40.『おねえさん』と肩透かし
イチコはすぐに退院したけど、それからも数日学校を休んだ。僕がヤクザに拉致られた時と同じ措置だ。
ちなみに僕も休んだ。
そんなこんなで復帰登校日。気が付けば九月も過ぎようとしている。
おいおい。まだ新学期になって半分くらいしか行けてないぞ。どうなってんだ。
あまりの出席率から『人気子役』のあだ名を付けられはじめたある日。
担任のマルモっちゃんが終わりのホームルームで、多くの生徒には聞き捨てならない告知をした。
「はぁい、みんなプリント回ったかな? それ、必ずご両親に渡してね? 授業参観についてのお知らせだから」
瞬間、教室中がザワつきはじめる。
「えーっ!?」
「マジでぇ!?」
「やぁだぁ〜!!」
「うわぁ〜萎えるわぁ〜」
「はい静かに。なるべく今日中に渡すこと。早くしないとご両親の休み希望に間に合わなくなるから」
「来なくていいよぉ〜」
「帰りに捨ててやろ」
「こんなのに有給使わせるより、ディスニー連れてってほしいし」
それぞれいろんな拒絶反応を示すけど、見るまでもなく口元はニヤニヤしてる。一種の照れ隠しってヤツだ。単純に親が好きなのか、非日常感にワクワクなのかは知らないけど、本音はうれしいに決まってる。
ただ、みんなこの年くらいになるとなんとなく、オトナぶったりカッコつけで親離れのフリをする。案外オトナオトナうるさいのは僕だけじゃないんだ。
恥ずかしいから言わないだけで、本当は給食のカレーより盛り上がるイベントだ。
多くの生徒にとっては。
そうじゃない生徒は? って?
そうじゃない生徒は、
「別にスレてるワケじゃないよ」
「ホンマぁ?」
帰り道。イチコが上半身をほぼ直角に曲げて顔を覗き込んでくる。その体勢で電柱とかにぶつかったら、首の骨でもう90度だぞ。
「本当だよ。ただ、オレにはたいして関係ないんだよ」
「やっぱスレてるやん」
「違うって。危ないから前見ろよ」
「せやね。このまえ頭打ったとこやし。シャレならんわ」
今度はムダに背筋がよくなる。高校球児入場みたいな、大げさな手足の動き。
「変な動きするなよ」
「変やあらへんよぉ。由緒正しい歩き方や」
言ったそばから右手が電柱に激突する。
「あやぁ……」
「変な動きするから」
手を押さえたり息を吹きかけたりヒラヒラ振ったり。とにかく痛みをなんとかしようとしている。みんなやる動きだけど、実際科学的効果のほどは知らない。
「それより、関係ないってなんやの」
と思えば急に涼しい調子で聞いてくる。切り替えの早い性格もあるだろうけど、どうやら痛みが引いたらしい。
「母さんがまた介護で実家に帰ったからさ。しばらくいない」
「はんはんはんはん」
妙な調子で頷くイチコ。煽られてんじゃないだろうけど。
「父さんが参観に来たことなんて一度もないしな。だからオレには関係ないんだよ。せいぜい他の家の父さん母さんへの晒し者になるくらいで」
「なるほどなぁ。スレてるんやなくてスネてるんやね」
「スネてねーし!」
「はいはい」
コイツ! 心配してるのかと思えばそうでもないの、マジでイイ性格してるよな! マジで!
「それよりオレ、半分しか授業出てないからな。間違いなく内容についてけなくて、マジの晒しモンだよ!」
「ならへんならへん。みんな他人の子どもにキョーミない」
「残念ながら自分の子どもにゃ興味あるから、『あの子は間違えたけどウチの子はカンペキ!』ってダシにされるんだよ!」
「なんやそのイマドキ語尾に『ザマス』付けてそうなんは」
いつもは明後日の方向へぶっ飛んだ話をするクセに、僕が興奮気味だとノリが悪い。まぁ、二人してアッパッパーになるよりはいいのかもしれないけど。
にしても、よく「子供っぽいのはイヤなんやろ?」とか言うイチコ。オマエの方がスレてやしないか?
そんな彼女は一貫して冷静だった。
「まぁ言うて来月やし。そん時には勉強も追いつけるし、お母さんも帰ってるかもしれんやん」
その後、イチコと別れてから商店街へ向かった。おねえさんに会うために。
実はあの日おねえさんの胸の中で泣いて以来、一度も会っていなかった。
トラブルに巻き込むから誰かといない方がいい。そう思ってたのもある。
でもそんなこと言って結局家出もしないんじゃ、ただの自己嫌悪ヅラしてひたってるヤツだ。意味もないし、塞ぐ分だけ人を困らせる。
だからそんな現実は、少し見ないフリをした。
じゃあなんで会わなかったのかっていうと、普通に気恥ずかしくって。いくら僕が小学生で向こうはオトナだからって。青少年としてはそういう問題じゃない。
だから会わなかったんだけど、それはなんだかよくない気がした。
特に行く理由がないとかで空くならともかく、あんな話のあとで途絶えるのはダメだ。心配させる。悲しい思いをさせる。それこそ小学生とオトナでも、いいワガママと悪いワガママがある。
そんな気がした。
だから今、商店街に向かっているワケで。イチコと別れたのは、さすがに泣いた話をアイツの前で蒸し返されたくないからで。
何を話したらいいか。いや、特別なことは何も話さない。
ただそこにいてくれたおねえさんに。「いない方がいいのか」と泣いた僕がどこにもいなくならないよう、抱き締めてくれたおねえさんに。
日常的な話をするんだ。僕は日常の中に居続けるよ、って伝えるために。
『ヤツならいないぞ』
「なんだよ!」
ホントなんだよ! せっかく人が勇気を振り絞って、自分なりにおねえさんを気遣ったらコレだ! いや、『気遣ったんだから向こうも答えるべき』はエゴだけどさ!
でも残念ながら何度見ても、いつもの小窓にはメロしかいない。『ドロ・ペドロ』とかプリントされたTシャツで、相変わらずすっぽりした格好がお好き。それで狭いカウンターにパソコン置いて、堂々とゲームしてる。このまえは隠れてたクセに。
おい、マジメにやれよ。姿を現すなら店番としての使命を果たせよ。いや、それはそれで『見た目中学生がタバコ売ってる』アウトゾーンなのか? メンドくせぇな!
『ここのところ毎日そうだ。ずっと博士のところに通い詰めている』
「博士の?」
『うむ。用があるなら、そこに行けば会えるのではないか?』
メロは画面からチラリとも目を逸らさない。
「そっか。じゃあ行ってみるよ。ありがとう」
『お安いご用だ。なんだ!? スケルトンか!?』
キーボードに繋いだコントローラーをガチャガチャやりはじめるメロ。どうやら彼女は今、世界で一番忙しいらしい。
でも立ち去ろうとすると、意外にもさらなる情報をくれた。変わらず目線は画面のままだが。
『あぁそうだ。会いに行くのなら気を付けろよ。最近はずっと思い詰めた顔でな。時々オマエを拉致するとかなんとか呟いているからな』
「はぁ!?」
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