26.宇宙人と地球食
「宇宙人〜!?」
やっと登校できるようになった初日。いつかの焼き回しみたいにイチコが横にいる。
「驚かへんよ?」
「驚いてたろ。二秒前だぞ」
「そぉんなことあぁらへぇんよぉ〜!」
「残暑引きずってるみたいなテンションだな」
「えぇやんか。学校始まったのにすぐお休みで久しぶりなんやし」
「夏休みも結構会ってたし沖縄にも来ただろ」
「細かいこと言わんの。そんなことより!」
イチコが手をパンパンと叩く。仕切り直したいらしい。
「宇宙人ってどんなん!?」
キラキラした瞳を向けてくる。まぁ気になるよな、フツー。もっとフツーならそもそも信じないけど、
んー、でも、沖縄で巨大タコ見てるならともかく。博士の家で暴れ回るおねえさんを見た程度で、宇宙人とか信じるようになるか?
いや、そもそもあのサイズのタコ、いくら沖とはいえビーチから見えなかったのか?
ニュースにもSNSにも上がっちゃいなかったし、誰にも見えてなかったのかもしれない。
そんな思考は甲高い声で遮られる。
「な! な! どんなん!? 写真とかないん? アメーバ? 火星人? グレイ? ラルク?」
「最後宇宙人じゃないだろ」
「なぁなぁ教えてぇやガクトく〜ん!」
「ケントだよ!」
普段「ケンちゃん」呼びのクセにワザとだろ!
この際妙なノリはいいとして、腕に絡み付いてくるのは歩きにくい。さっさと教えて満足してもらうことにしよう。
「ほら、あんな感じだよ」
「えっ?」
僕が指差す先。ちょうど十字路に差し掛かるそこにいるのは
なんか『有楽町のジャンヌ・ダルク』とかプリントされてるTシャツの
きっとおねえさんのでサイズが合ってないんだろう。半袖が七部丈になって、裾はワンピースみたいになっている。エスパーク人とかいうのはすっぽりした格好が好きなのか?
ビニール袋(有料化につき使い回しでクシャクシャ)を提げたご近所の第三種接近遭遇。地球人サイドが発したメッセージは
「Janne Da Arcやった」
宇宙人より先にTシャツの地球人とコンタクトしている。人違いだけど。
「そうじゃなくてほら、本体見てほら。念願の宇宙人だよ」
『エスパーク人ダヨ〜』
「よかったなイチコ。写真じゃなくて生エスパーク人だぞ」
『ホーラ耳尖ッテルヨ〜』
「それは隠せよ外なんだから」
状況分からないクセにノリがいい(軽い)宇宙人特殊部隊員。うんうん、グローバルグローバル。
しかし飛び入りのメロでさえ空気読んだ対応ができたのに、イチコはというと、
「いやいやいや! 絶対おかしい!」
このグローバルの波に乗れないようだ。オマエは取り残される側の人間だったか。悲しいよ。悲しー。
「これのどこが宇宙人やねんな! どっからどう見ても『ナルニア国物語』あたりの実写ロケから抜け出してきた子役やろ!」
「せめて『スター・ウォーズ』だろ」
宇宙人マエストロ・イチコはお認めにならないようだ。
まぁ僕だってこんな、見た目も発言もただのファンキーな外国人。「うわスッゲー!」とはならないけど。
「そもそもこない買い物姿こなれてる宇宙人どこにおんねん!」
彼女はメロのビニール袋に掴みかかる。
『これだから宇宙文明未開人は。我々の星でも店舗やショッピング、資本主義の概念はあるに決まっているだろう』
「買ったもの
あとオマエの星はその未開人に負けてんだからな。それにしても資本主義まで一緒なのは少し驚きだな。
その概念に対し、破壊なのかもっとも原始的な適合なのか分からない、『強奪』という道を選んだ未開人の中の未開人イチコ。鬼の首を
「ほれー見ぃーっ!! サバ缶ー!! 宇宙人がこないなモン食べるかいやーっ!」
「コイツ食糧持ってないから、人間のを買うしかないんだよ」
「でももうちょっと宇宙っぽいのあるやろ。あの、なんちゅうの? パウチタイプ? のゼリーとか」
「見た目のイメージだけじゃないか」
『そんな飽きるほど食べたもの、せっかく地球食を食べる機会で選ぶわけないだろう。さては小娘、海外旅行に行ってもマクドナルドしか食べられないタイプだな?』
「いちいち地球人の解像度が生々しいんだよ」
ていうかイメージどおりのもの食ってるんだな。でも結局保存食の缶詰食ってりゃ世話ないけどな。それこそマクドナルドでも食べてみろよ。
それはそうと、
「ところでオマエ、なんで一人で出歩いてるんだ? おねえさんが見張るって話じゃなかったのか?」
『ヤツは目覚ましが鳴っても布団から一歩も出ず私に「朝飯ないからサバ缶買ってこい」と言ったきり、二度と目を覚ますことはなかったぞ』
「死んだみたいに言うなよ。誤訳か皮肉か分かりづらいんだよ」
『食事は保証されていたはずなのに。戦争犯罪だ』
「重いな」
案の定と言うべきか。『野放しにしたら危ないから』って話だったのに、さっそくテキトーやられてる。何が『絶対的な安心感』だよ。何が『ナンダカンダ大丈夫だろう』だよ。昨日の僕よ、信じたオマエがバカだったぞ。
それと少年少女の憧れな『おねえさん』なんだろ? サバ缶食ってないで朝は食パンにヌテラでも塗れよ。
「誤訳! そうや! そうやねん! 宇宙人がそない流暢に日本語話すワケないやろ!」
会話から振り落とされていたイチコが、今だと言わんばかりに割り込んでくる。
『音声がナチュラルじゃないだろう。翻訳機を通しているのだ』
「ホンマにぃ〜?」
探偵モノにでる無能刑事みたいに首元を覗き込むイチコ。メロがそれを押しのける。
『それより君たちは学校があるのだろう? 早く行かないと遅刻してしまうぞ。校門で竹刀を持った生活指導にタコ殴りにされ、水入りバケツで廊下に磔にされるのだろう?』
「また情報が歪んでるな」
『私も腹が減ったし、あまり遅くなると家主に捕虜虐待されかねない。また会おう』
「ん」
そのままどこかへ行こうとしたメロだが、
『お、そうだ』
急に足を止めて、こちらへ振り返る。
『ヤツから伝言だ。「今日はおねえさん用事があって“終日営業休止”だから、ヤクザに拐われたりしないように」とのことだ』
「そう何度も拐われてたまるか!」
余計なフラグを立てる宇宙人は青信号で横断歩道の向こうへ消えていった。こうしてイチコ人生初の未知との邂逅は幕を閉じた。
マルモっちゃん(担任)が根回ししたのか。そもそも本当のことを知らされてないのか。
僕に「おまえヤクザに誘拐されたんだって!?」とかコメントを求めにくるマスコミの卵はいなかった。そういうの大好きニッシーとジンタですら、対応は普通だった。
いや、別に『骨折して松葉杖突きながら教室に来たクラスメイト』みたいにチヤホヤされたかったワケじゃないけど。
変によそよそしくされたわけでもなかったし、平穏無事に五時間目が終了。僕としては不満のない社会復帰だった。
そんなわけでランドセルに教科書を詰めていると、
「ねぇケントくん」
「なぁに?」
クラスメイトのエッコ(ニッシーと同じくあだ名)が声をかけてきた。珍しいことでもないが、特別絡みが多い相手でもない。
「オレになんか用?」
エッコの向こうには彼女と仲良しの女子グループがいる。エッコは少しオネダリするような声で笑う。
「一緒に『コックリさん』しない?」
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