25.『おねえさん』とラストソルジャー
「えぇ……」
『くっ! 殺せっ!』
マントはズダボロになっているが翻訳機は無事らしい。相変わらずの、マイクを通したような声がする。
ていうか、
「めっちゃ縛られるじゃん」
『だって全身覆わないと、いろいろ見えちゃうからな』
「えっ!? お、オマエ、マントの下って」
『M107の狙撃にも耐える代物だ。これ以上のジャケットは必要ない!』
「文化の違い!」
『ポケットも多数、装備一式を持ち運ぶにも便利だ! 全部イカれたが』
「ヒグマの話題より地球の常識を持ち運んでくれ」
『そうか、なら』
それはつまり、非常にマズい格好をしているというか、格好がないというか。一応ゴツいブーツは履いてたのに(今は跡形もない)。
それと狙撃が相手だったら、マント被ってない頭を狙われるだけだと思う。
『くっ! 殺せっ!』
「また偏った知識の仕入れ方したんだろうけど。いちいち『くっ』って入れなくていいんだぞ」
『くっくっくっ! 殺せっ!』
「態度デカい捕虜だな」
というか、なんでさっきから僕が受け答えしてるんだ。そういうのはしかるべき(?)立場の人間がやってくれ。
「おねえさん。なんでこんなの捕まえたの?」
さっきからビール飲んでる、しかるべき人間に話を振ってみる。おい、マジメにしろよ。
が、
「生きてたし」
返事は彼女らしく、あまりにも考えられてない。だからマジメにしろよ。
「えぇ……。拾ってきたんなら、責任持ちなよ?」
『私は犬か! 他の人種を人間扱いしない差別主義者め!』
「またセンシティブな話題を」
「うるさい。生殺与奪はおねえさんが握ってるんだぞ」
『ワンワンワンワン!』
「『殺せっ!』とか言ってたプライドとは思えない」
犬というよりはイモムシみたいに転がっている女騎士(宇宙人)。まぁ実態はミノムシ状態だけど。
『私とて希死念慮があるわけではない。が、このまま生き延びるワケにもいかないのだ』
「それは、なんていうの? 軍人としての誇り、的な? さっき崩壊してたけど」
『いや、普通に助かっても母星まで帰れないから』
「おいおい」
『あらゆる物資が機体ごとロストしたんだぞ!? 餓死とか原生生物に少しずつ食われながらとかになるくらいなら』
「思った以上にグロい理由だった」
北海道じゃないんだから、そんな怖い生物はいないと思うけど。
「仲間が助けに来たりはせんのか?」
ようやく博士が口を開く。屋根がなくなって魂抜けてるのかと思ってた。
『そんな情報、言えるわけないだろう』
「ま、言わずとも最初からアテにしとらん時点で明白だわな」
『くっ』
「そもそもエスパーク地球侵攻軍本隊は去年の暮れに大打撃を受け、本星へ撤退しておる。残っているのは回収してもらえなかった、見捨てられた残党ゲリラばかり」
「えっ?」
えっ?
博士は何を言っているんだ? 地球侵攻軍? 去年の暮れに大打撃? いつの間に宇宙戦争が?
そんなのまったく知らないぞ?
いや、それより、
なんで博士はそんなこと知ってるんだ?
『そこまで知っていて聞くのか。性格の悪いヤツめ。なら答えてやろう。キサマの言うとおり、仲間は助けに来ない。我が第一特務部隊はすでに私を残して全滅、本隊も今回のサンプル回収が成功したら迎えに来る手筈だった。それも失敗した今、私には
「あーあ、ヒョウブが壊したー」
「そっちはUFO壊したから、お互いさまじゃて」
「待って待って待って」
理解が追いつかないまま周囲の話だけが進んでいく。しかも全滅とか単語ばかりが物騒になっていく。
でも大人は説明してくれない。というか意図的にハブって、僕の頭越しで完結しようとしてる? だったら最初から僕がいないところで話せよ、と思わなくもない。
だから無理矢理割り込んでみる。「待って」とか「なんの話」だと無視されるから、まずは今の流れにうまく混ざる形で。
「それだったらさ、そのUFOで勝手に帰ったらよかったんじゃないの?」
『あの機体はそこまでの航続能力を有していない。地球人類史でたとえるなら「空母から飛び立つ飛行機」だ。母艦もないのに日本本土〜真珠湾を行き来できないようなものだな』
「え? じゃあ回収失敗して迎えが来なかったら」
『さっきから「望みはない」と言っているだろう。そもそもあの機体で帰れたとして、敵前逃亡で処刑されない保証はないが』
「思った以上にハードな詰み方してた」
やっぱり僕のいないところで話をしておいてほしかったな。さっきとは違う意味で。
「おねえさん、コイツどうすんの?」
「んー」
おねえさんは人差し指で左の口角をムニッと上げる。
「でもねぇ、おねえさんだからねぇ? さっきの今で、少年少女の前で『知るかボケ。失せな』とは言えないよねぇ?」
「そうじゃのう」
頷き合う大人二人。
僕も見捨てられた遠い星で、餓死するまでさまよわせるのはなぁ。全裸だし。
そのマントをひん剥いた犯人は、背筋を伸ばして大きく胸を張った。
「よしっ、ウチで捕虜にしておくか!」
正直ホッとした。僕からすれば誘拐されたし、地球としても侵略者らしい。
でも、さっきの話を聞いたら同情はするし、何より
『いいのか?』
さんざんおねえさんに追いかけ回されていた時。
そりゃ街中で、しかも人に向かって兵器をぶっ放したりしてた。でも人並みに焦ったり、割と話せば気さくだったり。
あんまり「悪いヤツだ」って印象を持ちきれないでいる。あとたぶん外見が中学生くらいにしか見えないこともある。
だから、うん。酷い目には遭ってほしくない。だけど、
「でも、よく分からないけど侵略者なんでしょ? 大丈夫?」
「まぁまぁまぁ」
おねえさんはニッコリ笑う。
「むしろキケンな相手ならさ。野放しにするよりおねえさんが面倒見ちゃう! その方がよくなぁい?」
「そっ、そうだねっ!」
一つおねえさんに言えること。
それは、雑な強さや雑な考え方が、時に絶対的な安心感をくれること。
「まぁおねえさんならナンダカンダ大丈夫だろう」って思わせてくれること。
その雰囲気が、星や文化を超えて伝わったのかもしれない。さっきまで絶望的な顔で転がってたメロが、少し余裕のある微笑みをする。
『本当にいいのか? 宇宙国際条約に
「知らないよ、そんなの。ご飯と寝床とお風呂しか保証できません!」
「そもそもそんなモン、地球は未加入じゃろ」
『なんだと!? 野蛮人め! それと、ちゃんとエスパーク人にも摂食可能な食事にしろ!? ゴボウなんか出したら虐待だぞ! あとが怖いぞ!』
「ゴボウ?」
「その話は男の子が歴史を習っても、たぶん授業じゃ出てこないエピソードかな」
こうして僕の身の回りに、新たな常識外の存在が加わることとなった。
その夜。
「いや、やっぱりマズくないか!?」
「あら、口に合わなかった?」
「あ! いや、おいしいよ?」
家に帰って晩御飯を食べてるさなか、少し冷静になった。
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