69.繋いだ、繋がれなかった、

 そのあと、もう戦えないと思った。でも、私が銃剣を引っこ抜けないでいるうちに、仲間が一人二人殺された。

 だからいっぱい殺した。目に映る敵はとにかく殺した。目の前からいなくなるまでとにかく殺した。

 知らないうちに子どもの死体が増えた。人間界だと消滅するクセに、魔界じゃ人間みたいに残るらしい。






「う、あ、あ、あ! あぁっ!!」



 当初の目的地だった指揮所に乗り込み、柱をもぎ取って振り回した時。

 連中は建物を自爆させ、残存兵力を率いて西門から逃げ出した。

 それがフェーゲライン失陥の宣言だった。






「ふう」


 崩落した瓦礫の山から顔を出すと、辺りは廃墟と死体と焼け跡と死体。動くものは遠ざかる敵と煙。

 たしか指揮所に踏み込んだ時、こちら側の戦力は私含めて三名を残すばかりだったか。それすら途中でバラけたから、あとはどうなったか知らないけど。


「ルチーア! ベヴィ! 誰か生きてるー?」


 とりあえず瓦礫の頂点に腰を下ろして、失われたものしかない荒涼の世界を見回す。

 ポツポツと、ここに向かって前のめりに倒れた少女たちが見える。


「なんだったんだろうな」


 いろいろありすぎてパンクしたあとなのか。びっくりするほど抑揚がない自分を吐き出していると、



「ねえさ〜ん……」



「!」


 近くの瓦礫の下から聞き馴染んだ声が。

 急いで三つ四つ瓦礫を拾っては投げると、



「生きてたか」

「ずっとシャンゼリゼのこと考えてました」



 ルチーアが、雪に尻餅ついて埋まったみたいな体勢で発掘された。左から鼻血が出てるけど、見たところ大怪我まではしてない。


「なんでシャンゼリゼなんだよ」

「いや、シチリア故郷だったら死にそうな気がしたんで」

「そうか、だからブランシュは死んだのか」

「っすかねぇ」


 穴から出てきて埃を払い、辺りを見回すルチーア。


「あちゃー」

「ベヴィが埋まったままなら、もう私ら二人だけになっちゃったよ」

「私が残っただけ、みんな『思ったよりうまくいったな』って思ってますよ」

「なんだオマエ。仲間が死んでるのにエラくドライじゃないの。目ぇ死んでんぞ」

「それ『ブーメランだぞ』って言ってほしくて言ってるでしょ」

「ちぇっ」


 もう一度瓦礫に腰を下ろした私に、彼女はニヤリと微笑んだ。


「それに私ら、クヨクヨしてる余裕ない限界集団なんで。前向きに目標達成するしかないっす」

「ほーう、ご立派」


 ルチーアはドヤ顔で、自分が埋まっていた辺りを掘り起こしはじめる。


「何? ベヴィ?」

「すんません。そこまでいいモンじゃないっす」


 ついに引っ張り出されたのは


「でも、これならアイツも許してくれる」

「なんじゃこりゃ?」


 高級そうな革の大型ソファー。結構なご身分の士官ドノ用にあつらえたヤツか。

 ただ、よく見たら横側にバゲットみたいな切れ目が入ってる。


「建物崩れだした時に、ここに突っ込んで保護しといたんすよ。綿で守ってもらえるし。お、よしよし、ちゃんと生きてる」


 そのまま切れ目からソファーをメリメリ真っ二つにするルチーア。あーもったいねー。

 しかし、そこにいたのは



「コイツ、医者っす。今は気絶させてますけどバッチシ生きてます。これでせめて、残ってる子たちは助かるはずです」



 高級家具なんかより、よっぽど価値があるもの。


「うぅ〜! でかしたっ!!」

「ワァオ! ねえさん!」


 思わず飛びついてしまったよね。思いっきり抱き締めて頭を撫でると、向こうも抱き締め返して背中をさすってくる。


「いや〜困ったな〜ねえさ〜ん。ご褒美は帰ってからベッドでゆっくり♡」

「オマエら山盛りDNAセイヘキ入ってるからって、ちょっと見境いなさすぎなんだよ」


 そういう話はさておき、ここからはマジメなターン。少し離れて真剣なトーン。


「ありがとう。おかげで7人全員、報われると思う」

「はい」


 こうなったら善は急げ。少しでも早く連れ帰った方がいい。

 私たちはすぐさまフェーゲラインから引き上げた。


「ごめんね。あとでちゃんと埋葬するから、ちょっとだけ待ってて」


 誰よりも立派だった少女たちを残して。






 拠点に戻るとまず、悪魔を拘束してから起こす。といっても、コイツらは怪力だし魔法も使えるし口や指先からビーム出したりするし。


「ルチーア。私は少尉に報告してくるから、先に診察始めといて。油断するなよ?」

「分かってますって」

「その返事がもう油断してんだよなぁ」


 そうは言うけど、この医者悪魔を捕獲しておけるくらいには彼女も抜け目ない。

 割と安心して少尉がいる家へ向かった。






 なんならむしろ、こっちの方が心配。ドアを開けたら「間に合わなかった」。そんなこと、いくらでもあり得る。

 空手の試合に、なんなら戦闘に入るより緊張しながらドアを開ける。


「Second lie少尉utenant?」


 もちろん出歩けるほど回復してるワケはなくて。少尉はベッドで横たわっている。

 けど返事はない。


「Second lieutenant」


 もしかして? と思って歩み寄ると、彼は静かに寝息を立てていた。


「あ、なぁんだ」


 睡眠時無呼吸症候群じゃなくて本当に助かった。勘違いするところだった。


 けど。

 さて、困ったぞ? 報告はしたいが、スヤスヤ寝てる人を起こしたくもないな? どうしようかな? 特にこんな、平安そうな寝息と寝顔をしてるヤツはな?


 とりあえずベッドの横の椅子に腰を下ろす。両膝に両肘ついて、両手にアゴ乗せて顔を覗き込んでいると、



「フザけんな!? こっの野郎っ!!」



「!?」


 不意に外から怒号が。

 今のはルチーアの声!?


 まさか悪魔医師の反撃にでも遭ったんだろうか。声がするってことはやられてないんだろうけど、心配なのに変わりはない。

 急いで家を飛び出した。






「ルチーア! 大丈夫!? 何があった!?」


 みんなが寝ている大きめの建物。中ではなくその玄関先に彼女はいた。


「ルチーア!」


 二度呼びかけても返事をしない。でも立ってるから無事ではあるはず。

 彼女の背後。木製のドアが粉砕されているから、やっぱり何かはあったらしい。よく見たら彼女自身も血まみれになっている。


「大丈夫!? 負傷したの!?」


 再三の呼びかけで、やっとルチーアはこっちを向いた。

 そのせいか、今頃彼女がことに気づいて。なんとなくそっちに気が行った。



 そこで初めて、そこにあるものを見た。



 いや、最初からぼんやり『何かある』と視界に入ってはいたんだ。

 でもそれが何かなのを、今はっきりと認識した。



「ねえさん……」


 ルチーアが力ない声を溢す。


「どうして……」


 私も間の抜けた返事が漏れる。


「だってコイツが、嘘言うんですもん……」


 彼女が指差す先。コイツ。

 そこには、手で叩き潰した蚊みたいになってしまった、悪魔医師。


「こんな病気ない、って。とにかく魔界のヤツが罹るモンじゃない、って」



 ポツポツ溢れる言葉と同じように、ルチーアの目から涙が一粒。



「だから、治し方なんか、ない、って……」






 その日の夜半、少尉は息を引き取った。

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