36.イチコとお盆の成果
「メンあり! 勝負あり!」
そのあとはもう頭が追い付かなくてボーゼンジシツ。試合に身が入らなかった。
でも相手は相手で驚いたみたいで、僕以上に動揺してたから勝てた。
で、次の準決勝で万全の相手にボコボコにされた。
「ってことがあって!」
「へぇー、よかったじゃん。おめっとさん」
マニキュアが塗ってあるわけでもない爪を眺めるおねえさん。最初は抱き付こうとしてきたクセに、今は褒め方が完全に飽きてしまったヤツのソレ。僕の話が長すぎたか、ウザったい自慢話と取られたか。
とにかくマジメに聞いてほしい。売り場のカウンターを叩く。
「『よかったじゃん』じゃあるかいっ! 急に土壇場で、普段の倍の距離メンに跳んだんだぞ!? 絶対おかしいだろ!」
「でも現実はそうなったんでしょ?」
「なったけどさぁ!」
僕の驚愕がおねえさんにはイマイチ伝わらないらしい。興味なさそうにアクビをしている。
そりゃアンタみたいなバケモノにはお子さまレベルの話かもしれないけどさ!
おねえさんの態度はあくまで冷めてる。
「じゃあもう『これからはその潜在能力を引き出せるよう、もっと稽古がんばっていこうね☆』くらいしか、おねえさん言えないよ? さすがに『あのメンはキモチ悪かったからなかったことにして!』とか言われてもムリだし。過去とか跳べないし」
「そんなこた言わないけどさぁ」
なんだよ、もうちょっと取り合ってくれてもいいだろ。少年少女の憧れだろ。今の話の何がそんな気に食わなくて、渋ヅラして素っ気なくなるんだよ。いつもは不安に寄り添ってくれるのに。
「ケンちゃーん!」
僕とおねえさんが妙な空気感で向き合ってるところへ、聞き慣れた声が割って入る。
「イチコ」
「お待たせ。ほな行こか」
「おんやぁ〜? おデートですかな、若い二人〜?」
急に身を乗り出してくるおねえさん。ふん!
「デっ!? デート、かな、ケンちゃん?」
「じゃねぇよ」
「うっ」
「こら〜、そんなキツい言い方しないの」
「うるさいな」
そんなこと言われても、実際デートとかじゃない。イチコが「入賞したら〜」とか言ってたヤツだ。いらないって言ったけど引き下がらないから、コロッケでも奢ってもらって済ませよう。
「ほなおねえさん、そゆことで」
「はいはーい、また今度いらっしゃーい」
カウンターで手を振るおねえさんが遠ざかる。しかし方向はコロッケと真逆だ。ていうかまだ何も打ち合わせてないのに、イチコがズンズン先へ進む。
「おい、ちょっとイチコ! どこ行くんだ?」
「ちょっとな? 先に寄らしてほしいとこがあんねん」
「はぁ」
行って戻ってくるのも手間だし、先にコロッケじゃダメか?
イチコに連れられて商店街自体をあとに。街へ出て着いたのは
「お盆に親戚からもろたおこづかいな。お母さんから銀行に預けぇ預けぇ言われててな? 毎度『また今度』言うて忘れてもうてて。やから今日、ええ機会やし思て」
「そう」
銀行だった。結構大きいヤツで、カウンターも広ければ並んでる人も多い。
その辺のATMとか小さい支店とかないのか、とも思いはした。でもまぁ小学生のイチコからしたら、口座開設に行ったところ以外は避けたいんだろう。小学生に馴染みがないところへ行く勇気はない。
もちろんオマエが向かってるATMはデパートにあるのと変わらないけどな。
「逆に言うたら今のアタシは懐
「バカ言え。オレもオマエも子どもなのに、そんな変なモン頼まないよ。コロッケでいいし、そもそも奢ってくれなくていいし」
僕としては別に普通のリアクション。なのにイチコは、
「な、なんだよ、その顔」
「……アンタ
「どういう意味だよ! わっ」
急に顔をペタペタ触ってきた。慌てて払いのけたあともイチコは目を丸くしている。
「オレはオレに決まってるだろ! なんでそうなる!」
「なんや、自覚してやってるんやないん?」
「はぁ?」
イチコは穏やかに微笑んだ。
「いや。『子どもっぽい』とか、自分のこと『子ども』って言うの避けてたケンちゃんがなぁ。エラく素直に『オレもオマエも子ども』って」
「なっ」
まさかそんなところを見られてるとは思わなかった。なんだか急に恥ずかしく思えてくる。
顔が見れないないのか見せられないのか。それこそ子どもみたいにプイッと背けるしかなかった。
「そんなのはっ! た、たまたまだろ!」
「そうかな〜? でも最近オトナオトナ言わへんし、ムリして背伸びした空気感も出さへんくなってるような〜?」
「知るかよ! そんなの最初からイチコの勘違いだろ!」
「またまた〜」
イチコが僕を肘で突こうとしたその時だった。
思わず首を竦めてしまうほどウルサイ音が響く。
たまに窓に付いてる、プラスチックのすだれみたいなヤツ。アレが立てる音を何倍にも大きくしたような。
「きゃっ!?」
「なんだなんだ!?」
混乱して跳び付いてくるイチコを宥めていると、誰かが音の正体を突き止めたようだ。
「シャッターが閉まってるぞ!?」
「えっ?」
慌てて自動ドアの方へ目を向けると、窓までびっしり金属製の壁で覆われている。
「何? 何?」
「どういうこと?」
「ちょっと店員さん!?」
パニックを起こし、大声で右往左往するお客たち。
だが、
メジャーリーグのホームランバッターが木製バットで硬球ぶっ叩いたみたいな。
そんな乾いた音が響き渡る。
瞬間、僕ら含めてその場にいた全員が静まり返った。
ただ一人、その音が発生した点にいる、
天井へ拳銃を向けている若い男を除いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます