74.終わりと始まり
研究所では荷物に紛れて。軍港では沖縄行き物資輸送係のフリをして。沖縄に着いたらスタコラサッサで。
なんとか第一段階はクリアした。軍には顔を知っているファンが多いナカソラコも、ようやく隠れんぼから解放された。
現在我々は空いているのをいいことに、沖縄にある研究所の保養施設に潜伏している。
「もちろんすぐに引っ越す必要はあるが、当座はここで凌げるだろう。地下にいろいろ設備があるから調整も可能だ」
と言いつつ当の地下室で当の設備に、調整するための調整を施しているところ。
保養施設にそんなのがある時点でバカンスさせる気がないな、この会社(?)。まぁ意外と好評な仕様なのだが。
我々は研究者。休暇であろうと何か思い付けばすぐ試したい、呪われた生き物。
と前向きにしたり自分を茶化したりでオレは気分を保たせている。
が、部屋の入り口で壁にもたれる彼女は、そうもいかないらしい。
「ねぇオオドリイ」
「何かね」
「私がいなくなって、人類は大丈夫なのかな?」
たしかに魔界侵攻はいいとしても、エスパークとの戦争が終わっていない。ここでナカソラコなる人類の切り札を欠くというのは大きな意味を持つ。
決別したようで、投げ出したようで。結局は気にしているようだ。彼女が何者であろうと、その優しさと若さは失くさないでほしい。
「気にするな。君が魔界へ行っているあいだに、エスパークは組織的戦闘力を失った。もうゲリラしかいない。残りもこれからもロールアウトされる『妹』たちがうまくやるさ。そもそも君がいないと勝てないのであれば、魔界へ派遣などしない」
「そっか」
少しは気を取り戻したらしい。声色が変わった。
「それより今後の予定を練ろうじゃないか。ロラの綿密な計画を我々の脳死で崩壊させたら、二度とフランスパンが食えん」
「元から食べてなさそう」
ツッコむ元気があるなら前向きな計画が出るだろう。一旦調整を止めてテーブルに。
「まず、とにかくここを引き払いたい。いつ研究所の人間が来るかも分からないし、米軍基地も近いからな。一刻も早くだ」
「行き先決めないとだね」
「そういうことだ。そうだな、小樽に帰りたいか?」
「ダメだね。お互いの故郷は真っ先に手が回る」
ナカソラコも向かいに座る。
「では日本自体を出るべきか。国単位で故郷だ」
テーブルには何も書かれていないが、心の目で世界地図を浮かばせる。人差し指を適当に置いて沖縄。そこから大体の位置関係でヨーロッパあたりへ高跳び。
「ノー。あんまり国外線の空港とかウロチョロするのも見つかりやすい。ここは国内で」
彼女の人差し指がオレの沖縄あたりに。そこから少しだけ横にズレる。
「東京にしよう。首都なら日本政府も、国連軍がズカズカ乗り込んでくるのを簡単には許可しない。できるほど全ての組織が一枚岩じゃない」
「なるほど?」
逆に日本の首都なんて各国のスパイ入りまくりな気もするが、博打だな。だが彼女からすれば、政治的ガードの方が重要なのだろう。多少殴りに来るヤツがいる程度なら、ゲームのデイリーミッションみたいなものだ。
これでとりあえずの方針が決まった。重要なのは次だ。
「では東京に行こうと思うのだが。そこで一つ頼みたいことがある」
「何かな?」
「東京での潜伏先、一人で探しに行ってもらいたい」
「はぁ」
平坦なリアクション。割と予想していたというか、まぁそうだろうなと思い至るような。
だが一応、説明責任があるだろう。
「ロラが猶予をくれたが、時期にオレの脱走もバレる。つまりオレの顔もお尋ね者として周知されるワケだ」
「よくいる顔だけどね」
「茶化すな。そうなると問題は『追手にバレた時、オレは君ほど逃げられない』ということだ。最悪物理でどうにかできる君と違ってな」
「はぁはぁはぁなるほど。引き籠もっていたい、と」
「そういうことだ。どこの誰が潜伏しているかも分からん東京、なんならこの沖縄でも。オレは人目につくワケにはいかないのだ」
ナカソラコは大きく頷く。納得以上に『思ったとおりだ』という顔。
「でしょうね。分かった。東京には一人で行って物件探すよ」
「情けないことですまん」
「気にすんな。常に情けないんだから」
「ヒドい。まぁそれも常のことか。必要な書類は偽造するから、それができたら早速頼む」
「うーん」
返ってきた返事は、こちらの話とは何か違うことを考えているような声。顔も少しアゴを上げて、こちらとは違う方に視線をやっている。
「そうかぁ。その顔じゃ出歩けないのか」
「そうだが」
「でもさぁ。私がいないあいだ、ずっと家に籠ってるつもり?」
視線がこちらに戻される。なんだろう、嫌な予感がする。
「何日かかるか分からないけどさ。食料とか買いに行かないといけなくなるじゃん? 全部宅配?」
「いや、まぁ、そうするしかないか」
「それだけじゃなくてさ。何かあっても一緒だったら助けてあげられる。でも今後の逃亡生活、私が常に一緒にはいられない。やっぱりアンタ、自分で身を守れるか絶対にバレないかができないとダメだわ」
「理想はそうだが……」
詰まったような返事に、彼女は目を閉じ満足そうに頷く。
二回目ののち開かれた目は、明らかに悪い企みを孕んでいた。
「じゃあ、変えちゃうか。顔」
「は?」
理解が及ぶまえにテーブルへ乗り出すナカソラコ。怖い怖い怖い。勢いが怖い。
「大丈夫大丈夫。ただの整形手術だから」
「そういうことじゃない!」
「せっかくだからおじいちゃんにするか。そしたら誰もオオドリイだとは思わないでしょ」
「話を聞け!」
「安心しなよ。ブラック・ジャックは全巻読んだ」
「それは不安材料だ!」
「はーいちょっと催眠電波出ますよー」
「うぅ……もうお婿に行けない……」
「名前も変えなきゃだから、うん。今日からオマエはヒョウブエイタだ!」
「誰だよ」
「ヒョウブが空手部の顧問でエイタが担任」
「もう少しオレが覚えやすい由来にしてくれ」
「じゃ、東京行ってくるぅ〜! 書類はでき次第データで送って〜!」
「これが、ワシらの、いや。オレたちの隠していた全てだ」
「そのあと東京で物件見つけて、沖縄への帰り。その飛行機で男の子と出会ったんだよ」
僕もイチコも、何も言葉が出てこなかった。
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