68.マヒ
生温かい液体がかかったのに、斜め後ろがぽっかり空いたように涼しく感じる。
私とブランシュはほぼ同じ身長。その意味も分かる。感情は、いろいろ巡らす暇がない。
「スナイパー! くっそぉ!!」
当ててきやがった。いい腕だ。これは仕留めておいた方がいい。後ろを取られたくない手合いだ。
かといって屋内に踏み込んでる場合でもない。
「ルチーア! 先行する!」
「お気を付けて!」
全速力で駆け込んで、城門と同様フルパワーで壁を蹴飛ばす。建物ごと瓦礫の山にしてやる。
ただ、悪魔がこの程度で死ぬとも思えない。ここは確実を取る。ブランシュの仇でもあるし。
崩れた石造りの隙間から伸びる手。これはラッキー、探す手間が省けた。
「オマエかっ!」
その手をつかんで一気に引っこ抜くと、
出てきたのは頭から血を流す、まだどう見ても子どもの悪魔だった。
「えっ」
ケガした子ども。怯えた子ども。
コイツがブランシュを?
それとも、
ただその家の中で震えていた、巻き込まれた子ども?
「ねえさん!」
大声で我に返ると、案の定生きていたスナイパーだろう悪魔が、私に向かって指先を向けている。
でも別の弾丸の方が一瞬早かった。背後から私の横を通り抜けた特殊弾頭が、相手の体を散々に引きちぎる。
「ねえさん無事っすか!」
ルチーアの必死な声が響く。そうだ、みんな命懸けで戦ってるのに。私だけぼんやりしてるワケには。
「ありがとう。助かった」
頭では分かっているけど、やっぱりぼんやりしてたんだろう。ルチーアの方を振り返ると、彼女は青ざめた顔をしていた。
「ねえさん! まだだ!」
「えっ」
もう一回振り返ると
『よくもお父さんを!』
さっきの子ども悪魔が、鋭い歯を剥いて喉元へ。私も尻もち気味に、反射的に動いて
「あ」
次の瞬間には、その子の後頭部から銃剣が生えていた。
「あ、え、あぁ」
ブランシュの最後はあんな冷静に悟ったのに。
目の前で崩れ落ちる悪魔の子ども、その意味はまったく頭が追いつかなかった。
や、むしろ。今思えば一周まわったのか。
「あ、あ、ああああああああああああ!!」
そこまで語り終えた時には、ナカソラコは俺の胸に取り縋っていた。顔は見えない。決して見せないだろう。
ただ、震えと熱い湿度だけが伝えてくる。
「勝手、だよね。分かってたんだよ。全滅戦争だからいつかはこうなるって。見てきてたんだよ? 今までだってたくさんの敵を殺してきたんだからさ。目を見開いて死んだエスパークの男。ちぎれて数メートル先で転がってる手がロケット握ってるんだ。本人の口と一緒で半開きでさ。奥さんや子どもの写真が入ってんの。そんなのいくらでも見てきたよ。私たちのなかにも、そうやって死んでいった軍人さんは山ほどいた。『妹』たちのなかにも。もうずっと会ってない両親や恋人の写真。シワが入ってまた伸びるまで撫でてる子なんて、いくらでもいた。ずっと見てきたんだよ。ずっと。ずっと。掃いて捨てるほどさ」
少しずつ崩れ落ちていく少女。オレのシャツをつかんだまま膝が折れていくから、生地が虚しく裂ける。それが彼女の慟哭の深さと、人間らしさを失っていた象徴だろう。
「でもそんなの、途中から何も思わなくなった! 戦うことでいくつ命や家庭が失われていっても! いくつ命や家庭を奪っていっても! 戦争だから! 戦争だから! 戦争だから!! 私は慣れていった! 本当に掃いて捨てられるようになった! それを『現実を受け入れられるようになった』とか、『オトナになった』とか! 成長みたいに前向きに思ったりすらした! マヒしてたんだ! マヒしてたんだ!! 完全にマヒして、芯から先までバカになってたんだ!! それが!」
やがてシャツを握る力も抜け、手のひらがペタリと床に伏せる。そこには一転、戦士でもシャツを引き裂く怪物でもない、ただの一人の少女がいた。
非力で、脆くて、愚かで、素直で。ただただ年相応の少女が。
「ひどいよね? 勝手だよね? それが自分の手で直接、子ども一人殺したからって。急に耐えられない罪を、汚れを、苦しさを感じるってさ。急にショックがっちゃってさ。今まで死なせてきた命は? 守れなかった思いは? 奪ってきた幸せは? それはなんだったの? みんな平気で土と血と混ぜこぜにしてきたクセに? 子どもは違うの? それだけで『もうできない』って言うの? 子どもの時だけ辛いって言うの? なんでなの? 命に優劣があるの? 他のは踏みにじって問題なかったって言うの? 私は」
「もういい!」
視線を彼女と同じ高さにしたのは、慰めるためかオレも崩れ落ちたのか。それももういい。
「もういいんだ。君に罪があったとしても、君は悪くない。その罪を悪として背負える者なんて、聖書の中にしかいない。そして神は罪を背負わない。神が人に押し付ける
戦争の罪。それを背負わなければならない兵士がいるだろうか。
それを背負える少女がいるだろうか。
教師になりたかったのに。子どもたちを教え導き、守り育むことを選んだのに。
その手を血で汚すことを強制され。何度も押し付けられ。
それでも『大切な人を、子どもを守るため』と思えばこそ耐えてきたものを。そう思えばこそ砕けそうな心から、あとひと握りだけ夢を手放さないでいられたものを。
それを一番踏みにじる形で奪い取られるほど、残酷なことがあるだろうか。
ただただ降って湧いた悪逆になぶられ続けた少女を、誰が責めることなどできようか。
だが、神などという畜生は、まだ彼女をいたぶり足りなかったようだ。
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