53.適合体XX
「は? テキ、敵五体?」
「『適合体』だ。それは置いといてだな」
「置くな置くな。さっきからまわりくどいんだわ」
「長くなるぞ」とか話が一向に進まんのよ。で、こっちが聞きたいことに当たると後回しにする。
なんだ? 都合悪いこと隠そうとしてんのかコラ。
「適合ってなんですか。まさか勝手に誰かの
「そこは安心してくれ。『君が誰かに』適合したのではなく『他が君に』適合したのだ」
「えーと? よく分かんないんですけど、つまり私がドナられる側ってニュアンス?」
ここぞとばかりにオオドリイ、椅子ごと寄って身を乗り出す。
「分かりにくいかね。その疑問がスッと通るためにも、ひと通り私の説明を聞いてほしいのだが」
「はぁ」
実際、このままじゃ日が暮れそう。
お互い歩み寄る必要はあるよね。
「じゃあ聞きます」
「ご協力感謝する」
とは言ったもののコヤツ、急に居心地悪そうにモゾモゾ。なんかヴンヴン咳払いしてる。
おい、早くしろよ。
ちょっと目を逸らそうとするのを執拗に追い回すと、ようやくオオドリイは口を開いた。
「君は、悪魔の存在について信じるかね?」
「はぁん?」
変な声出た。
向こうも「だから言いたくなかったんだよ」って顔してる。
「いやね? 模試の志望校に聖心女子も書きましたけどね?」
「君がカトリックでもなければ、ナカ家の菩提寺が曹洞宗なのも知っている」
「むしろ私が知らなかったわ」
「ちなみに聖心もA判定」
「どうも」
オオドリイは足を組み替える。なぜか私より向こうのほうが居心地悪いターンはまだ続くみたい。
「では宇宙人は?」
「へへっ」
おっと失礼。でも失笑モンでしょコレ。月刊ムーの面接かっての。はんかくさい。
「昨日見た人工衛星、もしかしたらUFOだったかもしれないっスね」
「悪いがマジメに聞いてくれ。これでも本気で話しているんだ」
私に、よりは「こんな話をしなければならない立場」に半ギレな感じ。
「いや、でも、ねぇ?」
私だって優しくしてあげたいけどさ?
また気を紛らわすように座りなおす哀れな朴訥男。椅子をガタッと鳴らす。
「ではこう考えてくれ。我々が心電図検査中の君を拉致してここまで連れてきたのは事実だ。そのうえで君を騙し、どうこうしようと企んでいるとしよう」
「改めて聞くと流れヒドすぎるべさ」
「だとしたらもっと、信じてもらいやすい嘘をつくとは思わないか? 頭の悪い話題で
「ふーむ」
それは一理ある。こういう問答予想して用意した、とか疑えなくもないけど。でもそれ言い出したら、逆に本当のことが見極められなくなるか。
ま、それに。どうせ悪魔がいよーが宇宙人がいよーが、私にゃなんの関係もありゃしませんで。ショージキどーでもいーんだわ。
「分かりました。じゃあそーいうのがいるって前提で聞きましょう」
「助かる。それでだな」
ヤッコさんモジモジしなくなった。私の気が変わらないウチに話題を終わらせてしまいたいんだろう。
「実は彼らと我々人類は、現在戦争状態にあるのだ」
「……ぉぅっ」
「笑いたければ笑え。ムリにガマンされるとそれはそれで虚しい」
「注文多いな」
せっかく黙って聞いてやろうってのに、どうやら合いの手がないとやりにくいらしい。
じゃあ思いっきりツッコんでやろうじゃないのさ。
「生まれてこの方『テムズ川で火星人が毒ガス撒いた』とか『デビルマン軍団が組織された』とか聞いたことないけど?」
「一般人には情報統制がなされているからな」
「へぇー」
「笑わないのか」
「さすがにベタすぎて胃もたれ」
飽きてきた私が別方向で話を聞かなくなるのを危惧したらしい。椅子ごと寄ってきて語りに少し熱を入れる。
「いいか!? しかしそれも時間の問題なんだ! 今の人類の標準的な軍隊ではヤツらに太刀打ちできない! なんとか堪えてはいるがジリ貧だ! このままでは君が大学に入学しても、キャンパスライフが同化政策による植民地教育になってしまう!」
「ソイツはいけねぇや。火星人の教育免許は取れそうもない」
「そこで我々は可及的速やかに、連中に対抗できる手段を手に入れる必要に迫られたのだ」
「ガンダムとか?」
「我々は生物工学チームでな」
どうやらスルースキルを身に付けたらしい。私のチャチャに反応しない。
「機械工学畑がUFOにガンダムで勝ちたいように、我々は悪魔に生物としての強靭さで勝ちたいワケだ」
「生物兵器ってヤツ?」
「いわゆるな」
なんだろうな。口から火を吹くコモドオオトカゲとか作るんかな。
とか呑気なこと考えたタイミングで、
なぜ自分が拉致られ、ベッドの上に寝かされ、こんな話をされているのか。
妙なことが頭をよぎる。
そういえば、『適合体』とかなんとかって?
「ね、ねぇオオドリイさん。まさか、ね?」
「そのまさかだ」
オオドリイはカルテを捲る。そこには私のプライベートより、もっとヤバいこと書いてある気がする。
「我々は考えた。最強の兵士、言い換えれば最強の人間。これを作るにはどうすればいいか」
そこにはもう、さっきまでのユルい雰囲気とかない。
「まず思いついたのはキメラだ。マンガでよくあるだろう。人狼や仮面ライダーみたいなものだ。しかしこれは難易度が高い。カブトムシとクワガタムシすら交配できないのに、いきなりヒトとチーターが混ざるだろうか」
何を言ってるのかサッパリなのに、何を言われてるのか分かるキモチワルイ感覚。
「そこで考えついたのが、『同じ人間なら可能なのではないか?』ということだ。よって我々は方々駆け回り、人類史上の英雄や偉人のDNAを集められるだけかき集めた。ナポレオン、マリ・キュリー、呂布奉先、エイブラハム・リンカーン、モハメド・アリ、その他諸々いくらでも。全てにおいて人類最高峰の、絶対的超人を作るために」
思わず自分の腕に視線を落とす。見た目には何も変化がなさそうな白い細腕。
「そうしてついにできあがったのだ。最強の細胞が」
そう。腕の見た目に変化はなくても、目には見えない細胞単位なら?
「しかしもう一つ大きな問題があった。臓器移植における拒絶反応を知っているかね? 要は他人の一部を移植されても免疫が受け入れないことがある、という話だ。我々は今までに何度も偉人たちの細胞移植を試みたが、これだけ多くの、まったく別のDNAだ。必ず何かが引っ掛かる」
またもカルテをめくる手。今頃やたら枚数があることに気づく。
「そしてごく稀に拒絶反応を起こさなかったかと思えば、それらは臓器移植と同じ。完全に本人の一部と化して、せっかくの細胞の特異性が失われてしまう」
悩ましげに頭をかく仕草。倫理的にじゃなくて、純粋に実験のことで悩ましげな仕草。
「必要だったんだ。拒絶反応を示さず、なおかつ代謝してしまわない。たとえば移植した皮膚が馴染み、かついつまでも褐色のままの、ブラックジャックのような体質が」
ここでオオドリイの目が、何分かぶりに私をまっすぐ見据えた。
「我々はそれを世界中探し求めた。人類60億、どこかにいるかもしれない、と。そして、なんという神の配剤。それは存在したのだ」
代謝。体質。右の脇腹、火傷痕が疼く気がする。キズ自体は何年もまえに治ったのに。
「ナカソラコ。それが君だったのだ。君こそが我々の求めていた『適合体』、人類の救世主なのだよ」
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