31.宇宙人とキス
『どうだ?』
メロがドヤ顔を向けてくる。きっと湿っぽいのはイヤなフラグと思ったんだろう。
「響かないな。悪魔をさんざんモンキー呼ばわりした差別主義者の言葉じゃ」
『小学生のクセに手厳しいな』
彼女は笑って手招きをする。
『こっちに来い。もうキサマが逃げる時間は残っていないからな。人の決意をムダにしやがって』
「あー、まぁ、な」
『そもそもヤツの狙いはキサマだ。真っ先に逃げるべき立場だろうが。女子だけ逃して残るとか阿呆か。そうまでしてモテたいのか。脳みそオールウェイズ18禁か』
「悪かったって」
『こうなったからには、意地でも離れるなよ』
「分かった」
メロがマントを広げるから一緒に
『ハバトケント。こっちを向け』
「なんだよ」
急に顔が近付いてきたかと思うと、
「んんっ!?」
熱い舌が僕の口の中に。
「んっ!? んんっ!? んーっ!!」
『ふう』
平然と顔を離すメロ。なんだ急に!?
「な、な、何すんだよっ! さっきは友情とか言ってたのに、オマエ!!」
『そう拭うな。傷付くだろ』
全然傷付いてなさそうではある。でも僕からすればそれどころじゃない!
「段階ってもんがあるだろ!」
『正しく段階を踏んだろうが。友情の口付けだ』
「欧米の人もディープなのはしないだろ!」
『はぁ? オーベー? 今のはエスパーク式だ。地球人で言うところの握手みたいなもんだ』
「友人でコレじゃ、恋人同士だとどうなるんだよ!」
『知りたいか?』
『知りたいか?』
「や、遠慮しときます……」
だとしてもオマエは地球に対する知識(妙に偏ってはいる)を持ってるだろ。その辺の常識はすり合わせてくれよ。
なんか僕だけ気まずくなるから、話題を変えてしまおう。
「にしても熱いな! マントの中サウナみたいになってるぞ!」
『あれだけ炎を受け止めたからな。すぐには冷めないに決まっ、て』
急に言葉が途切れだすメロ。少し目線を下げて、アゴに手を当てる。
「どうかしたのか?」
顔を覗き込むと、彼女は少しニヤリとしていた。
『そういえば、キスという行為は脳を刺激し活性化させるという研究があるそうだな』
「なんの話だよ」
『でかしたぞハバトケント。なんとかなるかもしれない』
僕の頭をワシャワシャと雑に撫でるしなやかな指。
それを払いのけつつ「どうやって」と聞くまえに、
『それは興味深いなぁ? 期待大であるぞ?』
少し間隔の大きい癪に触る拍手とともに、階段からヤギ頭が降りてきた。
『来たか』
『とっくにな。だがあまりにも泣ける芝居だったのでな。思わず聞き入ってしまったぞ? お熱いことで』
ヤツの歩みが止まって、ついに僕らは真正面で向かい合う。
『が、もういいかね?』
『せっかちなヤツだな。さてはキサマ、映画館でエンドロール中に帰るタイプだろう』
メロの軽口に紫の炎が漏れる、パブロフのヤギ。
『そうだな。たまにエンドロールのあとで小ネタをする映画もあるが』
口を開くというよりは、火球が大きくなるにつれて押し広げられる感じ。
『キサマらに「あと」はないからな!!』
視界を陽炎で歪ませる塊が放たれると同時、メロもマントを広げて駆け出す。
火球とすれ違いざま、
『ふっ!』
メロは今までのように打ち返さず、その場でくるりと回転し炎を包み込む。
賭けだ! 水風船みたいになったマントじゃ今までみたいな防御は難しい。
決着を付ける気だ!
そのまま砲丸投げみたいに回転しながら飛び上がるメロ。天井スレスレまで来ると重力に従って、
上からマントを炎ごと、ヤギの顔面に被せる。
同時に彼女自身はヤギ頭の背後へすり抜け、相手の後頭部あたりでマント提灯の首を握る。相手の顔を完全に密閉してしまった形だ。
「や、やった、のか!?」
『フハハハハハ!!』
マントの中でくぐもる、ヤギ頭の高笑いが響く。身長差のせいでぶら下がっているメロが揺れる。
『忘れたかバカめ! 言ったろう! 「魔族は自らの魔力で生み出したものに焼かれはしない」と!』
そうなんだ。今までさんざん顔面へ弾き返したのに、まったく効いていなかった。それを包み込むやり方にしたからって、変わったりするワケないんだ。
『キスがどうだとかほざいて得意げだったが、トんだ拍子抜けだな! 血迷いおって!
「メロ!」
もう打てる手はないのか!? すがるような声を出すことしかできない。
しかし、
『おいおい』
聞こえてきたメロの声は落ち着いていた。
『あまり褒めるなよ。ヤギより賢い生き物だなんて』
『ふん』
ヤギ頭は鼻で笑う。
『キサマの大口も聞き飽きた。最初からそうだ。ご大層な口上で登場しておきながら、我にまったく歯が立たず満身創痍ではないか』
調子よく大袈裟な身振り手振りをする悪魔だったが、
『いい加減、恥というものを、知ったら、どう、だ……?』
急に苦しげに、息切れを起こしはじめた。
『な、なんだ……?』
『ようやくか』
対照的に、機嫌のよさそうな声が聞こえてくる。
『キサマ! 何を、何をした!』
『私は何もしていないぞ』
そうは言いつつ、よりマントをキツく締めるメロ。
『全部キサマの炎の仕業だ』
『バカなっ! 魔族は、自らのっ!』
『忘れたかバカめ。それはさっき聞いたぞ』
ヤギ頭が膝をつく。メロの足も床につく。彼女はいたぶるようにマントを引っ張る。
『うぐっ』
『たしかに自身の炎では燃えるまい。が』
悪魔の鋭利な爪も、狙撃ライフルすら防ぐ布には傷一つ付けられない。
『周りの空気はそうではあるまい』
『なっ』
『こうして密閉されたら、それはもうサウナのような気温だろうなぁ? 地獄だろうなぁ、おい?』
メロの歌うような調子に対して、悪魔は辞世の短歌みたいに苦しげ。
『地獄だと!? 文字どおり、地獄の炎から生まれた、我が、この程度で!』
『そうとも。蒸し風呂なんてのはオマケだ。さっきも言っただろう? 「周りの空気には影響する」と』
『それがっ、どうしたっ!』
『そう怒鳴るなよ』
さらにマントが引っ張られ、ヤギの頭が無理矢理上を向かされる。
『ますます酸素が消費されるぞ?』
『まさか!?』
『そう、まさかだよ』
どうやらマントで首も絞まっているようだ。より悪魔の声が苦しげになる。
『マントで包んだ程度の酸素、すぐにも燃やし尽くしてしまうだろうな。キサマがベラベラ勝ち誇ってくれたのも、ずいぶん助かったぞ?』
『バカなぁっ!!』
背中側のメロを、マントをなんとかしようともがくヤギ頭。しかしハンパに人型をしているせいか、腕が回らないしうまく狙えない。
適当に繰り出した引っ掻きをジャンプでかわされると、そのまま自分の背中に突き刺さる。
『ぐああぁっ! 魔力由来の火だぞ!? 酸素を食って燃えているわけではっ!』
『オイルライターの火もオイルで着火するが酸素を燃焼させるぞ? そんなことも知らんのか』
煽りももう聞こえてないみたいだ。ぐったり仰向けに、メロの体に寄りかかりながらうわごとみたいにうめくばかり。
『バカなっ……、このオレが……、悪魔が窒息などとっ……』
『だから言っただろう。悪魔だなんだといっても、所詮
メロは相手の首が乗った肩を台代わりに、トドメのようにマントを引く。
『
すぐに悪魔は動かなくなって、砂みたいに崩れて消えていった。
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