第3話 僕だけが君の脳をウ〇キ〇ディアみたいに編集できる

 形のない『心』や、『スキル』まで盗めた。ならば、形のある物はたいてい、僕の『スキル』で盗めるようだ。



 次に僕は、椎野を連れて町から外れた森へと足を踏み入れた。

 森の中なら人目が付かないし、ここには大きい屋敷があるって聞いたことがある。

 僕一人なら野宿でも平気だが、少女と一緒となれば話しは別だ。JKの清らかで魅惑な肉体を雨風に晒しておくわけにはいかないだろう。 



「着いたよ」


 ひた歩くと、森を切り開いた場所に突如として現れた洋館。雑草が生い茂って、くたびれた屋根と壁の塗装が剥がれ落ち、外壁には亀裂が走ってるではないか。


「ここが、加古君の住処なの?」


 到着して安心したばかりの椎野の声が、急に不安気に暗くなる。

 この洋館はどちらかと言えばお化け屋敷。無理もない。


「うん。そうだよ」


 嘘だけどね。


「今、中へ……」


 扉のノブを握ると、回り切らずに止まってしまった。用心のためにしっかり鍵をかけてあるか。当然だが、僕には『スキル』がある。

 この手の『鍵付き』は僕の弱小『盗賊スキル』のデフォルトで対応可能だ。


(【盗むバンデット】……!)


 僕は小声で『スキル』を発動した。

 その刹那、洋館の扉が淡く発光する。それが合図となって、扉の奥からガチャッっと、錠が外れる音が聞こえた。

 来た来た! 開錠作業は僕の十八番。宝箱系の開錠しかした事なかったけど現状、僕には邪悪な発想が次々舞い降りて来る。これで洋館を自由に出入りができるようになった!!


 思惑通り。発動キーは、念じる事。

 僕のより強い想いが、そのまま現実となって盗めるのだ。


「さあ、鍵が開いた。入って!」


 少女も家も盗んだ僕は、さも自分の家に招待する家主の様に、椎野を招き入れた。



 玄関の扉を開けると、レトロな雰囲気のエントランスホールがお出迎え。

 正面のストレートな階段に美しい曲線を描くサーキュラー階段と、吹き抜けを挟む二階の回廊のような造りは洋館の象徴である。


「シャンデリアまである! 漫画とかドラマで見る世界! 貴族なの加古君!?」


 くたびれた外観とは違い、立派な内装に推野も大喜びだった。


「今日からここが君の家だ。好きに使ってよ」


 気前よく僕は椎野をもてなす。


「ありがとう加古君! わたし、二階見て来る!」


「いいよ。いろいろ見て来な」


 はしゃいでサーキュラー階段を駆け上がって行った。

 そんな喜ぶ椎野を眺めて、僕も嬉しくなる。盗みごたえがある。なんて言ったって、僕の為じゃない。誰かのために『盗む』のだ! 神も許してくれるだろう。


 僕は一階の間取りの把握を始めた。家主が自分の家の中で迷子になっては怪しまれるからな。

 僕も縁のないと思われた豪邸に高揚してた。そして、一枚の扉を開けてみた。


「……な、何者だ!」


 ――――!!?


 開けた扉の向こうで、仕立てのいいスーツを羽織る男がいた。男は怪訝な顔でこちらを睨んで続ける。


「き、貴様はなんだ……!!?」


 どうやら家主の貴族のようだ。とんでもない家を狙ってしまった。

 彼は僕の返事を待ってる。ここでなんて言えば免れる? 

『迷子なんです。道をお聞きしたいのですが……』と、白を切って誤魔化す。……でも、鍵がかかってたのに、どう入ったか説明できない。


 では……、


『野盗に狙われてます! 助けてください!』と、危機的状況を作って丸め込む。……だが、やはりノックもせずに無断で侵入した経緯を説明できない。穏やかには解決できなそうだ。

 

 ってことは……やるべきことは一つ。

 僕は壁に飾られてた、家主の剣を手に取った。そして家主に切っ先を向ける。


「大声を出さないで。何もしないで。あなたが思ってる以上に、今の僕は正気じゃない……!」


 力で解決する。これぞ盗賊だ。


「……っっ!」


 自分に惚れた女を失いたくない。そんな僕の、常軌を逸した気迫が伝わったようだ。家主は両手を小さく挙げて頷いた。

 僕はとりあえずホッと胸を撫でおろした。


 さて、この真の家主をどうしたものか。椎野みたいに、この男の『心』を盗む? ……いや、それで僕に惚れて付き纏わられても困る。

 だからと言って殺すのも僕の流儀に反する。脅しはブラフだ。では家主をどう処理するべきか……。


「加古君……?」


 背後で可憐な声が聞こえた。背筋に緊張が走る。


「椎野……」


 僕が豪奢な剣を下ろすと、家主がここぞとばかり声を張った。


「お前ら仲間か?」


 家主の問いかけに、椎野は無反応だった。

 僕の連れじゃない。そう判断した家主は、挙げてた両手も自由にして、椎野に助けを求め出した。


「お嬢ちゃん! この男は盗賊だ! すぐに騎士団に連絡を……!!」


「待て! 椎野! 僕は……」


 椎野はゆっくり後ずさりして僕と距離を取ると、おぼつかない足取りで走り出した。いや、逃げた――


「待って!!」


 僕はすぐに椎野の後を追いかけた。

 盗んだ『心』は依然、僕の手中にあるはずだ。なのに衝撃的な真実を知って、その魔法が解けてしまったのだろうか。

 どこまでも付き纏ってた椎野は、今や僕からどんどん離れていく。


「椎野!」


 このまま手が届かなくなるのは嫌だ。


「は、離してっ!!」


 玄関の扉の前で、ようやく捕まえた。椎野は握られた手首を、忌まわしそうに振りほどこうとする。

 まるで不審者から身を護るような態度に挫けそうだ。


「ここ、加古君の家じゃないんでしょ……?」


「う……それは」


「わたしのためにあの人から奪ったの……?」


 震える声で僕に問う。それで首を縦に振れば、傷つくのは彼女だとわかっている。答えようがない。


「加古君の事が、大好きだったのに……!」


 椎野は背中越しで扉のノブを、ゆっくり回してたようだ。

 愛を確かめ合う会話の途中に、椎野は扉を開けて踵を返してしまった。


 館から飛び出す椎野の腕を、僕は再び捕まえた。

 すでに『心』を奪っている。彼女をもう一度振り向かせる方法はないか、僕は思考を巡らせて思案した。


「離して――」


「椎野!」


 数分前まで夢中だった記憶を、椎野は忘れてしまったのだろうか。


「さっき僕は、僕を追放した人たちの事を『誰も恨んでやしない』って言っただろ?」


 彼女の不安に支配された心を、再び愛情で満たすことはできないのだろうか。


「でもね、椎野……!」


「……っ!」


 僕は捕まえた椎野に迫った。恐怖で歪んだ表情で、僕を軽蔑している。

 今の僕にできることを思いっきり考えた。そして、閃いた。

 その記憶を巻き戻すことはできないが――



「僕は案外、根に持ってるかもしれない……!」


「!!!」


 衝撃なカミングアウトに推野の表情が凍り付く。

 僕は淡々と薄ら笑いを浮かべながら続けた。


「だから椎野。君の中にある僕の不都合な記憶を、盗んで消すよ。また僕が大好きな椎野に、戻っておいで!」


「いや……」


「僕のそばから永遠離れない。それが君の、償いさ……!」


 僕は抵抗する椎野の頭を捉えた。がしっと、掴んで絶対離さない。そして、あの『スキル』を発動する。


「【盗むバンデット】!!!」


「いやぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 淡い光が僕と椎野の二人を包んだ。

 瞬間、絶叫した椎野が突如として止まった。まるで時間を停止したように、静寂だけが支配する。


「……」


 僕は神に祈りながら『スキル』を行使した。少女の脳内を悪魔の如く暴力的に蹂躙するように。

 椎野は「あ……あっ」と、言語を発せず身動きも取れない。

 椎野と僕の脳は現在共有されてる。

 椎野が見た記憶は僕の視覚にも投影される。

 そして、捉えてた頭を離すと、椎野はおもむろに視線を合わせてきた。そして――



「……わたし、なんで逃げてたんだっけ?」



 成功だ。

 時は戻らなくても、時を忘却することはできるだろう。


 椎野の脳に刻んでしまった、僕の不都合な記憶を『盗んだ』のだ。


「……椎野、なにか覚えてる?」


 記憶の強奪。野蛮な手段を強いて尚、僕はできるだけ平静を保って訊ねてみた。

 椎野は「うーん」と、天を仰いで考えるが、何も浮かんでこない。


「……この洋館に来た事だけは覚えてるんだけど。中に入って、何かしてたっけ?」


 大成功だ。実に超絶な『スキル』。妙に技巧な手癖の悪さ。

 都合の悪い情報を消し、都合のいい部分だけを残して改ざんできた。


「いいんだ! 無理に思い出すな!」



 僕が、野蛮で卑劣な盗賊だって事を一生忘れててくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る