67.身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

「エッタもせめて、人間の世界で死にたかったろうに」


 魔界の地に仲間を埋めたのは彼女で26人目。そのほとんどが熱病と、体調不良からなる傷の悪化や戦死。

 アイリーンはとっくに2日目で死んだ。キャミーとユンファは情報を得るべくもない。


「少尉に報告してくる」

「アイサー」


 みんなの返事に元気がない。意気消沈か、すでに病魔に侵されているのか。

 前者であってくれ。でないと、前者である自分をうまく受け止められない。






Etta is goneエッタが死んだよ

「Oh……, 『go to『よりよい betterところへ place行った』か』」


 そりゃここよりはね。皮肉な慣用表現だよ。

 そんなことを呟く少尉も、時期に『join the great偉大なる多数に majority列せられる』。少しのあいだに、見る影もなく痩せ細っている。


「Reinforce増援はments……」

「No」


 そんなものは来ない。だってみんな、ここまでたどり着くまえに同じ目に逢うから。


「ごめんね。あなたを助けてあげられない」

「What’s……?」


 私が何も言えないでいると、少尉はそれ以上聞き返さずに弱く優しく笑った。






「ソフィー」

「ねえさん」


 少尉の病室に充てがった家を出ると、ブランシュとルチーアが待っていた。数少ないまだ健康なメンバー。


「どうしたの」

「あれからいろいろ考えたけど、やっぱり人間界の病気に該当する症状ではないわ」

「となると、魔界独自、か」


 内科の研修医までやってたブランシュが言うなら、信憑性は高い。


「で、ですよ。ねえさん」


 逆に二つ下のルチーアが通りの向こうを指差す。私たちが進軍してきたのとは反対、つまり本来なら進むべき方向。目と鼻の先にフェーゲライン。


「だとしたら、魔界の連中は何か知ってるはずなんすよ。正体なり治療法なり」

「あとは薬なんかも持ってるかもしれないわ」


 話が読めてきた。ルチーアの指の意味も分かってくる。


「つまり。手早くフェーゲラインを攻略して、医者なり医療物資なりを手に入れる、って?」

「っす」


 二人とも大きく頷く。


「ソフィー。もう小隊は半分しか残っていないわ。最悪あなた一人でも攻略自体はできるのかもしれない。でも、今は一秒でも速くないといけないわ」

「その半分だって、何人戦力んなるか分からないんす。今がラストチャンスっすよ」


 たしかに二人の言うとおりかもしれない。ただ時間が過ぎるだけで悪化していく状況。しかも今のペースで滅んでいく保証すらない。

 今までにない要塞都市のフェーゲライン。住人たちが集まるように、おそらく兵力も集中されているだろう重要拠点。

 反攻される可能性も考えれば、少しでも兵力があるうちに排除しておかなければならない。あとになればなるだけマズい。


「やるか」

「やりましょう」

「やらいでか」



 少尉に確認を取ると、帰ってきた返事は


「As you任せる like……」


 だけだった。






「ねえさん」


 少尉が寝込んでいる家を出ると、ルチーアとブランシュ以下8名が集まっていた。


「戦闘に耐えうる体調の者はこれで全部よ」


 ブランシュの眉がしかめられる。これでも万全ではない、義侠心で参加したメンバーが含まれてるんだろう。

 でも、


「やるぞ」

「はい!」

「向こうは要塞とそれに見合うだろう守備部隊。こちらは痩身病躯そうしんびょうく寡兵かへい。集団戦、勝てるメソッドはどこにもない」

「Yes, my sister!」


 普段は私に合わせて日本語なのに、今は英語で答える『おねえさん』たち。国連軍としての誇りを思い出すためだろう。それを、それのみをもって、自分を奮い立たせるためだろう。


「だったら方法論の外でやるだけだ! 死なないことだけ考えろ! 当たるを幸い、メチャクチャやってやれ!!」

「Yes, my older sister!!」


 彼女たちの昂りを示すように音を立てる、弾薬の乏しいアサルトライフル。まさかお守り以上の意味を持つことになるとは思わなかった銃剣。

 光を跳ね返すpikesはまるで『The rising of the moon』。

 あぁ、誇り高き90引いて8人に、終わらない鐘の音を。



「やるぞ!!」

「Yes, Your Majesty!!」



 おいおい。女王陛下はアイルランドの敵側じゃないのさ。まぁたしかに、私たちは侵略者側だけどさ。

 ていうかそもそも遺伝子混ざりすぎて、KingQueenも分かりゃしないな。






『あっ、アレは!』

『敵襲ーっ! 人間どもが来たぞ! 例の同胞を食った改造兵器どもだ!!』


 今までとは違う重厚な城壁。そんな高さがいるのかというような鉄の城門。その向こうから焦る声がする。外周の一方角でも、結構な人数がいるみたいだ。

 そうテンパるなよ。私たちの方があとがないんだから。


『近付けるな!』

『速いぞ!』


「ここで食われてちゃ話にならない! 城門蹴破るまでは、心臓裂けても死ぬ気で走れ!!」

「オマエら聞いたかー!!」

「この際シャンゼリゼに帰るまで止まらないわよーっ!!」

「「「「「「おーっ!!」」」」」」


 こちらの気炎には実物で対抗するかのように。火の塊やらよく分からない閃光やらが次々飛んでくる。

 普段なら気にもならないけど、弱った仲間に今までとレベルが違う弾幕。何人残るかは、運と把握できない個々人の体調次第。


「ソフィー!」


 真後ろからブランシュの声がする。まだ死んでないらしい。先頭だから誰が残って何人死んだか把握ができない。


「城門に着いても止まらずに行きましょう!」

「この状態じゃ、一息ついてるあいだに防衛戦構築される方がキツいっす!」


 ルチーアの声もする。二人の意見は一理ある。けど、


「それで保たない子は?」

「みんな分かってついてきてる」

「……そう」


 だったらもう、迷った分だけこの子たちの死に際に悔いを残す。

 むしろ加速するくらいの勢いをつけて、盛大に鉄の扉を蹴り破る。


「止まるなよ!? 止まると城壁の連中に背中から撃たれるぞ!」


 まずは内側の敵、いや、目の前の敵に集中。数は大都市だけあってたくさん……や、数えるより減らした方がいい。


「今までの殲滅戦式はとるな! 視界の敵全員を追って潰してる体力はない! 目の前のヤツだけ倒して、とにかく足を止めずに走り続けろ!」


 撃つ、刺す、殴る。なんでもいい。なんなら仕留めきってなくてもいい。とにかく手早く反射で処理して、追い払えればいい。今回はいつもの絶滅戦争と違って、医者の一人もかっぱらえればいい。あとは適当に戦力削いで前線下げさせて、当座の反攻を遅らせれば万々歳。

 といっても。


『落ち着け! 向こうは少人数だ!』

『いつもより動きにキレがない! なんとかなるぞ!」

『囲め囲め!』

『囲んで潰せ!』


 いつもよりゴールが近くても、はっきりしてないと走れない。手っ取り早くコイツらを撤退させるには。

 街の中心の小高い丘。そこに一際大きい建物がある。


「おそらくアレが指揮所だ! 失陥させるぞ! 医者も大体あの辺りだろう! フラフラ道を外れるなよ!? 走れ!」


 目標を定めたところで、

 十数メートル先の民家の二階。窓から鋭い閃光が迸った。

 それはあっという間に私の顔の横をすり抜ける。



「ブランシュ!!」



 ルチーアの声が響く。

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