45.『おねえさん』と地獄への道

 オシャレぶって長くもない髪をギブソンタックにしたヤツは!

 このまえのモッズコートをうれしそうに着まわす泣きぼくろのヤツは!

『人中に呂布あり モハメドにアリ』とかプリントされたTシャツのヤツは!



「お、おねえさん!!」

「いえ〜い! ピースピース!」



 どういうことだ! なんということだ! なんてことしてくれたんだ!

 僕一人混乱するなか、その場の全員がおねえさんを見て、僕を見る。ヤメロォ!!

 あ、でも約一名、おねえさんが乗り出してる窓際の席のヤツ。ソイツは急に目の前にせり出した、何とは言わないが大きなモノに釘付け。


 ってそんなことはどうでもいい! 授業が始まるまえから晒し者になっちゃったじゃないか!

 処刑の時間を告げるようにチャイムが鳴り響く。僕が素早く前を向き、ギッ! と睨み付けると、


「あっ。じゃあ、授業を始め、ます」


 唖然としていたマルモっちゃんが、ようやく使命を思い出した。

 しかし、それで全部逃れられないのが社会だ。ジン太が僕の背中をつつきまくる。


「なんだよ」


 振り向かず小声で答えると、ジン太も小声でヒートアップする。


「おいケント! あの美人のネーチャン誰だよ! オマエの母ちゃん、あんなんじゃねぇだろ!」

「あたりまえだろ! あれがオレの母さんなもんか!」

「じゃあなんだよ! 『おねえさん』つったよな!? オマエに姉がいるなんて聞いてねぇぞ!? 遊びに行ってもそんなのいなかったし!」


 そりゃいないからな!

 でもこんなの、なんて説明したらいいんだ? 素直に『知り合いのおねえさん』って伝えるか?

 ダメだ! あんな変T推定女子大生、どうやって知り合ったとかウルサイに決まってる!


「い、従姉妹のおねえさんだよ!」

「えー!? マジでぇ!? あんなエロおねえさんいるなら、どうして教えてくれないんだよ!」

「そんなこと言うヤツに紹介するワケないだろうが!」

「そこ! 集中してますか!」


 マルモっちゃんのナイスアシストでなんとかジン太を振り切った。授業参観で叱られるとかいう、晒し者上塗りにはなったけど。






 その後も。


「ではこの時の大造じいさんが残雪に抱いたのは、どういう気持ちでしょうか。じゃあ〜、セラさ、ひっ!?」

「どうしたんですかセンセ〜?」


 マルモっちゃんが他の生徒を当てるたび。

『どうしてウチのケントを指名しない?』っていうプレッシャー満載のガンを飛ばしたり(『大造じいさんとガン』は関係ない)。


「『友情』だと思います」

「友情! いいわねぇ〜。じゃあ、ハ、ハバトくんは?」

「あっ、はい。『敬意』とか」

「『敬意』! 素晴らしい言葉が出ました!」

「シャアッ!!」

「保護者の方は静かにしてくださいぃ……」


 大袈裟にガッツポーズかましたり。

 あぁ、かわいそうなマルモっちゃん。すっかり怯えてしまって。

 彼女だってメンドくさいことになるのが分かってたから、僕を指名しないでいたんだろうに。


 他にもスマホで動画撮るわ連写で僕の砂絵撮りまくるわ、やりたい放題。

 ジン太に


「ハバト一族とは思えねぇおねえさんだな」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 とか言われる始末。

 実際僕とおねえさんに同じDNAはかよってないしな!






「あのなぁ! あの! あぁ! なんなんだよ!」


 終了のチャイムが鳴り止まないうちに噛み付いた。

 のはいいけど、いろいろありすぎてうまく文句がまとまらない。


「なんだ、ってそりゃ『おねえさ」

「違ぁう!!」


 とりあえず抗議の意思を示して一旦荷物をランドセルに詰める。教室で詰めるのは周囲の目があるし、続きは道々


 遅かった。


「ハバトくんのお姉さんですか!?」

「大学生? 社会人?」

「いつもケントくんと仲良くさせてもらってまーす!」

「肌キレーイ! どこの化粧品?」

「もしかしてそのTシャツはご自身のセンスですか?」

「おーよしよし少年少女。順番に順番に」


 すでに完全包囲されている。オマエら、ソイツはそんなミッキーマウスみたいにいいモンじゃないぞ。

 人混みをかき分けておねえさんの元へ。悪いな、でもみんなのためなんだ。魔女に魅入られるまえに救ってやってるんだ。


「ほら! もう帰るよ!」

「おっ、一緒に帰ってくれるの〜♡?」

「そのイチイチうっとうしいイントネーションをやめろ!」

「えー? もう帰んのかよー!」


 気持ちは分かる。おねえさんが人気とかでなく、授業参観だから。

 こういう日は普段興味ない『◯◯くんのご家族』が異様に気になったり。つまり晒し者になるのは身内も一緒。

 それでもやっぱり、年の離れた親御さんへ気軽に話しかけれるほど我々は強くない。

 だからまだ年齢が近い方のおねえさんに絡みたがるのは分かる。教育実習生とかで馴染みもある年の差だし。


「ケントく〜ん。独り占めはよくないよ〜? おねえさん減るモンじゃないし」

「う! る! せ! え!」


 こうして僕はおねえさんを連行、大量のブーイングを背に教室を去った。

 さながら甲子園阪神戦でデッドボール出した敵チームの投手。






 校門を出て少し歩き、ストーカークラスメイトがいないことを確認。

 さぁ、クレームの再開だ!

 なぜか親と一緒に帰らずイチコがついてきたのは無視。きっとおもしろがってんだろう。


「なんで来たんだよ!」

「『おねえさん』は少年少女の憧れだからね。寂しい時はそばにいてくれる」

「またテキトー!」


 人差し指ルンルン振りやがって! キサマが『おねえさん』構文を使う時はマジメに取り合っちゃいけないんだ!


「そもそもなんで授業参観のこと知ってんだよ! 話した覚えないぞ!」

「『おねえさん』に隠しごとできると思うな?」

「隠しごとと言わなくていいことは別だろ! イチコか!? イチコが教えたのか!?」

「アタシやない。新世界の神に誓って」

「普通の神に誓え! じゃあメロの差し金か!?」

『違うぞ』

「なんでいるんだよ!」

『イスカリオテのユダに誓って』

「じゃあオマエじゃねぇか!!」


 おねえさんの陰からヌルリと現れたメロ。どこに、いつからいたのか分からない。裏切り者探しにヒートした頭をおねえさんがポンポン叩く。


「落ち着きなさいケントくん」

「もう参観終わったぞ。ケントくんやめろ」

「やだ冷たい」


 頭から手を離した彼女は、また人差し指を立てる。


「二人とも無実だよ。私は男の子のお母さんに言われて来たんだもん」

「母さんに?」

「そそ。『さみしい思いさせるとかわいそうだから、もし予定が合ったら行ってあげて?』って」


 なんてことしてくれてんだ母さん! おかげでぼかぁ大変な目に遭ったぞ!


『優しい母親だな』

「ええ話やぁ」


 外野から見たらそうだろうよ! 『地獄への道は善意で舗装されている』ってな!

 怒ってはいるが、事情が事情だけに怒りきれない僕。そこへおねえさんはニッコリ笑いかける。


「そんなことより、せっかく男の子もがんばったんだしさ? ちょっと『お疲れさま会』で遊びに行かない?」


 この善意も地獄へ通じてないだろうな。

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