罪を背負ってもいないのに、椎野の下着を覗き見るなんて違法だ! 厳罰だ!


「わたしからこの家も奪うつもりか?」


 中々察しが良いじゃないか。だかそれは、少しだけ間違ってる。


「もう、この家は僕が盗んだんだよ」


 邪魔なのはおじさんの方だ。家主は僕から視線を切ると、なにやらぼそっと呟いたのが聞こえた。


「……かっこ悪い奴め」


「かっこ悪い? そんな誰かの決めた『かっこいい男』の定義に、僕を当てはめようとしないでよ。それに僕はそこから逸脱してると自覚してる。つまり、僕はかっこ悪い」


 くどくど饒舌にまくしたてる僕に、家主はより一層ドン引いていた。


「でも……」


 僕は一言前置く。


「かっこ悪くて何が悪い?」


 こんな事を言える僕って、自己肯定感がめちゃ高いと思う?

 いや、逆だ。僕はどこまでもかっこ悪い僕が嫌いだ。だけど、かっこいい僕はもう僕ではない。かっこ悪いのが僕なんだ。だからかっこ悪くても、僕は悪くはない。


 家主は人間の形をした化け物でも見てる様に、僕を唖然として眺めている様子だった。


「だけど、そんな事どうでもいいじゃない?」


 僕はそんな家主に詰め寄った。


「あなたはこれから、この家のあるじだと言う事も、この土地の領主と言う事も、今日の朝食に何食べたのかも、椎野のパンツの色も、僕がかっこ悪い事も……全~~~~~部、忘れちゃうんだから!」


 語気に含まれる僕の狂気な人格に、とうとう家主の顔が青ざめていく。


「わ、私はこの国の貴族であるぞ……!!」


 何よりも、椎野の恥部を僕以外の誰かが知ってるなんて、許せるわけがないじゃないか。

 さっきの僕の蛮行を見てたんなら、これから自分に起きる事も予測できるだろう。

 消えな。永遠に――



「【盗むバンデット】」


 

 ――僕と言う悪魔を忘れまいと、僕の姿を目に焼き付けてるようだった。しかし、その遺恨となる記憶が次々と消えていくと、やがて家主は安らかな顔つきに戻っていた。


「わ、わたしは何を? ここはどこ?」


 こんなのコント番組でも見てるようだよ。僕は思わず吹き出しそうになった。


「ここは僕の家だ。早く出て言ってくれないかな。泥棒だよおじさん?」


 僕が嘘の情報を吹き込むと、家主は慌てて立ち上がって謝罪した。


「す、す、すみませんでしたああああああ!」


 ドタドタと、やかましい足音を立てて屋敷の外へ出て行ってしまう。

 

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