34.『おねえさん』とスポーツの秋
「残り一週間、本当にケガだけはしないように。以上」
「礼っ!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
日曜日の朝稽古が終わった。
大会が近いもんだから最近は内容がしんどくなっている。特にウチの先生は、技術より体力的な追い込みをやって調整していくタイプだしな。
体力は普段から積み重ねるものであって、直前じゃたいした上積みにならないと思うんだけどな。
それは技術もそうかもしれないけど。
「はぁ」
「どうしたの男の子。ユウウツそうな顔して」
その日の午後、タバコ屋の前。だんだん日中も涼しくなってきたこの頃。花粉の脅威を訴え出す人もいるなか、おねえさんは平気そうだ。
羽織ってるのはナイロンジャケット(いわゆる『シャカシャカ』)。その下に相変わらず『プロ
「ため息してると幸せ逃げるで」
右にいるのがおねえさんなら、左にいるのがイチコ。
立ち位置も対象なら、鼻声で目が充血してる花粉への敗北具合も真逆。辛そう。見てるだけで辛い。
「いや、もうすぐ区民大会があってさ」
『試合か』
いつもはおねえさんがいる売り場の小窓からメロの声がする。一応世を忍ぶ宇宙人としてか、通りからは姿が見えないように隠れている。このまえ普通に散歩してた気がするけど。
『どうしてそう気に病む。日々の苦しい練習より
「多い
「そうなんだけどさぁ」
そりゃ僕だって、ひたすら地道に体力を削って鍛えるよりは試合の方が楽しみがある。
でも、
「負けるとなぁ」
「負けたくないんや。男の子やねぇ」
いや、それもあるっちゃあるけど。
でもプライドの問題か『父さんがウルサイのがヤダ』か。イチコに説明するなら前者でいいや。メンドくさいし。
「そっかそっか、負けたくないのか。じゃあおねえさんが一つアドバイスをあげよう」
「いいよ、いらないよ。オレ人間。バケモノは参考にならない」
「失礼な。『おねえさん』だよ」
腰に手を当てムッとするバケモノ。まぁそこも問題の一つではあるけど。
「そもそもおねえさんは剣道できるの? 未経験者がアドバイスできる世界じゃないぞ?」
「大丈夫。
「誰だよ」
『あのページめちゃくちゃ短いぞ』
「なんで知ってるんだよ」
宇宙人が日本人も知らない日本人のWikiに目ぇ通してるとか、情報収集の次元じゃないぞ。
「ていうかスポーツ自体やってんの? 死人が出るから文化系なんじゃないの?」
「やってるよ? 商店街の草野球で『あはん♡』って三球三振しとけば、オジサマ方のアイドルになれる」
「ダメじゃん」
「エラーはしないのがポイントね。グダるとイライラがあざとさに勝るから」
「役に立たないアドバイスどうも! もういらないよ!」
「あーん、こっからなのに」
『“FLCL”みたいにやらないんだな』
それはよく知らないけど、メロが言うんだからどうせコアなヤツだ。
「ほなアタシからアドバイスしたげよか!」
イチコがグッと胸を張る。
「いらないよ。逆上がりもできないクセになんで得意げなんだよ」
「逆上がりと二重跳びはできんくても生きていけますーっ! あと側転と、跳び箱と、水泳と」
「もういいもういい」
マイナスを指折り数えるイチコ。またもや見てるこっちが辛くなる。そもそも僕はアドバイスがほしいなんて思ってない。
「ほなメロちゃんはなんかある?」
なのにコイツらは話を終わらせる様子がない。完全に人の悩みを話のタネにしてやがる!
『そうだな。エスパーク軍に伝わる、興味深い話をしてやろう』
「軍隊仕込み! スゴいやん!」
「待て待て待て。またスポーツ経験もないのが、テキトーぶち上げようとしてないだろうな?」
『安心しろ。入隊する以前、私はミレソソの国体に出場するような選手だった』
「なんだその謎の競技!」
『知りたいか?』
「まったく!」
いらないってんのに、結局イチコの好奇心でルールを聞かされることになった。
内容はざっくりまとめると、馬みたいな生き物に乗って「攻める」「守る」「逃げる」の三陣営で行う射撃競技だった。
あとメロの『エスパーク軍に伝わる話』は、ネットで調べたらまったく同じ話がアメリカ空軍にもあった。爆撃機の生存バイアスがどうとかで、早い話、剣道にゃなんの役にも立たない。
はずだったのだが。
「ケントくん、最近動きがよくなったよね」
「えっ?」
試合前最後の稽古。休憩中に高校生の先輩が褒めてくれた。
「本当ですか?」
「うん。ここぞ! って時の打突が伸びてくるようになった」
「そうですか、ありがとうございます」
正直少し自覚はあった。といっても、「なんか最近、細かいこと考えないで思いっきり飛び込んだメンとか決まるなぁ。これが先生たちの言う『捨て切った一本』『無心の一本』ってヤツか?」ってくらいのものだけど。
改めて振り返ると、我ながら自分の剣道の捉え方がふわっとしすぎ。日頃の反省が足りない。
それが顔に出てたのか、
「たしかに最近勢いのある打突が見えるようになったけど、まだまだ形が悪い。身体能力で振り回すんじゃなくて、美しく正しい体の使い方を覚えなさい」
「はい!」
道場で一番おじいちゃんの先生に鋭いお言葉をもらった。
その時はまぁ、「キレイでカッコいい剣道できるようになりたいな」「でもとりあえず今は、こういう技が出れば『またコテに上から乗られて打たれる』とかはなくなるかもな。父さんのお小言回避できるかもな」くらいにしか思ってなかった。
だけど。
試合があった翌日。僕はタバコ屋へ猛ダッシュ。
「お、お、お、おねえさん!」
「ど、ど、ど、どうしたの男の子」
「リズミカルに返すな!」
自分の爪見てるおねえさん。明らかに興味なさそう。
どうせ負けると思ってたのか知らないけど! たしかにたいした話じゃないんだけど!
僕としてはどうしても聞いてほしいことがあるんだ!
「昨日の大会、五年生の部三位に入ったんだけど!」
「おぉー! ホント!? いやーおめでと! アドバイスしてみるもんだね! おいで、いい子いい子してあげる!」
「いらないよ! ていうかアンタは何もアドバイスしてないだろ!」
売り台から両手を広げて乗り出すおねえさん。僕は迫りくるTシャツの『ちびマルコシアスちゃん』から逃れつつ、一番の重要ポイントを切り出した。
「それより、とんでもない試合があったんだよ!」
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