47.『おねえさん』と知らないおねえさん

 状況を理解するのには結構時間がかかった。

 またいつもの、ヤバいことが起きるとどうでもいいことに注目するクセ。そのせいで


「長いサロペットだからって、スカートでそんな足あげていいのかよ」


 とかボンヤリ考えてしまったから。だから、


「キャアアアアア!!」

『おい! 無事かーっ!!』


 頬に手をやって叫ぶイチコと、高速道路の方を向いて吠えるメロ。

 この二人を見てようやく頭が追いつきはじめる。


「おねえ、さん?」


 遅れてそっちに目を向けると、


「うわぁ! ヤベェぞ!」

「KK線が!」

「逃げろぉぉぉ!!」


 多くの人たちが、阿鼻叫喚って言うんだろう、こっちへ喚き立てながら逃げてくる。その向こうで、



 柱をやられたんだろう。人々の頭上に敷かれた高速道路が、激しい音を立てて崩れ落ちる。



『伏せろっ!』


 言うやいなやメロが、僕とイチコの前に出ながら頭を押さえつけてくる。間一髪マントが広げられると、


「うわっ!」

「きゃあ!」


 横から回り込んだ強風が顔に叩きつけられる。

 でもそんなのまだだ。

 視界の端では、飛んできたガレキが逃げ惑う人たちの背中に直撃したり。恐怖と混乱の悲鳴の中に、苦痛の呻き声が混ざりはじめる。

 僕らを守ってくれているマントだって、過去の戦闘でボロボロ。短いもんだから一歩間違えればああなっていたところだ。


「嫌あぁ」


 目を伏せてるから直接見てはないんだろうけど、察したイチコは弱い悲鳴を上げる。


『くそっ、無茶苦茶やりやがって! 自分たちの星だろうが!』


 メロの憎しみがこもった声とともにマントが下ろされる。一応暴風やガレキはひと段落したってことだろう。

 広がった視界に映ったのは、


 漂う土煙。

 飛び散った大小の鉄筋コンクリート。

 割れたガラスの破片。

 曲がった標識に折れた街路樹。

 歩道に突っ込んだ車。


 血まみれで倒れている、たくさんの人、人、人。

 寄り添って声を上げる、人、人、人。



「な、ん……だよ、これ」



 状況は、光景は目に入ってくる。嫌って言うくらい頭に入ってくる。

 でも何一つ脳が理解しない。


 回っていない頭は何かに引き寄せられるように、高速道路の方を向く。

 そうだ。二人のリアクション的に、きっとおねえさんはそっちの方に。



 そこにあったのは。

 社会で習った阪神淡路大震災。資料集の写真みたいに、真っ二つになって地面へ突き刺さるKK線。

 あとはガレキの山と、スクラップになった車たちと……


「お、おねえさん?」


 あそこに、あんなところに、おねえさんがいるっていうのか?

 あんなところに、こんなことを引き起こすくらいの勢いで、吹っ飛んだっていうのか?

 そんな威力で蹴り込まれて、


「おねえさん!!」


 思わずそっちへ走り出そうとした矢先、襟首をつかまれる。


『バカ! さっさと逃げろ!』

「でもっ」

『優先順位を間違えるな! オトナより子どもであるイチコの安全を確保するのがキサマの役目だ! ヤツはそのあとだ!』


 メロは僕をつかんだのとは逆の手でイチコを引っ張り、こっちへ押し付ける。

 震える彼女を反射的に抱きしめると、メロは軽く僕の肩を押す。おねえさんを蹴り飛ばした女がいる方を睨む顔は険しい。


『それまで私が時間を稼ぐ。ムダにしてくれるなよ!』


 そうだ、あの謎の女。急に現れて、急に惨劇を引き起こしたアイツ。

 不意打ちとはいえおねえさんを、それこそおねえさんがやるみたいに蹴り飛ばしたアイツ。


「時間稼ぐって、あんなのどうすんだよ!? そんなことするより一緒に逃げた方がいいんじゃないのか!?」

『バカを言え。あの女、確実に敵意がある。そのうえアイツはヤツのことを知っている。いや、明らかにだ。ならばこのあと取る行動は、「確実にトドメを刺す」に決まっている』

「そんな!」

『迷っている時間はないぞ!』


 そんなこと言われたって! まだ状況をうまく飲み込めていないのに急かされても!

 でも「とにかく逃げろ」ってだけなら難しい指示じゃない。なんとか竦んだ足を動かそうとしたところで、



「なぁんか、聞いてたよりわねぇ。『オリジナル』って」



 おっとりした声が思考をかき乱す。腹が立つぐらい余裕で、ぼんやりした声。

 でも問題はそれ以上に、


「『オリジナル』……?」


 そういえば、メロもさっき『同類』とか。

 おねえさんがなんなんだ? スーパーヒロインだとかいうのは知ってる。でもそれと少しズレてるような。

 なんの話をしてるんだ?


 でも当然、相手は律儀に答えたりしない。


「ところでそこのアナタ、エスパーク人ではありませんか?」

『そうだ』

「やっぱりぃ」


 女がこっちへ近付いてくる。くそ、足取りも余裕そうだ。


「そうね、アナタの読みは大変素晴らしいわ。もちろん私もナカソラコについてはいろいろ聞いているもの。トドメは刺すわ、確実に。でもね? アナタ一つ読み違えてるのよ」

『なんだね。皆目見当も付かない』


 薄く笑って会話に乗るメロ。後ろ手で僕を押す。本当に分からないとか乗り気とかじゃない。僕を逃す時間を作ろうとしているんだ。


「それはね」


 だからこそ、女は僕を見た。僕へ残酷な言葉を叩きつけるために。本人より僕の方にダメージを与えると知っていて、ために。



「憎き侵略者エスパーク人。先にオマエを始末してからよ」



 言い終わるかどうかのウチに、メロは一気に飛び出していた。

 見た目は中学生とはいえ宇宙人で軍人、特殊部隊。地面を舐めるような低姿勢での突進は凄まじく速い。

 マントの片端ずつを両手に持つ。それで途中に落ちていた頭くらいの大きさのガレキを、すれ違いざまにすくい上げる。できあがった即席の鈍器。ここまでほぼ一瞬。

 なおも走るスピードを落とすことなく、鈍器をハンマー投げみたいに振り回すメロ。一気に飛び上がって相手の頭上を占めると、思い切り振りかぶる。ここもほぼ一瞬。

 だけど、



「遅い遅い。遅いというよりムダが多いですよ」



 I字バランスみたいに蹴り上げられた、長い足。



『こっ、くふっ……』

「あ、あ」



 僕は咄嗟にイチコの顔を、より強く自分の胸に押し付けた。



 苦しげに、力なく宙ぶらりんのメロ。

 女のへ垂れる、真っ赤な血。

 比喩表現でもなんでもなく、ミゾオチに突き刺さるパンプスの爪先。

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