62.デビルマン軍団
「さて、思い出してくれたかな?」
「まぁね。記憶力はいいんで」
時ところ変わって、CVHAに帰還してからさらに2時間後。研究所の廊下。
帰りのヘリコプターとここまでの歩きで、あらかた説明が終わったところ。
「で、何が言いたいんかな?」
今もなお歩いているので振り向くことはできない。背中で返事をすることになる。
「うむ。この話のミソは、『全ての細胞が一つの細胞に集約された』ことになる」
「はぁ」
「つまり、だ。今まで起きていた『細胞を体が受け付けない』問題。これは『多くの偉人の遺伝子情報のせいで、大体何かが適合しない』『人体は悪魔の細胞と適合しない』ことによって拒絶反応を引き起こしていた」
「南無」
質問はするが、マジメに聞いているのやら。
「だがこれが『たった一人の、人間の細胞』になったということはだ」
「あー、なんか大体察しついた」
「まぁ残念ながらデチューンはされているがな。その調整に少しかかった」
「デチューン?」
後ろを歩いていたナカソラコが、わざわざ隣まで出てくる。予想外のワードでさすがにちょっと気になったらしい。
「ああ。ザガンの反転の話をしたな」
「聞いたな」
「アレはどうやら悪魔の契約と同義、君の細胞ではなく体の持ち主に対して行われるようでな。細胞自体は今までと違い、君一人に対して拒絶反応を示さなければ移植可能。しかしその後、ザガンの力で反転してしまう」
「分かりやすく言いな。いくら私にマリ・キュリーの頭脳があるとしても」
「急かすな。つまり『共存が受容になった』君の逆、『受容が共存』になってしまうのだ」
「アンタらが目指してたヤツじゃん。おめでと」
「そうもいかん」
「My birdie〜」
ロリアーヌ襲来。歩調がズレたナカソラコ、視界からロスト。
「無事か?」
「大丈夫、続けて」
圧迫されているような声の出方。絡み付かれているようだ。
「逆に体が一からその細胞で構成されつつある君と違って、普通の体に武器を装備しているだけの存在になる」
「はいはい。チェンソーマンとコブラ」
「するとな。何度か試作実験をしているうちに問題が露呈した。悪魔の力や腕力を継続的に使用するには、人間の体では脆すぎるのだ。筋肉や骨が耐えられない。また例えてみるなら
「おい、以前の私」
「空手で鍛えられていてよかったな。ザガンとすぐ巡り会えたことも幸運だった」
「そうじゃなきゃ私、すぐに使い潰されてたんか!?」
「なぁに。少し働いたら長い
「テメェコラ!」
「もちろんそれは我々としても勘弁してもらいたい。非効率極まりないからな」
「ブラック企業め」
目的の部屋に着いた。足を止めると、視界の端にナカソラコが復帰する。ロラもまだいた。
「というわけで悪魔の要素をある程度薄めて。人体が耐えられる範囲までのデチューンで本採用となったワケだ」
部屋のスライドドアを開ける。別になんの研究室でも倉庫でもない。
ただのベッドがある部屋。
「紹介しよう。君の後輩だ」
「おぅ」
今は眠っている大体同い年くらいの少女の姿に、彼女は声にならない呟きを漏らした。
「寝てますけど? 体調悪いのかな?」
「タイミングの問題だろう。端末に送られるメディカルデータに問題はない。ナカソラコ細胞の影響は認められない」
「ナカソラコ細胞ぅ?」
『そんなところに興味を持たれても困る』ばかりな少女だよ、まったく。だからいつも話が長くなる。レポートも一話の字数もかさむ。
きっと聞いているケント少年も、早く話を進めろと思っていることだろう。
「君の生み出した細胞だ。君の名を冠するくらい」
「『おねえさん』細胞にしよう」
「……なんだ、そのネーミングセンス」
「だって『おねえさん』だから。男に移植する時は『おにいさん』でもいいぞ? どうせいろいろ混ざって男も女もないんだから」
「そういう問題か」
「とにかくアレでしょ〜? 『後輩だからかわいがってやれ』ってんでしょ〜? また犠牲者増やしやがって」
腰に手を当て、曖昧な苦笑いを浮かべるナカソラコ。少なくとも言葉ほど嫌悪感を示してはいない。
後輩ができるのもまんざらではない、とかではないだろう。
彼女もこの一ヶ月で、骨身に沁みたのだ。
いかにこの戦いが重要であるか。
いかに人類が崖っぷちで、現有戦力では手一杯であるか。
いかに自身のような存在が必要であるか。
いかにその数が足りていないか。
実際に強敵と戦い、被害を目にし、ただ一人休みなく駆けずりまわり。
だからこの措置に文句が浮かぶほど、彼女も純ではなくなったのだ。
「まぁそういうことだ。彼女、アロマ・ヴィレッジを実戦投入し、データ次第で本タイプを正式採用。そうなれば彼女だけでなく、後輩はどんどん増える。しっかり面倒見てやれよ。『おねえさん』なのだから」
「あんまり酷使してイジメんなよな?」
結論から言って、この計画は大成功だった。
人類の最高値の結晶に加えて複数の悪魔のエッセンス。今まで人類が劣っていた悪魔の身体能力、エスパーク人の科学技術。それらを単純な脳筋戦法で凌駕するのに、じゅうぶんなスペックを持っていたのだ。
もちろん性能がデチューンであること。オリジナルと違い『一からその細胞で組織されてはいないこと』による耐久性、超回復の違い。さまざまな問題はあり、完全無敵とは言えない。被害や犠牲を出すこともままあった。
が、そこは『適合体』となる条件が簡素になった『おねえさん』細胞。
数を揃え、『おねえさん』軍団とでも言うべきか、凶悪な部隊を編成。各地各軍に配備できるシステムは、損耗率を補って余りある戦果を叩き出した。
かくして人類は数ヶ月で戦況をひっくり返し、本戦争を有利に展開。絶望の中で喘ぐ苦行を、ここを乗り越えれば明るい未来が待っている正念場へと変えた。
急に天秤が跳ね返れば、その衝撃はジリジリ傾いている時より強い。みるみるうちに悪魔は出没数を減らし、エスパーク人は拠点防衛部隊を残して本星へ撤退していった。
人類の勝利は確定的。あとは勢いそのままに、ウィニングランを走り切るだけ。
それは誰の目にも明らかであり、
運命の分かれ道が迫っていた。
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