61.新たなる誕生
あれはウラジオストクから引き上げて二日後くらいか。そのまま彼女の部屋となった、初めましてのベッドにて。
「メシ食ってんだべ。あとにしな」
「そう邪険にするな。世間話だ。検査やテストには集中してほしいのでな。こういうタイミングでしか話す機会がない」
おそらく「座っていいか」に芳しい返事は帰ってこないので、勝手に椅子へ腰を下ろす。
「食欲のなくなる話しかされないから、アンタがいないタイミングでしか食事ができない。ただでさえメニューが少なくて飽きるのに」
ナカソラコはポテトでハンバーガーを叩く。お行儀。
「アメリカ人はハンバーガーとピザとチキンブリトーがあれば生きていけるからな。なに、異邦人職員は皆、最初はそうやって文句を言う。が、すぐに何も言わなくなる」
「地獄じゃねぇか」
「それより話をしてもいいかな? 今度ステーキでも奢るから」
「米食わせろ!」
「米(国)料理」
「オマエをバーベキューにするぞ」
了解を取っていては日が暮れそうなので、勝手に始めてしまおう。向こうも日本語に飢えている。なんだかんだ応じてくれるだろう。
「君のおかげで捕虜となったザガンだが」
「『細胞採るからなるべく捕虜にしろ』って言われてるしね」
「君が以前図らずもノックアウトで捕虜にしたマルコシアス。アレと同様、早速移植させてもらった」
「あの時は犬派だったら胸が痛んだね〜」
ここで一度カルテを確認。
「それと合わせて君の細胞を検査したのだが、不思議な点が見つかった」
「科学者が不思議とか言うんだ」
「異常と言われたいかね?」
「続けて?」
話の腰を折るのは君の方なのだがな。ハンバーガーを口へ運んだスキに進めるか。
「どうやら君は、全ての細胞を一つの細胞にしてしまえるらしい」
「は?」
『どうでもいいけどメシがマズくなるんだが?』という顔でピクルスを摘むナカソラコ。だがもう少し付き合ってもらおう。自分の体に関することなのだから。
「今までの被験者の失敗例は大きく分けて二つ。我々が開発した細胞を『体が受け付けない』『せっかく入れても消えてなくなってしまう』」
「それは聞いた」
「だが君の体では共存できる。我々はそう判断していた」
「『だが違った』って?」
彼女はハンバーガーの断面から垂れるバーベキューソースをポテトに塗る。集中しているのかいないのか。
「厳密にはな。ニュアンスの違いとも言える。君の体では共存だけでなく融合も起きていたのだ。予想では『君の体の中で開発した細胞が独立して生き続ける』だったが、今回の結果は違った。二種類の細胞のみではなく。君自身の元来のものとも我々が開発したものとも違う、新たな細胞が存在していたのだ」
「はん」
ハンバーガー最後の一口を放り込むと、ナカソラコはベッドへ身を投げる。ちょうど椅子の背もたれのような角度に上げられている。
まだポテトは残っているが。
「つまり、アンタらご自慢の細胞は私の細胞に食われて進化の素材になった、ってこと?」
「そうだ。我々のイメージでは左腕にサイコガンを『装備』した宇宙海賊コブラだった。が、実際は体が『武器そのもの』のチェンソーマンにもなってしまったのだな」
「意外にマンガ好きなのね。まえもブラックジャックで例えてたし」
「そうだな。それでいえば彼のように、元の皮膚と褐色の皮膚で別々に共存するものと。しかし実際は牛乳多めのカフェオレみたいな色の肌ができつつある。そして重要なのはな」
「ポテト取ってポテト」
ナカソラコめ。自分で起き上がらずにオレをアゴで使う。従ってやると、口の端でポテトを咥えタバコのようにピコピコ揺らす。
「でもおかしくない?」
「何がかね?」
彼女は手を使わず、アゴの動きだけでポテトを口の中へ。
「そもそも、その『共存』ができる体だから私が選ばれたんでしょ? 『融合』するとスゴい細胞が溶けて消えちゃうから。なのに私がそうなってんのは、話が違うんじゃないの?」
うむ。疑問、もっともである。
「これは仮説だが、おそらくザガン氏のせいだ。伝承によると彼は『ワインを水に、水をワインに』『血をワインに、ワインを血に』変換する錬金術の使い手とされる。これを聞いて気づくことがあるだろう?」
「めっちゃワイン好き」
「『二つの状態のあいだで反転させる』とも言えるのだ。これによって君の細胞の性質が反転したのだ。むしろ『融合』しても消滅させないほど深く、誰よりも
「マジで!? じゃあよく分かんないけどヤケド痕治るかな?」
「それはそれで、そのまま受容されるんじゃないのか」
「ケッ!」
彼女は残りのポテトをヤケ食いすると、シーツを被って不貞寝にかかってしまった。
「重要なのは、全ての英雄たちも悪魔でさえも『ナカソラコという一人の人間の細胞』に集約されたということだ。『さまざまな能力を持った個別の遺伝子の集合体』ではなく、『全てを兼ね備えた一つの細胞』に」
「つまり?」
「これはおもしろいことになるかもしれない」
以上が件の、『その時の話』。
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