46.『おねえさん』とお疲れさま会

「たまにはヤナカじゃなくて、モノホンの方に行っちゃう?」


 とかいうおねえさんの提案で、僕らは銀座までやってきた。


「小学生でゼイタクしたら価値観壊れるで」

「何も買わなけりゃいいじゃん?」

「銀座って散歩して楽しいモンなのか?」

『まぁ中央区には児童館とか結構あるからな』

「そんな年じゃねぇよ」


 なんてブツクサ言い合いつつ電車に乗ったのだった。電車賃はおねえさんが出してくれたから、あまり文句も言えない。






「あやぁ」

「ビル、デカぁ」

『デカいというか、オシャレだな』


 銀座ヤバい。マジヤバい。散歩するだけで楽しい、というよりは圧倒される。東京メトロを一歩出た瞬間、下町との差を思い知らされる。


「助けて両さん」


 イチコがなんらかの恐怖に駆られて下町の英雄の名を呼ぶ。でもその人、葛飾区だからなぁ。


『男は辛いな』

「うるせぇよ」


 メロは平常運転。エスパーク都会人か田舎人か知らないが、この程度では驚かないのかも。UFO作る文明だし。

 比べてイチコは丸出し。


「アカン……! このままではアタシ、帰れへんくなってしまう!」


 おい、一応都民だろ。関西弁だけど。京都市以外の京都府民が『アレは別世界』って思ってる感じのヤツか? 京都ルーツじゃなかったはずだけど。


「おねえさん! ここは魔界や! こんなとこで遊んだら、アタシらも魔物になってまう!」

「おいおい」


 それは向かいの歩道を自分の庭みたいに歩くマダムに失礼だろ。まぁ同じ人間とは思えないほどステージの違いを感じるけど。

 僕の思考を読み取ったかのように、メロがジロリと横目を向けてくる。


『キサマも官僚の息子だからな』


 生まれのことで非難されましても。

 ちなみに彼女こそ今日はシックなベージュのシャツワンピース。そこにいつものマントをスカーフ風に首へ。お下がり変Tでしてない。

 とにかく家主よりイイ格好で、高輪たかなわ住まい一家の娘にでも見える。

 それに、僕をなじるよりイチコを落ち着ける方が先だ。おねえさんはにっこり笑って彼女の頭を撫でる。


「ヘーキヘーキ。三越で買い物とかしたらアレかもだけど、その辺のドトールでなんか飲むくらいならさ」


 言いつつ、何か思いついたように腕時計を確認する。手首の内側に文字盤を向けるタイプみたいだ。

 うん。怪力で暴れまわるバケモノはそっちの方が壊しにくいよな。


「おっおー、ちょうどいい時間じゃん! ちょっと歩こうよ。有楽町ゆうらくちょうマリオンでからくり時計が見れるよ!」

「ホンマ!? 無料!?」

「もちろん無料。金銭感覚壊れなーい」


 コイツら、どういう基準で銀座観光してるんだよ。

 そういえばおねえさんは金持ちサイドなんだよな。変Tばっか着てるけど。






 銀座の東を除いてグルリと走るKK線。高架下をくぐると有楽町マリオンはすぐだ。そして16時ももうすぐ。

 やっぱり名所で名物イベントなんだろう。大きな丸い時計の周囲には、それなりに人が集まっている。


「なんていうか、もっと時計台みたいな高い位置にあるかと思った」

「意外に低いんやねぇ」


 せいぜい二階くらいの高さにあるマリオン・クロックは、そこだけ少し拍子抜けか。


『その方がカラクリもよく見えるってものさ』

「たしかに」


 そう言われればそう。むしろ気遣いってことで心置きなく時計を見上げると、


「あっあっ! 始まるで!」


 イチコの言葉に答えるように、長針が頂点を指す一歩まえ。音楽が鳴り響く。オルゴール、かな?

 短い合図が終わったところで、ついに時刻は16時ちょうどに。針が上を向くと同時に、


「ああ〜っ!!」


 時計がゆっくり上へとスライドする。イチコはもうちょっと静かに見ろ。

 今度は別の楽しげな音楽が流れはじめ、時計は半径分くらいまで持ち上がった。

 その向こうには時計がフタになっていた穴。そこから何かが、回転しながらせり出してくる。

 両手に何かを持った人形のパレードと、細長い板が大量に付けられた円柱?


「あっあっあっ! かわいい〜!」


 もうメロメロになって(宇宙人は関係ない)黄色い声をあげるイチコ。

 すると次の音楽に合わせて人形たちがこっちを向き、


 ぎこちない動きでペコリとお辞儀。


「いや〜ん! たまら〜ん!!」

『堕ちたな』


 あざとく少女をノックアウトしたところで、ここからが本番。人形たちは円柱の方を向くと、


「見て見て! 人形が演奏してんで!? くぁわぃぃ〜!」

「そうか、鉄琴とバチだったのか」


 軽快でメルヘンな曲が始まる。曲の複雑さと人形の動き的に、マジで演奏してるってことはないだろう。だとしてもこれは、なかなか引き込まれる演出だ。



 やがて一分程度の演奏が終わると、


「こっち向いた! こっち向いたで!」

「分かってる分かってる」


 人形たちはもう一度僕らへお辞儀をして、回転しながら中へと引っ込んでいく。その際のBGMも自分たちで演奏している(ていの)手の込みよう。


「めっっっちゃスゴかったーっ!!」


 軽く飛び跳ねながら拍手で人形を讃えるイチコ。


「いやー、いいモノ見れたねぇ」


 終始静かにしてたおねえさんも満足げだ。

 思わず余韻でうっとりしている僕ら。


 その空気感へ割って入るように、



「あの、、ですよね?」



 唐突に左側から、おっとりした若い女性の声がした。

 振り返るとそこには、おねえさんと同じくらいの年齢の、黒髪ロングの美人さん。


「はぁい」


 おねえさんも僕らよりワンテンポ遅れて、返事しながら顔を向ける。


 瞬間、



 音。強烈な音。

 まるでコンクリートにレンガでも投げつけたような。

 とにかく硬いもの同士が異常なスピードと威力で衝突した音。



 あまりにキツく鈍く痛々しい音に、僕は思わず肩をすくめて目を閉じた。

 でもそれも一瞬のこと。何があったんだろうと目を開けた先に広がっていたのは、


 ハイキックでもしたかのようなポーズの女性と、

 さっきまでそこにいたのに、今は跡形もないおねえさん。


 そして、



「きゃあっ!」

「なんだなんだ!?」

「何!? 人!?」



 聞こえてきたのはたくさんの大声。

 それと、高速道路の方で何か、より硬いものが砕ける轟音。

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