35.イチコと試合観戦

「ケンちゃん! ファイトや!」

「なんでいるんだよ」


 昨日、区民体育館にて。

 その日も当然のように父さんは来てなくて。でも代わりになぜか、道場の関係者でもないイチコがいた。


「ええやんか、応援しに来てあげたんやで?」

「頼んでないよ。それに道場の先生とか友だちがいるから、オマエを構ってる暇ないからな?」

「冷たい話や」

「何も考えずに来る方が悪い」


 頬を膨らませるイチコだけど、こればっかりは仕方ない。僕にだってコミュニティがある。あと、


「なんだーケントー! カノジョ呼んだのかー?」

「えっ? ハバトくん、カノジョ!? 初耳なんだけど!?」

「だーっ! 違うっ! そんなんじゃないよ!」


 こうなると思ったから、あまり構いたくなかったんだ。まったくどいつもこいつも、女子としゃべってるってだけですーぐコレだ。もっとオリジナリティ出せよ。


「じゃあな! 暇だったら帰っていいからな!」


 いや、我ながらわざわざ僕のために足を運んでくれたイチコに対して、ひどい態度ではあると思う。うつむいちゃってるし。でもなぁ。

 職場に恋人が押しかけてきて困るってトレンディドラマのネタ。気持ちが少し分かる気がした。


「まぁどうせすぐ負けると思うから! みんな勝ち残ってて一人だったら、なるべく話はするからさ!」


 精一杯のフォローをした僕に、イチコはニコリと笑ってくれた。機嫌なおったみたいだ。


「じゃあケンちゃんが入賞したら、アタシがなんか奢ったげるわ!」

「小学生にそんなの求めるかよ!」

「そう言わんと」


 そんなゆるい感じで試合に臨んだ僕だったが。






「すごいぞケント!」

「成長したねぇ」

「今日はまた一段と真っ直ぐの調子がいいね。次の試合も積極的に仕掛けて、自分で試合を作っていきなさい」


 いつもは二、三回戦で散ってる僕。

 それがなんか今回は、あれよあれよと勝ち進んで


「ケンちゃん! 次勝ったら準決勝やで!? 三位やで!? すごいやん!」


 気付けばそんなところまで来ていた。たしかに最近調子よくて、その日も全然悪くなかった。でもまさか、ここまで強くなってるなんて?


 まぁ、なんだ。落ち着いて試合ができてる自覚はある。相手が強そうでも、先に一本取られても冷静に頭が使えてる。

 最近宇宙人とか悪魔とか、とんでもない命の危機に晒されすぎた僕。悲しいかな。基準がバグって、じゃ動じなくなってしまってるのかも。

 それはさておき、僕だって日々苦しい稽古をしてるんだ。テンパらずに実力を出せれば、案外通用する?


「もうすぐ試合始まるね。思いっきり、行ってきなさい」

「はい!」


 自己分析できてることが一番冷静。今日の好調をそう結論づけて試合に向かった僕。

 しかしその試合で待っていたのは、そんな言葉で片付かない、バグった展開だった。






「ヤァァッ、ッターッ!!」

「メンあり!」


「あぁー」

「ケンちゃん!」


 その試合で僕は、これまた長身の相手に先制を許してしまった。

 あとコレは剣道あるあるだけど、剣道は打突の時、部位に応じてメーンとかコテーとか叫ぶ決まりがある。

 でもこれが経験者になってくると結構な人数、ヤーとかオァターとか全部同じので済ませるようになってくる。そしてそれが許されてる。不思議。

 まぁそれはどうでもいい。


「落ち着いて落ち着いてー!」

「まだ時間あるよー!」


 分かってる。言われなくても落ち着いてる。それに落ち着いてない人はそんなの言われても聞こえない。

 で、周囲の声が聞こえてるのは、いい時と悪い時がある。気が散るってことだ。


「始め!」


 二本目が始まると同時、相手はスーッと反時計回りに展開する。正面から向き合わないことで、僕が勝負に出れなくしてるんだろう。時間いっぱい逃げ切って一本勝ち狙いだ。

 でも逆に言えば相手が急に打ってくることもない。打つ気がないし、小学生の練度で横の動きから急に前へ跳ぶ足捌きはできないはずだ。

 これは僕にとってチャンスでもある。

 体格で負けてるってことはリーチで負けてるってことで。僕が仕掛けるには相手の間合いから、さらにもう一歩入らなければならない。その入りばなを一方的に打たれるってことが剣道には多いのだ。

 けど相手は今、そこをパッと捉えられる構えになってない。つまり、間合いを作るまでは安全ってことだ。守りに入ることは相手に攻撃の主導権を与えること。僕のターンだ。


「テェヤァッ!」

「メアッ、ターッ!」


 でもそれくらい向こうも心得てるらしい。僕が一歩詰めるところは狙えなくても、そこから打突に移る頃には準備が間に合う。コテを返してメンへ。カウンター主体で進める気だ。

 防御が間に合ったけどこれは非常に厄介。カウンターが来ること自体より、カウンターが頭にチラつくことが。

 そのせいでどうしても思いっきり勝負に行けない。手数も減って、時間ばかりが過ぎていく。


「ケンちゃん! 前ぇ!」

「あまり時間ないぞ!」

「勝負行け勝負!」


 さっきは落ち着けとか言ってたろ。こういう時は本当に周囲の声が聞こえてるマイナスがある。僕自身は落ち着いていたのに外野のせいで焦ってしまう。


「メアッタタターッ!」


 またもカウンターでメンを打つ相手。防ぐ僕を尻目に、一気に退がって間合いを作る。

 このままじゃラチが開かない! もしチャンスがあるとしたら、相手のカウンター準備が整ってないタイミングだけだ!


 そしてそれは、相手がカウンターを繰り出してから一息つくまでの今しかない!


 そう思った僕は退がる相手を追いかけて勝負に出る。

 でも当然相手も察知する。間合いが保たれてるうちに構え直しにかかる。


 ダメだ! 今跳ばないと間に合わない! 防がれてしまう!


 ここを逃したら相手の防御も固くなって、もう時間内に取り返すのは無理になるだろう。腹を括ってメンに出た僕だが、



 やっぱり焦りが出たんだ。

 明らかに僕のメンの飛距離じゃ届かない。半歩、いや、もう一歩分はガッツリ足りない。



「アアァッ!」


 後悔先に立たず。もっと行くべきところをガマンできなかった僕は、


「ワアアア!」

「ケンちゃーん!」


「メンあり!」



「え?」



 一本取り返して大歓声に包まれた。

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