30.宇宙人と地球人
メロはヤギ頭を見据えたままスラスラ作戦をささやく。
さすが、さすが特殊部隊だ。正直心が折れかかっていた僕とは違う。こんな時でも冷静に頭を働かせて、なんとか活路を見出そうとしている。
『よし、いいな?』
『さっきから何をコソコソと話している? 死ぬまえの「あなたと会えてよかった」的なアレかね? 我としても、そろそろお開きにしたいのだが』
作戦会議中攻撃が飛んでこなかったのは手加減だろうか、と思ったが違った。
アイツ、本当にお開きにするつもりだ。さっきまでの倍は大きい炎の塊を練り上げてやがった。
それでもメロは一歩も引かない。
『なんだ、聞こえてなかったのか? 悪魔のクセに地獄耳でないとは、キサマ実はモグリか?』
今度はしっかり挑発を返す。しかし悪魔からのラリーは返ってこない。ただ、
『死ね』
短く呟くと、特大の火球が放たれる。
『おおおっ!!』
少しでも僕らが巻き添えにならないよう一歩前に出て、力いっぱいマントを振り抜くメロ。
『くああっ!』
「メロっ!!」
また綻びからか、単純なサイズの問題か。どこかしらを焼かれるような声を上げながら、
『だっ!!』
なんとかそれを天井に弾き返す。
と、
『な、なんだ!?』
突然鳴り響くうるさい音に、思わずヤギ頭も周囲を見回す。
メロが天井を狙って火球を跳ね返したことで、火災報知器の熱探知が作動したのだ。
『今だっ!』
その一瞬の隙。メロの号令で僕らは一斉に廊下へ駆け出した。
『何っ!? 待てっ!』
慌てて炎を飛ばしてくるヤギ頭だったが、さすがに急拵えの小さい塊。難なくメロに打ち返される。
それもご丁寧に顔面へ。
「はぁ、はぁっ!」
うまく教室を脱出することはできたけど、あれじゃたいした時間稼ぎにはならない。全力疾走で階段を駆け降りるけれど、子どもの速さじゃすぐ追いつかれるだろう。
かと言って職員室に逃げ込んでも、巻き込まれる人が増えるだけでどうしようもないだろうし。
「そういえば、どうしておねえさんは来ないんだろう? いつもこういう時は助けにきてくれるのに」
いや、来る方が異常なんだけど。いつも助けられてるとつい、そう思ってしまう。
軍人だから僕らより足は速いだろうに、あえて最後尾を走ってくれるメロの声がする。
『今朝も言ったが“終日営業休止”だ。ヒョウブのところへ行くと言っていた』
「そうだった!」
悪い
『ハッハッハッ! どこへ行こうというのかね!』
「くそっ! もう来たのか!」
振り返っても姿は見えないが、曲がり角の向こうからしっかり声が届いてくる。メロが一気に階段に差し掛かった僕の隣まで駆け寄ってきた。
『この先で防火扉を閉めるぞ。手伝え』
「防火扉? そんなんで防げるのか!?」
『知らん』
彼女はあっさり答えると、そのまま女子たちを防火扉と関係ない方へ行かせてしまう。
『が、陽動にはなる。ヤツもいい確率で我々が扉の向こうへ逃げたと判断するだろう。こちらを魔力によるナンラカで捕捉していない前提だが』
「なるほど!」
となればヤギ頭が追いつくまえに作業を終わらせよう。急いで扉を、ワザと大きな音を立てて閉める。あとは急いでイチコたちを追いかけ
ようとしたところで、メロは扉の前で立ち止まった。
「どうしたんだ! 早く来いよ!」
しかし彼女は首を振る。
『私も陽動に徹しよう。ここに立ち塞がればヤツも勘違いしやすい』
「ま、待てよ! 太刀打ちできないから逃げてるんだろ!? 残ったらマズいだろ!」
『そうだな』
「アイツの狙いはオレだからって、オマエを見逃してくれるようなヤツじゃないぞ!?」
『そうだな。いいから早く逃げろ』
メロは淡白に答え、じっと階段の方を睨んでいる。
悪魔の姿は見えない。けどホラー映画気取りか。ワザとカツコツ大きな足音を立て、走ることなく迫っている。
『時間がないぞ。行け』
マントを握り締める火傷だらけの手。さすがに僕もたまらなくなる。
「どうして助けてくれるんだ!? オレたちなんかのために、命まで張って!」
メロはようやく、ゆっくりこっちへ顔を向けた。
『分からないのか』
「分からないよ! 宇宙文明の考え方じゃ常識か!?」
『はぁ。ガキめ』
呆れたように首が振られ、美しい銀糸が揺れる。
「なんだと!?」
『いいか、よく聞け』
慈しむような、優しい目が細められる。
『君と初めて邂逅した日。私は君を誘拐し、危険な目にも遭わせた。だというのに君は……
肩をすくめ、おどけた表情をするメロ。しかしすぐ態度がまじめな雰囲気になる。
『だがな、思えば単純なことだった。目の前の「人間」が難儀していれば、なんとかしてやりたいと思うのが人情だ。それは我々エスパークの社会でも、ごくごく一般的で取沙汰するほど珍奇でもない感情だ。君はただ、その単純な感情を素直に発露させただけなのだ。地球人だからエスパーク人だからと、実体のない壁を造らず、な』
視線が僕から階段の方へ向けられる。警戒に戻ったような、照れ隠しで逸らしたような。
『それを理解し受け取った時、私にもエスパークだ地球だは存在しなくなった。その喜びとうれしさ、感謝に星はなかった』
尖った耳が赤い。きっと、きっと夕方になったせいだろう。そうしておくのがエチケットだ。
『だから今は、私もその恩義に報いたい。うれしかった分だけ君を助けたい。この感情はエスパーク人でも地球人でもない、「人」として極めて自然なものだとは思わないか?』
数回確かめるように頷いた彼女は、もう一度視線を僕に戻す。純粋さの象徴みたいな銀の瞳が、僕の胸を貫いた。
『だから、だからなハバトケント。私たちの友情に、「宇宙人の考え」などと言ってくれるな』
いや、やっぱりさっきのは西日に染まったせいじゃないな。
彼女の笑顔は太陽より美しい。
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