32.『おねえさん』とこのまえのアイツ

 気がつけば外はすっかり暗い。残暑でも日は確実に短くなっていってる。見回りの先生とかに見つかるまえに、さっさと学校をあとにしよう。火傷まみれの銀髪宇宙人とか説明できたもんじゃないしな。

 ホント戦闘中に誰も来なくてよかった。小学校だから多少騒いでも「子どもだし」って気にされなかったか。もしくは教室で作動した火災報知器に目が行って入れ違ったか。

 メタルギアソリッドみたいな気分で靴箱へ。こっそり靴を履き替えていると、


『おい、ハバトケント。誰か来るぞ』

「えっ!? ここに来て!?」


 焦る僕を尻目に、メロは小さく頭からマントを被った。すると見る見るうちに姿が消える。透明というより周りの風景を反射してって感じだから、微妙に違和感は残るけど。穴も開いてるし。

 ていうかそういう機能があるなら言ってくれよ。コソコソする必要なかったじゃんかよ。

 メロに気を取られてるうちに廊下の先から現れたのは、


「あら、ケントくん。よかった、まだ残ってたのね」

「先生」


 担任のマルモっちゃん。トレードマークも丸メガネだけど、顔はシュッとした若い先生。


「今から帰るところ?」

「はい」

「気をつけてね? お母さんから『また初日から息子の帰りが遅い!』って電話あったんだから」

「あ、はぁ」


 そうだよな。何も連絡してないのに暗くなっちゃってるしな。最近トラブルも多いし。

 いや、なんで最近こんなにトラブル多いんだよ。マジで。


「あんまり心配させちゃダメよ?」

「はい」

「じゃあまた明日。さようなら」

「さようなら」


 あまり長々説教はせず、マルモっちゃんは職員室へ戻っていった。たぶんまず靴箱を見て、僕が学校に残ってるかだけ確認しようとしたんだろうな。で、無事本体が見つかったからOK、と。こんな時間までご苦労さま。

 最近話題の教師ブラック労働に思いを馳せながら、僕はメロと校門へ向かった。



「あ、そうだケントくん! 教室が大変なことになってたんだけど! 窓ガラスとか!」



 走って逃げた。






 女子たちを先に逃がしてから。僕にすれば長い時間だったけど、実際はそうでもないらしい。校門ではいまだにイチコとチームエッコが立ちすくんでいた。


「ケンちゃぁぁぁん!!」


 僕を見るなりイチコが駆け寄ってくる。


「無事!? 大丈夫!? 乗っ取られたりしてへん!?」

「オレ大丈夫だよ」


 その言葉で全員の視線がメロに集まる。涼しい顔をしているメロだが、僕らは互いに頷き合うと一列に並んだ。


「「「「「「ありがとうございました」」」」」」


 予想していなかったのか。メロは少しだけ驚いた顔をすると、軽く目線を逸らした。


『もうコックるなよ』


 表情筋はやや死んでるけど声は優しくて

 照れくさそうだった。






 次の日の学校終わり。僕はまっすぐ博士の家へ向かった。今日は母さんにも「トモダチの家に寄る」と言ってあるし、心配されることはないと思う。たぶん。


「別にイチコはついてこなくていいんだぞ?」

「そうはいかへん。アタシお目付け役やもん」

「誰に言われたんだよ。母さんが頼んだのか?」

「自主」

「間に合ってます」


 とは言うけど。博士の家に向かう目的にイチコも関係あると言えば、ないこともない。ないと言えばないんだけど。


「まぁ、イチコも一応いた方が、いいのかも、な」

「なんやぁ、話分かるや〜ん!」


 少し優しくしてやるとすぐ調子に乗って僕のランドセルを叩く。やっぱり帰らせたくなってきた。


「真剣な話なんだからな! あんまりウルサくするなよ!?」

「分かった分かった」

「じゃあ来るなら勝手に来い」

「あ、そのまえにコロッケ食べに行かへん?」

「やっぱりオマエ帰れ!」






 メロが破壊したせいで、天井までトタンの波板になってしまった博士のラボ。ドアが外れない程度にノックをする。

 遺伝子工学よりインターホン付ける工事の方が先じゃないだろうか。


「うわっ。博士、こないなとこ住んではんの? 戦後のバラックみたいな」

「失礼だぞ。完全に同意だけど」

「こんなんラクガキされたら刃牙の家なるで」

「エラくマンガ読んでんだな」

「パパのヤツがあってな」


 雑談しているうちに誰かが来る足音。狭い家だからすぐだよな。

 引き戸を「壊れそう」とかお構いなしの勢いで開け放ったのは、


「おっ。モイ、少年少女」

「おねえさん!」

「どうして博士んとこに?」


『“好きピ”ってスキピオのことだと思ってた』とかプリントされたTシャツに赤いジャージ。どこで仕入れたのか、復活した耳飾りが異様に浮いている。

 ザ・部屋着って格好で、なんでわざわざ着けてんだよ。

 にしても、昨日メロから用事で行ってると聞いてたけど、今日もいるとは。

 おねえさんが顔の前で両手を合わせる。


「昨日はゴメンね? 取り込み中で助けにいってあげられなくて」

「あ、あぁー。いいよ、気にしないで。おねえさんは悪くないよ」

「誰かて事情とか予定とかあるんやし。いつもいつもなんて、そない求めてへんよ」

「ありがと〜! 優しい子たち〜!!」


 僕らを抱き寄せ頭をワシャワシャ撫でるおねえさん。何がとは言わないが圧がすごい! 息ができない! というかしてはいけない!

 その、なんだ! 健全な男子にはご遠慮願いたいな!


「ま、上がって上がって」

「お邪魔しまーす」

「お、お邪魔しますぅ」


 なんとか窒息するまえに解放してもらえた。

 僕は一度来てるから平気だけど、ヒョウブハウスデビューのイチコは。気持ちは分かる。


「にしても男の子、また悪魔に拐われかけたんだって〜?」


 先導するおねえさんがニヤニヤしながらこちらを振り返る。人の一大事に対する態度としても大概だが、それより聞き逃せないのは


「また?」


 あんなヤギ頭、顔見知りだった覚えはないぞ? アレを一度見て忘れられるほど僕の脳年齢はフケてない、はず。

 でもおねえさんはニヤニヤ、首をメトロノームみたいに左右へ倒す。


「そうだよ、『また』。沖縄で一度あってるでしょ?」

「沖縄?」


 沖縄で遭遇したトラブルと言えば、


「あ! あのタコ!?」

「そう、タコ」

「タコがどないしたん?」


 イチコはやっぱり見えてなかったようで、キョトンとしている。


「アレも悪魔なの!?」

「そうだよ〜。いわゆるクラーケンのたぐいだろうね。だから言ったでしょ。『海外じゃデビルフィッシュ』って」

「モノの例えじゃなかったのかよ!」


 正直予想だにしなかったけど、たしかにアレも普通のタコじゃありえないしな。そっちの方がまだ現実味あるかも。悪魔の現実味ってなんだ。

 そして何より、


 

 あとは博士に直接聞くだけだ。

 おねえさんにも。

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