28.ヤギ頭と小娘ども

 途中から聞こえたは、明らかにエッコのものじゃなかった。

 さっきの僕とは比べものにならないほど。

 低い低い、和太鼓みたいに腹の底に響く声が。



 いつの間にか紫の光を滲ませる、十円玉から聞こえてくる。



 瞬間、


「うわっ!」

「なんや!?」

「眩しっ!」

「「「きゃあああ!!」」」



 十円玉はライブの演出みたいな光を何本も放ち、



 中から腕を組んだ大柄な、ヤギみたいな頭の男が現れた。



「わあああああ!!」

「きゃああああ!!??」

「何コイツ!? 何コイツっ!?」

「嫌あああぁぁ!?」


 上へスライドして登場するヤギ頭。全身毛むくじゃらだけど、ムキムキのシルエットは頭を除いて人間の形をしている。


『そうだな。今更ながら、名乗っておこうか』


 ついに全身が出たソイツはテーブルへ一歩踏み出した。カツッと高い音が鳴る。くらいまでは人型っぽいが、足先はひづめになっているからか。



『我が名はプエボロ。誇り高き悪魔族の戦士であり、コックリではない』



「あ、悪魔?」


 何言ってるんだ? と言いたいけど。たしかにこれが人間だと言われるくらいなら悪魔か。


「きゃあああ!!」

「ヒイイィぃ!!」


 周りじゃ女子たちが悲鳴を上げつつも逃げない。しゃがみ込んだり、尻餅をついたり。あまりのことで動けないんだろう。僕だってそうだ。違いは立っているかいないかでしかない。

 そもそも屋外に面している窓側に寄ってしまっている。廊下へ出るにはヤツの隣を通らないといけない。動けてもそう簡単に逃がしてもらえるとは思えないな。

 僕らが身動きを取れないなか、ただ一人悠々と歩み寄ってくる、プイ、プ

 こんな状況で名前なんか覚えられるか!


『そういうことだ小僧。我と一緒に魔界へ来てもらおう』

「なっ!?」

『苦労したのだぞ? “条約”以降我々は、自らの魔力と意思によって人間界へ顕現することができない。だから抜け道として「人間側の召喚に応じる」形にしなければならない。そのためにわざわざ、廃れていたコックリさんを復活させたのだ。毎日そこの小娘の夢枕に声だけ転送し、コツコツ「コックリさん、コックリさん」と囁き続け』

「嫌ああああああ!?」


 キモすぎる光景にエッコが自分を抱き締める。

 ヤギ頭は両腕と大きなコウモリっぽい翼を広げる。まるでそれ自体と、自分の努力を見せびらかすみたいに。

 だけど僕としては翼も、まったく意味の分からない話もどうでもいい。それどころじゃない。


「待て!」

『なんだ?』


 僕の一番切実な問題。それは、


「どうしてオレを魔界へ連れていくんだ!?」


 僕としては疑問でしかない。だけどヤツは逆に僕の方がトンチンカンみたいな顔をする。


『何? ナゼ、だと? キサマがナゼと聞くのか、ハバトケント』

「はぁ?」


 僕の険しくなる表情を見たヤギ頭、今度は愉快そうに大笑いする。


『フハハハハ!! まさか知らんのか!? 正気か!? 本気で言っているのか!? コイツは傑作だ! ハッハッハッハッハッ!!』


 まさか悪魔に正気を問われる日が来るとは。

 それにしてもどれだけ愉快なのか、そもそもどういう笑い方なのか。口の端から紫の炎がチロチロ漏れ出ている。悪魔感あって怖いな。

 ヤギ頭は僕の顔を指差した。恐怖心があるとそれだけでギクリとする。


『ならば教えてやろう。ハバトケント、キサマは』

「嫌ああああ! 怖いよぉぉぉ!!」

「助けてーっ!!」

『キサマは我々悪魔族を』

「やっぱりコックリさんなんかせぇへんかったらよかったんやぁ!!」

「許してぇ! もうしませんからぁ!!」

『……』


 轟々と響く女子の悲鳴に悪魔も言葉を止めてしまった。ヤギ頭の表情なんて分からないけど、雰囲気で不愉快そうなのが伝わる。


 嫌な予感がする!


『うるさい小娘どもだな』


 ヤツはついにイチコたちの方へ顔を向ける。そのまま口をゆっくり開くと、



『落ち着いて話をするためにも、まず此奴こやつらにご退場願おうか』



 燃え盛る紫の塊を生み出した。何をするつもりかなんて僕にでも分かる!


「やっ、やめろっ!」


 足がすくんで動けない。それでもせめてと悪魔へ手を伸ばすが、



『聞けんな』



 一瞬その目がニヤリと歪んだか。そのまま勢いよく炎の塊が吐き出される。


 瞬間、



 甲高い音が鳴った。日常生活であまり聞かないから、なんの音かは頭が追い付かない。代わりに僕は光景でその正体を理解した。

 教室の、校門の方に向いた窓。そこを突き破って何かが飛び込んできたのだ。

 そしてそれは素早く炎とイチコたちのあいだに入り込むと、



 M107の狙撃にも耐えるらしいボロ布を、壁にするように掲げた。



 そのまま炎が布に当たると、持ち主はクルリと包み込むようにして床に叩き付ける。家庭科の教材ビデオで見た『揚げ物なんかで炎上した時には、水をかけずに濡らしたタオルを被せましょう』みたいな感じ。


『何ぃ?』


 悪魔が少し困惑したように呟く。

 それを意に介さず火を消し去って、マントをサッとケープみたいに纏うソイツの名は、



「メロ!!」

『危ないところだったな、ハバトケント』



 優雅に髪をファサッと靡かせる、昨日の敵今日の友。



「い、いったいどうして!?」

『たまたま近くを散歩していてな。耳の翻訳機コレは翻訳だけが能ではないのだ』


 駆け寄る僕へメロは自慢げに、尖った耳の頂点を叩く。そこは普通装置の方をアピールするところじゃないだろうか。

 急な助けに喜ぶ僕へ、水を差すように拍手の音が響く。


『いやぁ、見事だ。ナイスタイミング。服装はいたって普通の地球人だが。その面相と装備を見るに、キサマ、エスパーク人か?』


 なんだコイツ。悪魔のクセに妙に詳しいな。対するメロは疑問に思わないらしく、胸を張って答える。


『いかにも。私は誇り高きエスパーク国家連合軍第一特務部隊員、メロ。そういうキサマは』


 メロはヤギ頭を見据える。


『戦闘用コンタクトレンズの分析によると。外観、骨格、脈拍と血圧、体温など総合的に判断して。地球上生命体・カテゴリー:悪魔と推測される』


 本当に悪魔らしい。なぜ宇宙人の彼女がそんなデータを持っているかは分からないけど。悪魔自身も言い当てられて「ほほう」と小さく呟く。


『が』


 が。分析としてはもうだろうに、メロは言葉を止めない。どころか相手に対して半身はんみで立って、アゴに手を当て、



『我々からすれば、宇宙文明後進国の類人猿モンキーでしかない』



 悪魔の口角が上がる。それだけ言うと笑ったみたいだ。

 けど、血走らせた目を見開いて、草食動物の頭とは思えない牙をむき出しにした表情。

 明らかに怒りと威嚇のソレだ。

 魔力っていうんだろうか。プレッシャーが風みたいな質量を持って僕の皮膚を叩く。



『ケンカを売っているのか?』



 地の底、殺意の底から響くような声。

 返すメロの声は高く、挑発の色がある。表情は同じ歯を剥いた威嚇だが、はっきり相手を嘲笑う楽しさを持っている。

 彼女はわざと正面から視線をかち合わせた。



『お安くしておくぞ?』

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