77.宇宙人とアキバ

「こんにちは〜」

「生きてるか」

『地球は食事がウマイからな。いつにも増して生き生きしているぞ』


 タバコ屋を出て博士ハウスに住みはじめたメロ。こっちの方が商店街よりは潜伏しやすいか。

 今はもうお下がりの変Tじゃなくて、普通のシャツとワイドパンツ。


「地球より発展してるクセにメシマズなのか」

『特に私の出身地域では、保存食以外は基本生だからな。料理という概念がほぼない。サラダ刺身ユッケだ。地球は炭水化物や野菜料理がウマイ』

「たしかに生麦生米はキツいわなぁ」


 最近メロ’sブームらしいバゲットのBLTサンドを見つめるイチコ。結局野菜は生じゃないか。

 でも生野菜はともかく食べ物の話とか。そういう抜けた話題を振っては、気を紛らわせようとしてくれている。

 もしくは、そのうち自分にも別れが来るのを直視しないようにしているのか。


『まぁそういうワケで。落ち込んだりもしたけれど、ダーリンのママに浮気チクるくらいには元気です』

「意味分からん」


 とにかく元気そうならいい。おねえさんに頼まれた手前、野垂れ死にさせるワケにゃいかないからな。まぁ病気されたら何もできないけど。

 飢えてたらこっそり食べ物持ってくるくらい? 橋の下で捨て猫飼ってるみたいだ。


「まぁ元気ならいいよ。また来る。オレになんかできることあるなら、遠慮するなよ」

「アタシもおるで! 麻婆無料!」

『ほー、そうかね。なら早速だが、このあと暇か?』

「え? 暇だけど?」

「暇やなくても暇ってことにするけど」


 メロはBLTサンドの残りを口に詰め込む。バゲットでムチャすると喉詰めるぞ。

 調子の悪い翻訳機が飲み込む音で奇妙に唸る。その次に出たのはちゃんとした言葉。


『ならちょっと、買い物に付き合え』






 まさかの電車に乗って移動。気付けば僕らは秋葉原まで連れ出されていた。


「すごぉい! 人並みにアニメも好きやけど、来るんは初めてやぁ!」

「急にこんなところ来て、いったいどうしたんだよ」

『電化製品を物色したいんだよ』


 メロはパーカーとカーゴパンツに着替えている。さすがに部屋着で遠出しないのは宇宙人も一緒らしい。

 ただ、その格好でマントをスカーフみたいに首へ巻くのはな。ファッションの世界観がアンバランス。


「そりゃまたどうして」

『んん、あー、んん。翻訳機の調子が悪すぎる。このまま音が低くなると「流れる季節にハバトケントだけ足りない」になってしまう』

「ハスキーなんやね」

「分かる例えをしてくれ」

『とにかく修理に使えそうなものを探す。そのための一大電気街だ』

「今はもうコンカフェジャングルだけどな」


 宇宙人リサーチはイマイチ情報が古い。ついていけるイチコは何者なんだよ。


「にしても、精密機械なんてどれも結構な値段するぞ? 金あるのか?」

『それならソラコが結構な額を置いていっている。さすがブラックカード持ちだな。迎えにくる気ないレベルだぞ』

「そういえば、よく国連だかに追われてカード凍結されなかったよな」

『そうだな、おそらく』


 メロはショーウィンドウのドデカいテレビに釘付け。絶対翻訳機の素材としてじゃなくて高画質に惹かれている。


「翻訳機が4Kになってどうするんだ」

『UFOのモニターに使えるかもしれないし』

「オマエあんなモンまで直す気なのか? 直せるのか?」

『UFOは冗談だが、いくつかの装備は修復したい。ヤツらの逃亡生活に付き合うなら武器がいる。ボロボロの防弾布一枚では生き残れない。生き残れないのはいいが、足を引っ張るのはよくない』

「あああ、たしかに」


 博士よりは大丈夫だと思うけどな。


「で、おそらくなんなん? カード凍結されへんのは」


 イチコはそっちの方が気になるらしい。もしくは別れの話を切り上げたいのか。


『あぁ、そうだな。なに、カードの履歴を見れる方が居場所を探りやすいだろうとな。連中の目的は彼女を連れ戻すことであって、兵糧攻めじゃないからな』

「なるほど」

『その金が私の食事や軍備増強に流れている。これはもうエスパークの経済的勝利では?』

「虚しくならないの?」

『むなしいでしゅ……』






 なんだかんだ言いつつ、たくさんの電化製品がメロの手に渡った。これが武器に変わるかもしれないと思うと、立派な軍事費横流しだ。荷物運びを手伝わされている僕らも裏切り者か?

 でもお金は日本経済内で循環しているので、経済戦争では問題ないものとする。


『いやぁ、付き合ってくれて感謝感謝だ。お礼にサーティーワン三段までなら奢るぞ? ソラコの金で』

「なんてカッコ悪いヤツなんだ」

『私はカワイイ系だからな。カッコいい必要などない。シックスパックのジャンガリアンハムスターなど』

「例えが酷すぎる」

「ゴールデンおハムやったらええの?」

『ケーブル噛まずに引きちぎるぞ』

「ペットに不適格すぎる」


 しょうもないことを話していると、「寒いネタだぞ」とブーイングかのように風が。


『おぉ寒い。秋とは言うが、もう冬の世界だな。温かい缶コーヒーでも買うか』

「アタシ、ココアがええ」

『よしよし。ハバトケントはおでん缶か?』

「またマニアックなものを」


 目の前に出てきた自販機には、そもそもマニアックな商品はなかった。カフェオレにしてもらって一休み。


『他人の金で割高な自販機のドリンク買うの気持ちえぇ〜!』

「オマエ、すっかりエスパーク人の誇りとか失ったよな」

『何を言う。誇りがあるからこうやって経済戦争を』

「はいはい」


 ああ言えばこう言う。ある意味舌戦では負けないかもしれない。

 相手してたら際限ないので視線を外す。なんとなく空に向けると、イチコも同じようにした。


「もう冬っぽいけど、秋晴れやねぇ」

「うん」

『アキバの秋晴れか?』

「黙ってコーヒー飲め」

『苦いんだもん』


 なんなのこのアホは。それに比べてイチコは


「この天気が夜まで続いたら、流星群見れそうやねぇ」


 ロマンティック風味。温度差で風邪引きそう。

 と、神さまってのは嫌がらせが趣味らしい。そのセリフを聞くやいなや、


「あれ? なんか曇ってきた?」


 急に日差しが暗くなった。

 ただ、


「曇っては、なくないか? たしかに暗いけど雲なんか出てないし。ていうか」



 黒い。青空そのものが黒ずんでいる。

 いや、アレは何かの影が?



 少しずつ天気を理解しはじめたその時。



「な、なんだアレ!?」

「映画の撮影かなんかか!?」

「キャーッ!!」



 阿鼻叫喚の電気街。

 それもそのはず。轟音で空気を振動させ、青空を割って



「ケンちゃん!!」

「な、なんだ!? あの、あれ、鉄の塊!?」


 巨大で細長い、なんかアニメで見たことあるような感じの、なんだ!?


『なんだと? どういうことだ?』


 僕の横でメロも震えている。

 でも僕らみたいな未知と脳のパンクで起きる混乱じゃない。

 目の前のものを理解したからこその困惑、『どうして?』。


 別に説明してくれてるワケじゃないんだろうけど、彼女はポツリと呟いた。



『アレは、エスパーク地球侵攻艦隊旗艦、ソーレシー……』

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