79.宇宙人と『正しくない』

 すぐにメロは逃げ惑う人で埋まって見えなくなった。

 くそっ、無秩序に逃げ惑ってるクセに、どうしてこんなに隙間ができないんだ!


「イチコ!」

「はっ、はいな!」


 これだけはっきり返事ができるなら大丈夫そうだ。


「一人で逃げれるな?」

「えっ? どういうこと?」

「悪いな。オレも行かなきゃ。メロを一人にできない」

「ケンちゃ」


 イチコは何か言おうとしたが、少し離れるとあっという間。


「ケンちゃーんっ!!」


 どんどんが人が割り込んできて、もう二度と合流できない。

 たとえイチコに逃げる気がなくても、もうこっちへ戻ってくることはできないだろう。安心してメロのところへ行ける。


 でも流れに逆らうのが難しいのは僕も一緒。人が逃げる方向は一定だから、進むよりは流されない優先。とりあえず踏みとどまって待てば、そのうち波が尽きるはずだ。


 一分一秒が不安で惜しいのは事実。それでも気持ちを抑えて堪えると、ようやく壁もに。

 と同時。


「うわっ!」


 次々ほとばしる閃光に目を焼かれるかと思った。眩しい!

 とんでもない物量だ! 語彙力がなくなるくらいの!


 これはマズい。たまたま僕の方を向いてなかったからいいけど、狙って撃たれたら逃げようがない。

 かといって建物の陰に隠れようものなら、狭い路地に崩れて降ってきた時オダブツ。

 ここは怖いけど、勇気を出して道のど真ん中にあるガレキとかへ隠れた方がいい。


 とにかく近くのめくれ上がったアスファルトの影に身を伏せる。そこから手頃な破片を道路へ転がして、焼かれなければ今は安全と見て猛ダッシュ!

 ゲームのスニーキングミッションとかあるけど、現実は何倍も地道で単調な作業。「隠れるポイント二つ三つとばして進もう」なんて横着プレー、絶対に許されない作業。



 それを数回繰り返して、横倒しになった車の陰につけた時。


『ハバトケント!?』


 こっちより少しだけ向こう側、右5メートルくらいのガレキにメロがいた。


「メロ! 無事かっ!?」

『それはこっちのセリフだ! キサマ何してる!』

「メロが心配で!」

『だからって私の心配事を増やしてどうする! 逃げろと言っただろうが! イチコはどうしたんだ! まさかこの状況で一人にしたのか!? アホバカマヌケタコタコタコ!!』

「急に語彙力! うわっ!?」


 彼女の怒りみたいに電撃が。こっちを狙ったんじゃなくて、雑に地面へ照射したみたいだ。

 それでこのフラッシュと衝撃! 近くに来るといよいよヤバいな!

 閃光がまた建物を狙うようになると、メロはF1のフラッグみたいにマントを振る。


『もういい! とにかくこっちに来い! そんないつ爆発するか分からないものの陰に隠れるな愚か者!』


 言われてみればそうだ。危ないところだった。怒ってても軍人は視野が広い。

 こっちに来いと言いつつも、メロはマントを盾に迎えにきてくれた。そのままフタが吹っ飛んだマンホールへ身を隠す。ここなら下へ詰めれば確実に二人入れる。


「まるでタコツボだな」

『言ってる場合か! 危険なマネをしやがって! オタンコナス! ナスナスナス! 浅漬けで思慮が浅いのか!? 古漬けで脳みそボケたのか!?』

「悪かったって」


 下まで降りずにハシゴの上段。電撃が入ってこないようマントを掲げながら見下ろしてくるメロ。平安時代の女性みたいだ。


「でもな。その言葉、そのままオマエに返すぞ? あんなのに一人で、マント一枚で突っ込んで! どうにもならないに決まってるだろ! その、こっ」


 あの日の光景がチラリと頭によぎる。言葉にしたくないから詰まっていると、メロが静かに引き継いだ。


『殺されるか』

「うっ、そっ、そうだよ! あんなに電流飛ばしまくってさ! かないっこないよ!」


 焦る僕に対してメロはニヤリと笑う。


『分からんぞ? ソラコの話を聞いただろう? どうやら私にもヤツの細胞が入っているらしいからな。ということは、私も「おねえさん」レベルの戦闘能力を有しているかもしれない。我々エスパークが壊滅させられた力だ。勝てるかもしれないぞ?』

「だ、だけどっ!」

『まぁ任せておけ。「おねえさん」がなんとかしてやろう』

「メロッ!」


 彼女は視線を上に向け、ハシゴを一段上がる。頃合いを見て打って出るつもりだ!

 その背中をどうにか引き留めたくて。本当は言わないほうがいいかもしれないことを聞いてしまう。


『なんだ』

「アイツら、そもそもオマエと同じエスパーク人だろ……? 仲間だろ? そんな連中と、その、殺し合いするのか……?」


 それでも彼女の表情は動かない。元から変化に乏しいタイプではある。

 だとしても、思った以上に動揺がない。僕が持ち出したのはとても重いことのはずなのに。


「ヤギ頭と戦った時にも似たようなこと聞いたけどさ。どうして地球のために戦ってくれるんだ? 命懸けだし、逆にこれを成功させれば故郷に帰れるチャンスなんだぞ!?」

『ふむ。そうだな』


 この返事の間だって迷いじゃない。なんて僕に伝えようかっていう思案だけだ。彼女の中にある決意は小揺るぎもしない。


『なぁ、ハバトケント。このまえソラコが過去を全て語ったあと。アイツ、自分を評してこう言ったな。「もう何が正しいかも分からなくなってしまった」と』

「正しい……」


 頭の中にあの日のおねえさんと、いつもの父さんの新聞襖が浮かぶ。


『それに関しては、正直私も分からん。が』


 その二つへ割って入るように、メロが爽やかな笑みを浮かべる。


『何が正しいかは分からないなりに、この侵略戦争が正しくないということは分かるのだ。エスパーク人も地球人も、私たちは友情を交わし分かり合えた。それが資源だ懲罰だで殺し合うのは正しくない』


 彼女の視線が空へ戻る。なおも雷が迸り、土煙が舞い上がり、振動が伝い、悲鳴が聞こえる。


『そして。この状況を黙って見過ごすのはもっと正しくない。私はそう思う』


 一瞬、メロのハシゴを握る手に力が籠ったかと思うと、



『それが「“私の”正しい」だ』



 一気にマンホールから飛び出した。

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