29.宇宙人とジリジリした攻防
文字どおりの安い挑発。悪魔の口の端から炎が絶え間なく揺れる。
だけどもそのまま乗るのはプライドの問題か。ヤギ頭はもう一拍間合いを入れる。
『しかしエスパーク人よ、なぜ邪魔立てする? オマエたちも人類に戦争を仕掛けたサイドではないか。「敵の敵は味方」と言うだろう?』
オマエたち『も』? ってことは、悪魔連中も何か、僕の知らないところで人類と戦争したっていうのか?
そういえばアイツ、途中“条約”とか言ってたような。父さんが見もせずに垂れ流してたBSのドキュメンタリー。条約って言葉は大体、戦争関連で登場することをなんとなく覚えている。
僕の困惑をよそに、メロは違う戦争の話を持ち出す。
『地球に生息する知的生命体のくせに地球史を知らないのか? 「三国志」読んだか? アレは知れば知るほど、「敵の敵は最悪のタイミングで裏切る敵」と教えてくれるぞ。そんなモノはいらん』
『そうか、では』
悪魔の、全身を覆った毛が逆立つ。
『交渉決裂だな!!』
バスケットボールみたいな火の塊が、まっすぐこちらへ飛んでくる。
「きゃあああ!」
イチコかエッコか。いちいち判断してられない誰かの悲鳴が上がる。一方メロは一度肩にかけたマントを引き剥がし、闘牛士みたいに広げ、
『ふっ!』
ドラえもんの『ひらりマント』みたいに、そっくりそのまま跳ね返す。
『ぬおっ』
小さい驚きが聞こえたかと思うと
ヤギの鼻先に火球が直撃し、爆音とともに紫がぶちまけられる。ちぎれて小さくなった炎が飛び散り、机や椅子の木製部分に焦げ跡を作る。
今度はマントをカーテンのようにして炎の切れ端を防ぐメロ。
「今のは効いたんじゃないのか!?」
「ほ、ホンマ!?」
『火は無差別に熱を振り撒き周囲を炙る。たまに火炎放射器を使う程度の兵科ならばともかく、ヤツは普段使いのプロフェッショナルだ。対策していないと思わないことだ』
メロが低い声で呟くや否や、
『クックックックックッ』
「ひっ!?」
僕やイチコの期待虚しく、残り火の向こうから余裕そうな笑いが聞こえる。メロの表情が変化しないのは予想済みなんだろう。
『おもしろい装備だな。そしておもしろい攻撃を考える。だが』
炎が消え去ると、その向こうには平気そうなヤギ頭が。黒ヤギだから煤まみれとか焦げてるとか分からないけど、毛並みに変わった様子はない。
『魔族は自らの魔力で生み出したものに焼かれはしない』
『当たりまえだな。口から吐くのにそうでなければ、トんだ茶番だろうよ』
返事するメロは律儀というより、得意げな相手に少しでも水を差す感じがする。
剣道と一緒だ。向こうの気合いに黙ってしまうと気持ちの優位を取られる、気がする。それと同じことなんだろう。
と、
「茶番でもなんでもいいから、早くなんとかしてよ!」
「助けて!」
エッコたちがメロの腕に縋り付く。
『こ、こら! やめろ! 手元が狂うだろう!』
何よりそっちに気を取られた隙に、
『
ヤギ頭が二発目の火球を飛ばしてくる。
「嫌あぁ!」
「ママぁ!」
『くそっ!』
メロはエッコたちを振り払おうともがきながら、
『ケント! 布の下を引っ張れ!』
「わ、分かった!」
必死の声に、僕も反射的に手を伸ばす。
ピン、と張った布はそのまま火球を受けて軽く沈む。そこからトランポリンみたいに跳ね返って、あらぬ方向へ弾き返した。
なんとか間に合ったらしい。代わりに廊下側の窓ガラスが一枚、飴細工みたいになってしまった。
『ククク、しぶといではないか』
でもヤギ頭の態度。間に合うように放ったワケじゃないが、今ので仕留める気でもなかったらしい。いたぶって遊んでいる感じだ。
『しかし、その助けようとしているガキどものせいで丸焦げになろうモノなら。クク、見た目以上にザマァない死体だぞ?』
『たしかにな。キサマと見分ける方法が顔の長さだけなのはザマァないな』
『……「ここで引き下がるなら見逃してやる」と言おうと思ったのだがな!』
ヤツの口の中に次の火球が生み出される。
「どうするんだ!? このまま弾き返してばっかりでも、どうにもならないぞ!?」
『と言ってもな。本来これは防弾ジャケットであって、能動的な攻撃を想定していない。他の手段があるわけでもない』
「そんな!」
メロは小さく首を振る。案もないのに聞いてどうこう言えないけど、改めて考えると絶望的な状況かも。
「そ、そうだ! そのマント! 他の手段だ! 何か他の武器はないのか!? オレを吸い上げたバキュームみたいなさ! なんかそのマント、ポケットにいろいろ入るんだろ!?」
『そんなものは撃墜された時に全部パーだ』
「マジかよ……」
これ以上は何も聞かない方がいい気がしてきた。心の折れる材料が増えていくだけだ。もう聞けること自体そんな残ってもいないけど。
「ねぇ! よく分かんないけど大丈夫じゃないの!? もうダメなの!?」
エッコがまたメロの腕を引く。そこを狙ったわけではないだろうけど、
『くたばれ!』
またも火球が飛んでくる。何度目かの作業、それを相手の胸板へ打ち返すメロだが、
『くっ!?』
「どうしたっ!?」
急にうめきながら左手を押さえた。指の隙間から、真っ赤に焼けた皮膚が見える。
「うわっ! な、なんで!? ちゃんと跳ね返したはずじゃ!?」
『これもこのまえ撃墜された時に少しボロくなってしまったろう。布だからな。アレで綻びができているのだ。そこから火が漏れたらしい』
「それってだいぶマズいんじゃ?」
輪をかけて嫌な状況。悪魔はますます調子づく。
『おやおやおやぁ? どうしたのかね? ご自慢の防御も限界が見えてきたのかね? 万事休すかね?』
癪な煽りに言い返してきたメロだが、今回は何も返さない。言葉が出ないというよりは、
「怖いよぉぉぉ!」
「助けてぇぇ!」
「ケンちゃぁん!!」
もう繰り返しになっている悲鳴で、タイミングを失ったという方が正しい。から元気か苦笑いか、汗を流しつつメロが笑う。
『ケント。たしかにこれでは足を引っ張られるかもしれないな。主に「うるさくて集中できない」という意味で』
「ま、まぁ」
『だからまずは、お姫さま方を安全なところへエスコートしようじゃないか』
「ど、どうやって?」
『全員少し耳を貸せ』
「死にたくないぃぃ!」
『死にたくなければ耳を貸せ! いいか? 私の言うとおりにしろ。まず、次に……』
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