44.『おねえさん』と授業参観
「ほなおさらいするでー」
「うん」
「囮のガンがハヤブサに襲われて、そこに残雪が」
ここはイチコの家。彼女の部屋ではなく一階のお店フロア。夕方の時間は昼間から飲んでる老人がいなければ貸し切りだ。
アイス家は町中華『
屋号の由来は「中華屋といえば紅!」ってイメージ。あと愛する奥さん(つまりイチコのお母さん)がタヌキ顔だから。
それはさておき、数日後に迫る授業参観。恥をかかないよう国語の特訓を受けているところ。
最近は何事もなく平和に学校へ行けた。でも少し不安が残るからこうして復習しているわけで。いつ「以前にやったところで◯◯だったように〜」が発動するか分からないしね。
なんとしても晒し者は避けたいのだ。
だから割と集中している僕の隣で、
『で、
「そのネタ、千回擦られてるから」
容赦なく
「ガンは鳥なんやで」
『椋鳥なのか鳩なのかガンなのか、ハッキリしろ。カランビン野鳥園か』
「鳩くらいしかオーストラリアにいなさそうだな」
そんなメロだけど、割と物分かりはよかった。
いつかの雨の日、僕がおねえさんと和解した時。彼女はやっぱりどこか近くにいて、それはそれは身構えたらしい。
でも僕が自分から歩み寄ったのを見て、ギリギリまで見守ることに徹したんだとか。
そのあと「もうおねえさんは大丈夫だから避けない。今までどおりに戻る」と伝えたら、
『オマエがソレでいいなら、私もソレでいい。今までどおり見守るだけだな』
あっさり受け止めてくれた。
やっぱりオマエは星を越えた最高のトモダチだよ。
「まぁ焼き鳥重はええねんけど」
「よくないぞ。あまりにも失礼だろ」
『うな重の方が食べたい』
「オマエはマーボ食ってろ」
二人とも椋鳩十記念図書館まで土下座しに行ってこい。
話を逸らし放題しているとコンコンコンコン。イチコが不満そうに鉛筆でテーブルを叩く。もちろん町中華なので、回転するヤツではない。
「それよりや。ケンちゃんのお母さんは
即座に首を左右へ振ると、イチコは小さく「あー」。母さんだけ聞いてその態度、誰も父さんに期待していない。
にしても、どうやらイチコは僕以上に僕の親が来るか気にしているようだ。
「別に気まずくなることないぞ。慣れてるし」
そりゃ僕だって、まったく何も思わないではない。でもイチコがこうだと自分を気にしてられなくなる。
「それがよくないんよ!」
「うわっ」
『水がこぼれる』
今度は鉛筆じゃなくて手のひらがテーブルに。メロは右手でコップを押さえ左手でフタ。激辛に挑む彼女に取って文字どおり命の水。
「そうやって放っておかれるウチにすっかり心がマヒして! スレてるのが平常運転になってしもうて! 悲しきモンスターに!」
『またエラい言われようだな』
「イチコはスイッチ入ると誰にも止めらんないからな」
「キーッ!」
やけ食い気味にメロの麻婆豆腐を口へ運んだイチコ。
「あ゛ーっ! あ゛あ゛ーっ゛!!」
『一番上の辛さにしてもらってるぞ』
何か中和してくれるものを求めて厨房へと走り去っていく。スイッチ入るのはいいけど、途端に愚かな生き物になるなよな。
その背中を紙ナプキンひらひら振って見送ったメロは、ゆっくりこちらへ振り返る。その動きの間合いが「ちょっとマジメな話をしますよ」と予告している。
『ハバトケント』
「なんだよ」
『授業参観、よかったら私が行くぞ?』
「はぁ?」
何言ってんだコイツ?
いや、気遣いでうれしいことを言ってくれてるのは分かる。でも、
「いや、ムリだろ。鏡見ろ鏡」
『なんだと? 今は多様性の時代だ。地球人にあるまじきカラーリングでも大丈夫だ』
「そういう話じゃなくて」
『じゃあ耳も多様性』
「じゃあってなんだよ」
銀髪は百歩譲ってコスプレ好きでも、そのエルフ耳は多様性の範囲外なんだよ。異様性なんだよ。
『気にするな。どう見てもキョウダイじゃないなど、複雑な家庭事情と言えばいい。平均的日本人はこれで黙る』
「違うって! オマエみたいな明らか中学生ぐらいのが、平日の授業参観来れるワケないだろ!」
こんなの一発で『お嬢ちゃん学校は?』案件だ。
さすがに伸びる機能はないらしいエスパーク人。悔しそうに拳を握り締める。
『くそっ! 昼間っからジュニアアイドルに卑猥なイメージビデオ撮らせるのは許されるのに! 弟の授業参観に行くのは許されないのか!』
「またイヤな情報引っ張り出したな」
結局この日はメロを宥めるのに時間を取られ、おさらいにならなかった。
コイツ絶対遊びに来たいだけだもん。
あれから数日。授業も五時間目が始まろうという五分休み。クラス中がそわそわしはじめた。
そう、あと数分後には始まるんだ。恐怖の授業参観が!
言ってる間にも何人かの親御さんが廊下に姿を現す。
その姿を見て一喜一憂する級友諸君。
「ちぇっ」
「エッコのお母さん、やっぱりキレー!」
「そうでもないってぇ」
「おいアレ、誰のお母さん?」
「あっ、通り過ぎてった」
「なんだ。隣のクラスか」
みんなが騒ぐなか、後ろの席のジンタが肩を揺すってくる。
「なぁー、ケントんとこは誰か来んの?」
「オマエそれ分かってて聞いてるだろ」
「だからさぁ、今年来てくれたらオッズが激アツなんだよな」
「小学生がすることじゃないな!」
吠えると同時、マルモっちゃんが教室へ入ってきた。いつもより三割り増しのお化粧でお送りしています。
それに合わせて生徒たちも席につく。まだチャイムはなっていないけど、お行儀よい生徒感を演出したいのだ。
背筋を伸ばしてまっすぐ黒板を見据える。オマエら普段はそんなんじゃないだろ。
そのくせ親御さんが小さく
「イチコ〜」
なんて声かけて小さく手を振ると満面の笑みで振り返る。初手で食われる七匹の子ヤギだ。
にしても、まだ始まるまえだってのに結構な人数の親御さんがスタンバってる。いないのはほぼ、下の学年に弟妹がいる家庭くらいか? そんな詰め掛けなくても途中入室可なのに。
そのうえでピンポイントに僕の親は両方いないんだから。むしろレアケースだよ、まったく。
「ジンタ、しばらく節約しろよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ『来ない』のオッズは安いモンだし」
「オマエらなぁ」
もはや怒る気もしないまま、残り三十秒を切った時計の秒針を眺めていると、
ダカダカダカッ!! と廊下の奥から、まるで馬でも走ってるかのような音が。
思わず全員がそちらに目を向けると、音の主は僕らの教室の前で急ブレーキ。少し滑るのを、開けられた窓の枠をつかんで停止する。
そこから教室内へ思いっきり上半身を突っ込んで、
「男の……じゃなかった! ケントく〜ん! がんばって〜っ!♡!♡!」
揺れる両耳のキングとクイーン。
唖然とするしかなかった。
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