22.博士とアブダクション

 どういうことだ? 僕はてっきり


 1.おねえさんが謎の地獄耳を発動

 2.一連の会話に満を持して怒りの降臨←今ココ

 3.博士粉砕

 4.場合によっては僕も


 だと、そう思っていた。


 でも、これ、なんだ? え? まさか、おねえさん新モードだったり? それともドラゴンボールみたいにエネルギー弾を飛ばしてきてたり?

 割と間抜けなことを考えている横で、博士は驚愕の呟き。



「ゆ、UFO、だと?」



「えっ?」


 UFO? 急に何言ってるんだ、この博士?

 科学者なのにオカルト信じちゃってる系? いや、一部の理系の学者は神の存在を感じるとか聞いたことあるけど。なんでも突き詰めると、あまりにも偶然とは思えない美しき整合性があるらしい。

 いやそれUFOと関係ないな。


 それより、どうして博士はアレがUFOって分かるんだよ。僕にはただの光の塊にしか見えないぞ。いや、未確認飛行物体よく分からない、なんか飛んでるのって意味では間違いじゃないのかもしれないけど。


 そういうところは気になるんだけど。

 正直UFOそのものが実在するかどうかは気にならない。

 おねえさんならもうなんだって不思議はないし、やりかねない。「おねえさんだぞ。UFOくらい免許持ってる」とか意味不明なことで誤魔化して。


 だったら逆に、おねえさんを肩透かししてやろう。一周回ってリアクションしない決意を固めると、スーッと光の塊に切れ込みが走った。

 それに合わせて壁が下がる。激しい逆光の中現れたのは、



 全身黒マントで覆った謎の女性。



「は?」


 明らかにおねえさんじゃないソイツは一歩前に進み出る。ウェービーな長い銀髪が揺れて、余計に波打って見える。

 彼女は喉元を押さえた。よく見ればチョーカーみたいなのを着けている。



『キサマが、ドクター・オオドリイか』



 なんというか、マイクを通したようなナチュラルじゃない声。その高さといい顔付きや背丈といい、意外に若い、いや、幼なそうだ。全体的に西洋人形みたいな。

 どうやら僕は状況に頭がパンクすると、どうでもいいことを観察するクセがあるみたいだ。一種の現実逃避なんだろう。


 いや、それより、なんだ? 今、『ドクター・オオドリイ』って?


「だったらなんだ!」


 博士が吠えるように言い返す。この人もステレオタイプな老人口調かと思えば、急に普通の喋り方するよな。

 対する女は家の中をグルリと見回すと、僕の理解を待たずに話を進める。


『なるほどな、アレがか。たしかに聞いていたとおりだ』

「なんの用だ!」

『なんの用だと?』


 女のマントが揺れると、足元から何かが這い出てくる。

 それは掃除機のヘッドだけ外したような、バキューム的なホース。



『キサマらの研究の成果、そのサンプルを回収しにきた』



 瞬間、ホースは蛇みたいに頭を持ち上げ、



「あっ、えっ? うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!??」



「ケントくん!」


 ウチの掃除機の比じゃない轟音。博士のたくさんのサンプルごと、僕をUFOの中に吸い込んでしまった。






「あって!」


 吸い込みをやめたのか浮き上がる力が切れて、UFOの床に叩き付けられる。外から見るには光の塊だったが、腰を強打するとしっかり硬くて痛い。

 というか、内側は外と違ってあまり発光してない。SFで見るような操縦席やモニター、別の部屋へのドアなんかが分かる程度にはちょうどいい明るさだ。

 って今は情報整理してる場合じゃない。悪いクセだ。

 もっと観察すべき女はこちらに背を向け、床に転がったサンプル瓶を手に取っている。


「おい! なんてことするんだ! 今すぐ帰してくれ!」

「ドドッソーソ ララソー」

「あ?」


 こちらを向かずに、謎の抑揚で謎の文章を口走る女。僕のリアクションを受けてようやく振り返り、メンドくさそうに首元のチョーカーへ触れる。


『失礼。翻訳機の電源を切っていた。バッテリーも有限なのだ。今のは「静かにしてくれ」と言ったのだ』

「だったらさっさと帰してくれよ!」

『耳の方の翻訳機は切っていなかったので、言い直さなくても理解している』

「そういう話じゃないよ!」


 と言いつつ耳元を見ると、ワイヤレスイヤホンみたいなのが付いている。

 エルフみたいに尖った長い耳。

 この耳といい銀髪といい、今更だけどコイツ、人間じゃないのか?


 宇宙人、だったりするのか?


 思えばUFOに乗ってる時点で当然ではある。でも、あまりにもUFOそのもののインパクトが強すぎて、頭がたどり着いてなかった。

 当の宇宙人疑惑はまた僕から目線を外している。別のサンプルを拾って中身を透かし見。


「お、オマエ、何者なんだ?」


 疑惑は答えず、しゃがんで瓶を拾い集める。


「もしかして、宇宙人、なのか?」


 彼女は無言のまま、業務用冷蔵庫みたいな大きい箱へサンプルを詰める。


「おい! なんとか言えよ!」

『……まったく。余計なものまで拾ってしまった』

「だから! そう思うんなら帰してくれていいだろ!」


 暫定宇宙人は箱の蓋を閉めると、こちらへ振り返ってその上に腰掛けた。


『君の質問に答えたら、少しは静かにしてもらえるか?』

「逆になんで帰してくれないんだよ。え、もしかして」


 頭の中に嫌な予想が浮かぶ。

 まさか、まさかとは思うが、


 口封じ、とか?


 一気に嫌な汗が吹き出す。いやいや、待ってくれ。よくある『UFOに拐われた話』って、みんな帰ってきてるじゃないか! なんかインプラントとかされたりはするみたいだけどさ!

 あ、でも、そもそも帰ってこれなかった人は体験談話せないのか。


 え?


 僕の緊張を無視して、彼女は今頃話してくれる気になったらしい。こっちを見据えて座りなおす。シルバーの瞳。似たようなグレイはあるらしいけど、地球人なら瞳孔は黒いはずだ。

 聞きたくない! 口封じとかされるくらいなら、何も知らせずに解放してほしい! 博士のサンプルは手に入れたんだから、平和に済ませてもいいだろ!?

 でもそんなこと向こうは知ったこっちゃない。


『まず「宇宙人か」という問いだが、これは半分イエスと言える。地球言語における定義では、まさしく私はそれに当たる。だが、宇宙的スタンダードから言えば「エスパーク人」と名乗るべきだろう』

「S……」


 なんか小難しい話に固有名詞まで混じってうまく頭に入ってこない。


『そして私は誇り高きエスパーク国家連合軍第一特務部隊員、メロだ。よろしく』


「よろしくあるか! 早くここから出せ!」


 自分から聞いといてだけど、もうこれ以上聞いてられない。僕は宇宙人について詳しくなりたいんじゃない。今すぐおうちに帰りたいんだ。

 しかしメロとかいうのは無情にも首を左右へ振る。


『それはできない相談だ。何せ君は』


 その時だった。

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