第2話 君のものは僕のもの 僕のものも僕のもの

 天の悪戯か。悪魔の誘惑か――


 ずっと雑魚スキルだとパーティの仲間から罵られてきた。


 でも僕の【盗むバンデット】は、人の『心』までも盗み、相手を自分の所有物に出来るチートスキルに覚醒した。



「加古君! 腕見せてっ!」


「へ? ……いだだだだだっ!」


 椎野が腕を引いた途端に、僕は激痛が走って悶えだした。

 椎野は軽く引っ張っただけだった。だがよく見れば、学ランの左袖から血が滲んでるのがわかる。

 椎野は「やっぱり」と確信をして袖をめくり上げた。僕の腕を露出させると、細い上腕二頭筋の所で出血が確認できた。

 ひりひりするなとは感じてたがまさか血が出ていたとは。


「ケガしてるよ!」


「ああ……どっかで転んだ時かなぁ」


「ちゃんと手当しないと!」


「放って置けばその内治るよ……」


「ほっといちゃダメだよ!」

 

 男らしいガサツな荒治療に、椎野は呆れながら上着のボタンを一つずつ外し出した。

 そしてブレザーを脱いで、これまたシンプルな白地のスクールブラウス姿になると、自分の袖をびりっ、びりっと引き千切り始めた。


「え? ええっ?」


 椎野の突然の行動に僕は驚きを隠せなかった。

 その間もブラウスの袖は容赦なく引き裂かれて、椎野の肉体がお目見えになるではないか。

 何が始まるのかわからない僕が、あんぐりと口を開けたまま固まってると、


「これを使って!」


 無残にも千切られた長袖は片方だけ半袖となってしまい、裂かれた袖の断片はそのまま僕の患部へ巻き付けてくれた。


「ごめんね。わたし『回復スキル』何個か取得してるんだけど、自分の魔力量じゃ使いこなせないの……」


 そう言いながら、わずかな材料で包帯代わりにして患部を固定。止血に間に合わせたなら、最後にきゅっと残りの生地の部分を結んだ。

「あ、ありがと……」と、言いかけた時だ。椎野は「あっ!」と声を上げてまた何かに気づいた。


 今度は僕と視線を合わせると、椎野が両手で顔を捉えてくる。

 さらに強引に顔を傾けて自分に寄せる。なになにっ!


「顔! こっちもケガしてる!」


「ぐふっ」


 なす術なく椎野にコントロールされる僕。確かに右頬からも出血してた。

 これも殴られた時だな。


「こんなの唾つけとけば……」


 だが椎野には、どれだけ強いふりをしても虚勢は通用しなかった。


 椎野は次に、自分のプリーツスカートをぎゅっと握り締めた。もうこの時点で何が始まるのか予測できる。

 椎野はスカートの裾を何のためらいもなく、恥じらいもなく俺の前で千切り出すのだ。

 びりっ、びりっと小さく裂いたスカートで出来上がった特製ガーゼを、丁寧に折り畳んで僕の手に握らせる。


「これで我慢してね!」


 これを今握ってると言うのは、君のスカートを不埒にも掴んでいる事と意味は一緒なんだよ? 

 なのに椎野は、いつまでもぽかーんとしたままの俺にしびれを切らし、スカートの切れ端を無理矢理に頬の患部に当てた。


「これだけじゃ足りないかな?」


「全然我慢できます。もう十分です!」


 剥ぎ取られたスカートからは少女の、健康的でスベスベな太ももが露出してしまった。袖も破れてそのあられもない姿は、我が身を盾どころか生身全て捧げ出しかねない戦士、いや勇者だ。なんて献身的な子だ。


『回復系スキル』を取得してるって言ってたな。


(ステータスオープン!)


 心の中で念じて呟いた。

 ぶん……と、ウインドウが開いて椎野のステータスが表示される。


 ◆◆◆


〈名前〉椎野羚亜

〈年齢〉〈性別〉16・女性

〈職業〉回復師

〈体力〉50/100

〈魔力〉100/100

〈攻撃力〉20

〈防御力〉15

〈素早さ〉80

〈運〉100


〈所有スキル〉

【回復】

 効果:自分の着衣を犠牲に対象者の傷を回復させる。


不死鳥フェニックス火鳥風月かちょうふうげつ

 効果:対象者の傷の修復。体力回復。状態異常の(どく。やけど。まひ)改善。


海竜神リヴァイア歓天慈雨かんてんじう

 効果:広範囲型回復スキル。対象者の傷の修復。細胞組織復元。状態異常(やけど)改善。


 ◆◆◆



 ほー……。攻撃力と防御力は、貧弱な僕よりも絶望的に弱いが、強力そうな『スキル』をお持ちだ。

 女子更衣室を覗き込んだ罪悪感があるな。

 

『心』を奪えたなら、恐らく取得した『スキル』も盗めるはずだ。

 僕は椎野の手を握った。突然の積極的な行動に、椎野は紅潮して戸惑っている。

 ごめんね椎野。君をたぶらかす真似しちゃって。


(【盗むバンデット】!!!)


 淡い光が僕と椎野の二人を包み込む。


「加古く……!」


 高揚してた椎野の目に一瞬だけ、光を失うのを僕は見逃さなかった。洗脳のように、自分の意識を蹂躙された少女の目だった。

 僕はすかさず自分のステータスを確認してみた。


(ステータスオープン!)


 ◆◆◆


〈名前〉加古現

〈年齢・性別〉16・男性

〈役職〉盗賊

〈体力〉450/500

〈魔力〉200/300

〈攻撃力〉30

〈防御力〉60

〈素早さ〉100

〈運〉200


〈所有スキル〉

盗むバンデット

 効果:対象物に触れることで自分の所有物にできる。(概念問わず)


不死鳥フェニックス火鳥風月かちょうふうげつ

 効果:対象者の傷の修復。体力回復。状態異常の(どく。やけど。まひ)改善。←NEW!


海竜神リヴァイア歓天慈雨かんてんじう

 効果:広範囲型回復スキル。対象者の傷の修復。細胞組織復元。状態異常(やけど)改善。←NEW!


 ◆◆◆


 やった! 大成功だ! 椎野のスキルを僕のものにできたぞ!

 椎野には悪いが、君に使いこなせないんじゃ、宝の持ち腐れだ。僕が有意義に使ってあげるよ。



「ところで……本当に僕について来る気なの? 他のクラスメイト達は?」


「いいの……。わたしは加古君と一緒にいたい!」


 彼女の未来を捻じ曲げてしまったな。これは責任問題だ。

 僕がどう返事しようか迷ってると、椎野が仕掛けた。


「さっき、頭ポンポンしてくれたでしょ?」


「……ポンポンは同意の意思ではないのだが」


「ポンポンは興味のない人にするものでもないのだが?」


 揚げ足を取らてしまった。軽はずみなボディタッチは勘違いを生じさせるな。


「なんでもしますからっ!」


 全くもって献身的な子だ。



「僕、一人が楽しいんだ」


「二人だともっと楽しいよ?」



 ピュアな少女の心を、持ち逃げはできないか。

 僕は観念して首を縦に振って返した。

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