78.宇宙人と乾坤一擲
「えっ、なんだって? ソ……?」
「ソ連?」
『レラッファーレと並んで現存するただ二隻の……いや、固有名詞はこの際なんでもいいだろ。問題は撤退したはずの地球侵攻軍が舞い戻ってきたことだ。だがそのまえに』
メロの表情は険しい。僕らだってエスパーク軍と聞いたからには、向こうがどういう連中か分かる。
でも他の人々は違う。
「マジヤバいぜ!」
「なんかのイベント?」
「スター・ウォーズの新作とかそんな話あったっけ?」
「銀英伝派なんだよなぁ」
みんな呑気にスマホ向けて写真撮ってる。SNSにあげようとかそんなことばかり。危険な侵略者だなんて誰も思っちゃいないんだ。
『チッ、平和ボケめ! 耳を塞いでおけよ。拡声機能をありたっけ上げる!』
メロは耳の機械に触れて少し弄ると、普段と違ってわざわざ口元に持ってくる。
『みんな逃げろーっ! 危険だ! 巻き込まれるぞっ!!』
懸命のアナウンス。だけど
「見てあの子! 銀髪の!」
「コスプレ?」
「イベントスタッフの子役じゃね?」
「海外の子っぽいな」
「すげぇ。CGじゃないのに耳ナチュラルに尖ってる。特殊メイクってすごいのな」
「クオリティたっか」
「あれ? なんかどっかで見たような」
あんな空飛ぶ巨大戦艦見ても映画と思うんだ。今時ハリウッド産ファンタジーじゃめずらしくない見た目なんか、アトラクションでしかない。いくらかのカメラを引き付けることしかできない。
『くそっ、コイツら! 仕方ない、とにかくオマエたち二人だけでも逃げろ! ヤツら、戦争犯罪も辞さないぞ!』
「ど、どうしてそんなこと言えるんだ!?」
『撤退したはずの侵攻軍が! 兵力の補充もせず残った旗艦一隻のみで! トウキョウなんて大都市に降ってきた!』
「ど、どういうことなん?」
内情を知ってるメロと僕らじゃ前提が違う。その式から導き出されることが分からない。
彼女は空の戦艦を睨み付けながら、少しずつ後ずさり。逃げろと言われたけど、離れた方が危ない気もして。僕らも同じペースでジリジリ。
『そうだな。まず、どうして今まで悪魔やエスパークとの戦争が一般に知らされなかったと思う?』
「そりゃ、政府が隠蔽」
『何故戦争なんて派手なモノが隠蔽できたのか、だ』
「たしかに」
メロが首元へ手を添える。いつでもマントを展開できる構えだ。
『答えは簡単でな。人目につかないからだ。悪魔は大軍団を編成するよりは、個々がフラッと現れて人間を襲う。だから事件として大規模にならない』
どんどんと高度を下げてくる巨大戦艦。このままビルとかに着地するつもりじゃないだろうなって勢い。
『そしてエスパーク。そもそもの私たちの目的は、地球にしかない海底資源の採掘だ。領土拡大でも植民地支配でも人間狩りでもない。もちろん平和的な貿易をする気がなかったのは認めるが。だから戦場はほぼ広大で誰もいない海上が多かった。ソラコの話にもあったろう。我々との戦争で戦艦沈めたとか』
「な、なるほど」
「ほな、なんでそれが東京に来てるん?」
イチコの疑問はもっともだが、わざわざエスパークの方針を前置きした意味。僕にはなんとなく話がつかめてきた。
『ハバトケント。私がキサマを拐おうとした時の話を覚えているか?』
「え? アレってオレを拐おうとしてたのか?」
『そうだぞ。知らなかったのか?』
「てっきり博士のサンプルの方が目的だと」
『そうだよ』
「は!?」
『もういい。話を進めるぞ』
なんか話が噛み合わない。呆れた声の末に諦められてしまった。
ずっとジリジリさがっている僕ら。イチコが撮影に夢中の人とぶつかって頭を下げる。
『あの時の私は「サンプルを手に入れたら迎えに来てもらえる」というミッションだった』
「そうだな」
『だから私もトウキョウのど真ん中に現れたのだ。海ではなく』
「なるほど」
『ヤツらもそうだ』
「えっ?」
人は逃げるどころかどんどん増えていく。もしかしたらアキバっていう場所柄も、余計にアニメかゲームのイベントだと思わせるのかも。
「博士のサンプル狙いってことか!?」
『違う。「目的が今までの資源採掘じゃない」「わざわざトウキョウに、違う成果を求めて来ている」という意味だ。改めて侵攻に来たのなら、兵員や艦を補充して勝ちにくるはずだ。だがアレは残存戦力そのまま。おおかた本国でお叱りを受けたのだろう。「何かしら成果を上げるまで帰ってくるな」と』
呑気か緊張で渇くのか、残りの缶コーヒーを飲み干すメロ。
『だが、負けた戦争に同じテで突っ込んでも無意味だからな。それなら手っ取り早く主要都市を破壊して、地球人類に打撃を与えたと。派手でコスパのいいアピールをしようという考えだ』
「破壊やて!?」
「ってことは!」
『そうだ』
メロの手の中でスチール缶がペコッと鳴く。
『ヤツら、なんでも無茶苦茶やるぞ!』
叫ぶや否や、もう下手なヘリコプターより低い位置に来たんじゃないかって戦艦が。
バリバリと街中に雷撃を迸らせる。
メロがおねえさんとの戦いで発射したヤツの、何倍も威力が増した感じだ。
「うわっ!」
「きゃあああ!!」
『走れっ!』
メロに押されて、半ばムリヤリ走らされる。
そのあいだにも頭上を走っていく閃光。あちこちのビルの上階に当たって、次々と鉄筋コンクリートを破壊していく。
「なんちゅう威力や!」
「くそっ! 本当に無茶苦茶しやがって!」
『瓦礫が降ってくるぞ! 道の真ん中を走れ!』
そうは言うけど。増えすぎた観客が今さら右往左往。道いっぱいを逃げ惑うから真ん中どころか、ちっとも先へ進まない。
『──!』
「なんだって!?」
もう悲鳴と人の壁で、メロが何言ってるのかもよく聞こえなくなってきた。
『──! ──!? ──!!』
「だからなんだって!? 聞こえないよ!!」
かろうじて抱き付いてきてるイチコは離してない。だけど彼女とのあいだにはたくさんの人が割り込んで。映画で見るような引き離され方をしていく。
と、完全にメロが埋もれて視界から消えようかってタイミング。腕が伸びてきて、僕の胸ぐらをガシッとつかんだ。そのまま特殊部隊の名に恥じない腕力で引っ張られる。
「うわっ!」
半ば首だけ引っ張られるみたいな体勢。ギリギリお互いの頭だけが近くに寄った。
落ち着く間もなく、囁く声が耳に息のかかる距離で聞こえた。
『姫を守りぬけよ、王子サマ。オマエならできる』
「えっ」
なんだ、その意味深な物言い。
まるで、全部託してしまうようなセリフ。
「なんっ……」
言葉の真意を問いただすまえに。
離される手。引っ込む手。
その隙間から少しだけ見えたのは、
マントを片手に人の流れに逆らって
一人戦艦の方へ駆けていくメロの背中。
「メローッ!!」
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