52.ある昼、私が目を覚ますと

 ふと目を覚ますと知らない天井だった。

 少なくとも最後に横になった病院じゃない。こんなベタな展開、マジであるのね。


 でも一応病室ではあるっぽい。

 天井のタイルがホテルにはない独特のアレ。個室だからカーテンはないけど、サイドボードと丸椅子もまさにソレのアレ。

 母さんのお見舞いで見た。


 で、マジでどこだよ。


 幸いなのは、窓の外に木々が見えること。地下室に監禁ってワケじゃなさそう。

 いや、陸の孤島に拉致られるのはオッケーです、なんてこたないけど。


 とかいう冗談は置いといて。

 心電図とりにきただけで別の病院に移送とかある? 何があったの私の心臓。

 ていうか私、心電図とってる最中に寝たのかよ。



「目が覚めたかな」



 遠く山裾に広がる街っぽいところを見ていると、後ろから声をかけられた。


「うわびっくりした」

「それは申しわけない」


 振り返ると白衣の男。

 老けちゃいないけど青年期でもない、肌の感じ的に三十前後?

 でも痩せっぽちでヒョロ長く、家に帰れてないのかシルエット。アゴ先の無精髭と死んだ魚の目が予想を怪しくさせる。

 や、あの肌は三十だね! 過労で荒れてそうなのを差し引いて三十前半! 肌のことなら私の見立てに間違いはない! なんたって女子だから!


「その、なんだ。オレの顔に何かついているのか」

「あ、や? 別に?」


 お? このリアクションはアレだな? クール系かと思ったら意外と朴訥ぼくとつなタイプだな? 女子の相手慣れてない手合いだな?

 思ってることが男にも伝わったみたい。私すぐ顔に出てニヤつく、らしいし。

 彼は小さく咳払いすると(マジでそんな仕草するんだ)、顔を遮るようにカルテを掲げる。


「えー、いくつか質問をさせてもらう」

「いやいやいや、こっちが質問したいこと山積みなんスけど?」


 男の手が一瞬ピクッと。見えないけどさぞ顔してるんだろうな。


「……君の名前はナカソラコ、で間違いないか」

「ははぁん?」


 お、コイツ無視しやがったな? こっちの事情は無視だな?

 じゃあメチャクチャ邪魔してやんよ!

「アンタ何かあってもビビらないけど、何かあったらすぐキレるよね」と評判! 『カンシャク玉のソラコ』とはアテーのことよ!


「ナカソラコで間違いな」

「あなたのお名前は?」

「は?」

「『は?』じゃないよねぇ? 人の名前聞くなら、まず自分から名乗りなさい!」

「む」


 おし黙る男。コイツちょろいわ。

 それと同時に、「ウルセェぞ女ァ! 質問にだけ答えろ!」とか怒鳴らないあたり善良な男。

 善良男はため息まじりに首を左右へ振ると、カルテを下げる。


「オオドリイ。オオドリイ アストだ。『神社の大きい鳥居』『明日の人』」


 自己紹介は目を見て、が無意識に染み付いてる。マナーや育ちがいいらしい。さては親も医者なパターンの、ボンボン育ちの二世医師だな?

 ま、ボンボンはいいとして、向こうが答えたからには私も礼にのっとらないと。


「よろしい。私はナカ ソラコ」

「……皮肉な名前だな」

「あ?」

「ではナカさん。君は『目が覚めたらいきなりここにいた』という状況だと思う」

「ですね」

「意識を失うまえの記憶は?」

「病院に心電図とりにいって、ベッドで寝たとこまでは覚えてますけど?」

「ふむ。記憶障害はナシ、と」

「は?」


 今、サラッとトンデモナイこと言わなかった? トンデモナイことカルテに書き込んでない?


「ちょーいちょいちょいちょい。先生、センセ?」

「研究員の一人だよ。出世からも外れてな。先生教授にはなれそうもない……」

「あ、ごめん。ごめんて」


 なんかウジウジしはじめた。中年の悲哀は罪悪感あるな。

 ていうかコイツ医者じゃないのか。研究員? 何ここ、大学病院ってヤツ?

 まぁ今は大学でもサナトリウムでもなんでもいい。そこはどうでもいい。


「それよりですよ、オオドリイさん。私、なんか記憶障害とか、そういう目に遭ったんです?」

「そのまえにこれだけ答えてくれ。何か体に異常はないか? 吐き気、頭痛、その他体調不良。もしくは体の痛みなど」

「何それー! 絶対頭打ったとかじゃん! 心電図中にベッドから落ちたヤツじゃん! 私寝相悪いから!」

「元気そうだね」

「あっ、はい」


 ここで一区切りなのか、男は丸椅子に腰を下ろす。


「さて。とりあえずの、今聞いておきたいことは以上だ。ここからは君の質問に答えよう。言語野に影響が出ていないかのチェックも兼ねて、会話をしよう」


 言語野とか絶対にヤバいヤツですやん。よくそんな目に遭って痛くも痒くもないな私。


「で、結局、私はベッドから落ちてになってるので?」

「ノー。だが、『ではどうして』について話すと長くなる。別の質問があるなら先に済ませておくことを推奨する」

「じゃあ私はとにかく大丈夫なんですか?」

「それについてはまだなんとも。現状問題は認められないが、あとで急変することも多い。しばらく予後観察が必要となる」


 マジで何があったんよ。急変って、心臓に重病でも見つかった?


「てか予後観察って、入院っスか? 家には帰れるんですか?」

「入院っスな。家には帰れないんですな」

「急にフランクになるじゃん。それより困るんですけど。私受験生。帰って受験勉強したい。人生かかってる」


 抗議の意思を込めてガッツリ睨んでやると、オオドリイはカルテをめくりはじめた。


「それに関して心配はいらないんじゃないのか? 『第一志望:北海道大学教育学部教育学科──A判定』『第二志望:京都女子大学発達教育学部教育学科──A判定』『第三志望』以下略。ふむ。偏差値が高いのだな。そして教員志望、と」

「は?」

「判定もそうだが、模試の時点で国公立は一校のみリストアップ。君自身がすでに第一志望に受かるも同然でかまえている」

「ちょいちょいちょい。おい」

「心電図をとりにいったのも実業団チームに頼まれたからだ。よしんば受験に失敗しても、というか、空手で進学する気はないのか。そうか」

「待て待て待って。え? キモい」


 何コイツ? なんでそんなこと知ってる? え? ノゾキ? ストーカー?

 の域超えてる。

 そもそも模試の結果とか、いつのヤツかでレベル変わってくる。直近のヤツだったらまだ私にも届いてないし。


「まさかオマエ、カタギじゃないな!?」

「それについても長くなるが」

「それはもういいよ! 今これ以上に聞きたいことない!? 乙女のピンチなんだわ!」

「あぁ、安心してくれ。私は、我々は犯罪組織ではない。むしろ国際的な公的機関だ」

「あーそーかい! じゃあ善良な市民はおうちに帰してくれんかなぁ!?」


 オオドリイのヤツ、またカルテをめくる。いったいソイツにゃ何がどんだけ書いてあんだよ。


「それはいいが、バージニア州アーリントンから北海道小樽おたるへ帰る旅費はあるかね」

「はぁ!?」


 バッ、アッ、国外!?


「嘘つけぇ! どこまで拉致ってくれてんの!?」

「安心してくれ。人身売買でも臓器売買でもなければ、違法な売春組織でもない」

「どこに信じられる要素があるんかな!? ぶち飛ばすぞ!」

「まぁまぁ」


 野郎は落ち着いた様子で私を制する。


「それより、長くなっていいなら答えようじゃないか。君の疑問に」

「疑問はいいから要望に

「そうだな。何から話そうか。うむ。まず、現在の君の状況について話そうか」

「ケッ!」


 せめてもの悪態も届かない。コイツ、話が専門分野にきて態度デカくなりやがった。

 それを表すように、狭い丸椅子の上で足が組まれる。



「端的に言って君は、『適合体』なのだ」

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