59.誕生
「やってくれたな」
「今からも一度やってやろうか?」
ナースステーションのカウンターを挟んで。正確には私だけ 「 型カウンターの角に座って腕組み。
その状態で睨み合い。T字の廊下の左奥にいるのはオオドリイと、
マシンガンで武装したガスマスク集団。
背後には立て籠って震える子どもたちとナースさん。
「そう何度も逃げられてはな」
「ちげーよ。病室の犬コロ見たしょや?」
「も一度、なるほど。やけに物々しいことを言うじゃないか」
「いかにも『口封じに来ました〜』ってのがいるからねぇ?」
ガスマスクの一人がオオドリイに耳打ちしようとする。
「おっと。英語は使うなよ? 子どもたちが聞いたら怖がるからね。二度と赤ちゃん言葉もしゃべれないカラダにしなきゃだ」
「君のスゴみの方が圧なのではないかな?」
「気にすんなよ。アンタと私よりは信頼関係あるんだ」
犬歯を向いて笑ってやると、彼はため息まじりに首を振った。今の私はさぞ悪魔みたいな顔してるんだろうね。
「なら君こそ気にするな。我々は別に目撃者を消しに来たとかではない」
「ウソだったら倍怖いぞ?」
「ウソをつくな。10倍は怖いに決まっている。誤解しているようだが、武装は対悪魔用だ。ここに出没したのはつかんでいてな。軍より近ければ出動することもある。もっとも、瀕死のサンプル回収のみになったが」
オオドリイが右手を挙げるとガスマスクたちに動揺が走る。でも数秒後には、おとなしく廊下の奥へ消えていった。
「これで説得力も増したかね」
「20年ぶりに現れたクラスメイトの儲け話くらいには」
「ふっ」
オオドリイは一人、ハンズアップで近づいてくる。
「お? いいのか? 今の私は素手でオマエを八つ裂きにできるぞ?」
「悪魔もな。だが私は悪魔ではない。何もしなければ何もしないだろう?」
「散々何してくれたか忘れてるらしいな?」
「まぁまぁ。落ち着いて話そうじゃないか。子どもが見ていることだし」
「はん」
歩いて三歩くらいの距離でオオドリイは止まる。
「そもそも我々の目的は人類を守ることだ。毎度目撃者を始末していては本末転倒ではないか。『やってくれたな』というのは脱走に関してだけだ。まさかワープができるとは」
「新しいデータのお味はいかが?」
「最高だよ。最高に煮え湯だ。満腹で苦しいので、椅子をくれるとありがたいのだが」
「要求はそれだけ? だったらIKEAで一ダース発注したげるけど」
「ははは。デザートも追加できるか?」
「満腹のクセによぉ。胃袋だけアメリカ人になったか」
今度は乗ってこなかった。マジな表情で、まっすぐ私を見つめる。
「戻ってきてほしいのだが?」
「嫌だと言ったら?」
私も犬歯を引っ込め睨み返す。それでも目を逸らさず逃げない。度胸に免じてナースステーションの椅子をやろう。
で、のこのこ座るところに追撃を入れる。
「押し通せるくらいのバケモノには、アンタらがしたんだよ? 邪魔だてすれば轢き潰すし、人質取ろうってなら
「そうだな。オレも我が身が惜しい。だから
「そのポーズはハンズアップじゃなくて『もうお手上げ』ってことかい?」
「30がらみが女子高生相手にな。哀れと思ってくれるかな?」
「そう言われると痴漢冤罪みたいな」
「必要以上に哀れにしなくていいから」
話がズレはじめたからだろう。オオドリイは大仰に座りなおす。
「哀れといえば顔。血まみれとは負傷したようだな。もう塞がっているだろうが」
「えっ、マジ?」
額に触れてみると、たしかに皮膚が裂けた部分も触って痛い部分もない。
「うわっ! マジだ!」
「だが普通なら手当てが必要な命すら残らない」
驚く私にかけられる冷静な声。そこから両膝にそれぞれ肘を突いて、正念場というように熱を帯びる。
「いいか? 君は勝てるんだ。勝てるんだよ。たいした負傷もせず、してもすぐに治り。圧倒的な力でヤツらに勝てるんだ。君は。君だけは」
黙って聞いていると、ヤツは椅子から立ち上がった。
「君が逃げ出した理由は分かる。もちろん怖いに決まっている。だが、今回戦ってみてどうだ? 勝てることが分かったと思う。だからどうか、力を貸してはもらえないだろうか。人類には君の力が必要なんだ」
そのまま私の目の前まで来て、両肩に手を置きやがった。熱くなるのは分かるけど、オッサンが乙女になんてことしやがる。
「君には君の人生や夢があるのは分かっている。そのうえでお願いするだけの待遇も用意されている。悪くない話のはず、いや、そうしてみせる。どうだ?」
「あー」
せめて痛くないよう引き剥がすのは、私なりの慈悲だよオオドリイくん。
「分かってない。アンタなんも分かってないんだわ」
「む」
「たいした負傷って、すぐ治るからって。アンタ自分の顔より長い爪に引っ掛けられたことあるんかい? どれだけ痛いか知ってるんかな? よくもまぁそんなこと言えるね。サバンナ行ってライオンにでも遊んでもらいなよ」
口ごもるオオドリイ。悪いね。イジメたいわけじゃないのよ? ただ事実は事実ですから。
「それに家族は? お父さんお母さんには会えるの? 待遇待遇って、そっちが大事じゃない? 向こうになんて伝えるの? ありがちな『娘さんは事故で亡くなりました』とか言うんかな? かわいそうに、気が狂うくらいの悲しい思いをするでしょうね。想像しろよ。木の又から生まれてきたんかい?」
まくし立てると所在なげに目を逸らす。
君もかわいそうに。本当は優しい子、ヒドいことするのに慣れてない子なんだよね。だから昼間は冷血ぶってたクセに、一番大事なここにきて何も言えないんだよね。
引き剥がしたのは、突き放すためだけじゃない。
「まぁ、私サイドからの正論はそんなところ」
少し明るい声を出すとオオドリイは顔を上げた。
それに答えるよう、大仰に胸を打ってやる。
「でも人間、正論だけで生きられないからね。いいでしょう! おねえさんに任せなさい、男の子!」
オオドリイの顔は「は?」って感じ。おいなんだ。せっかくオマエの要求に沿ってやってんのに。
「君に年下と思われるほど童顔ではないのだが」
「何言ってんだテメー。シュトゥーカ大佐より年上なのかよ」
「は? いや?」
「だったら年下だよ。全人類私の細胞より年下だ。
だから私が、全人類の『おねえさん』だ」
「はぁ」
聞いたら聞いたで割とどうでもいいらしい。オオドリイはすぐに気を取りなおす。
「それより、どうして気が変わったのか聞いてもいいかね?」
「はん」
ここで後ろを振り返る。そこには、ガスマスクたちがいなくなって少し安心した表情の少年少女。私の視線に気付くと目を合わせ、笑顔になってくれる。
「Lady? Sup?」
「なんでもないよ」
オオドリイに視線を戻すと、彼も理解したように頷く。
「勝てるとかは置いといて。私はこの子たちを守ったんだ。この力で守ったし、守れるのは私だけなんだ。私がいないと救えない命がたくさんある。私がいないと生まれる悲劇がたくさんある。だから」
カウンターから降りる。新たな一歩。
「私が守る。『おねえさん』は少年少女の憧れだから」
「そうか」
オオドリイは静かに返す。ここで「やったぜ」とはしゃぐのはよくないって、気を遣ったんだろうね。
だから逆に、軽口を返してくる。
「まぁそもそも君の体はメンテナンスが欠かせない。断るという選択肢はないがな」
「やっぱりアンタ、悪魔だわ」
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