18.『おねえさん』と急な休み
「一度ならず二度までもケントを助けていただき、誠にありがとうございます」
「もう本当に、なんとお礼申し上げたらいいか分かりませんわ!」
父さんと母さんは何度も頭を下げている。どうやらおねえさん、またもハバト家に対する株を上げたようだ。
まぁ実際僕も助けられてるから(それに二度じゃなくて本当はタコ入れて三度)、異議があるわけじゃないけどさ。
当のおねえさんはというと、
「そうおっしゃらずに。人として当然のことをしたまでです。それよりほら、顔を上げてください。息子さんもいますし。子どもはあんまり、親のそういう姿見たくないものですから」
本当、心得た対応するよな。散々人間の
「しかしそうはいきません」
「ほら! ケントもおねえさんにお礼言いなさい!」
「あ、うん」
母さんに背中をバシッと叩かれる。
「あ、ありがとう」
親に言われてで、最後の方は消え入りそうになったけど。
おねえさんにちゃんとお礼が言えたのはこれが初めてだろうか。
対する彼女は、ニマーッとシャクな笑顔を浮かべている。
「むふー。ついに恥ずかしがり屋でツンケンしてる男の子から? 『ありがとう』って? 言ってもらっちゃた♡」
「う、うるさい! 今のナシ!」
「だーめ。耳で録音した。おねえさん少年少女からの好意は一生忘れない」
「があああっ!」
「おねえさんありがとう! ホンマありがとう!」
唐突にイチコが割り込んできておねえさんの手を握り、ブンブン振る。
「なんでイチコがお礼言うんだよ」
「だってケンちゃん助けてくれはったんやで!? それに、頼んだのもアタシやもん」
「イチコが?」
「ちょうど通りかかったんだよ」
おねえさんが左手でイチコの頭を撫でながら、右手でピースサインを作る。本当にただ通りかかっただけなのか、曰く『少年少女のSOSをキャッチした』のかは分からない。
でもドヤ顔がウザいので深掘りしないでおく。
おねえさんも長々引っ張る気はないようだ。スマホでチラッと時間を確認すると、
「じゃ、通りすがりなんで。そろそろ帰ります」
イチコの頭から手を離し、近くに停めてあったバイクの方へ歩き出す。自分で走った方が速そう。
「あ、ちょっと」
「はぁい?」
その背中を父さんが慌てて呼び止める。にっこり愛想のいいスマイルで振り返るおねえさんだったが、
「この地面に倒れているビルはいったい?」
「私ガ来タ時カラソウナッテマシタヨ」
今まさにパトカーへ押し込められるところだったヤクザたちが、「えっ?」と振り返った。
次の日。新学期早々、僕はリビングで暇を持て余している。
怪我とかしてないことは病院のお墨付き。
けど『犯罪に巻き込まれた児童のメンタルケア』ってことで、向こう数日お休みになることが決まったらしい。
ま、夏休みの延長とでも考えておくか。宿題を終わらせてないヤツに分けてやりたいね。
いや、そんなそんな学校行きたくてしょうがないワケでもないけど。
にしても暇というか、落ち着かない。
ズル休みみたいになったってのも、母さんがガーガー掃除機かけてるってのもある。
でも一番の落ち着かない理由は、
父さんが今日も仕事に行った。
落ち着かない。ちょっとじっとしてられない。
「母さーん。ちょっと散歩行ってきていい?」
「え?」
母さんは掃除機を止めた。聞こえなかったらしい。一応専業主婦ができるくらいには父さんが稼いでるんだ。静かなヤツなり自動のヤツなり買えばいいのに。
「だから、散歩行ってきてもいい? って」
「ダメよ。ゆっくりしときなさい。心を休めるよう言われたじゃない。それにあなた、最近何かと巻き込まれがちじゃない」
「うっ」
たしかにそうだ。ここ最近は異様にドエラいことが続いている。歩けば棒に当たる気分だ。
それに、ヤクザに拉致られたんだ。母さんとしても『官僚の息子だから狙われたのでは?』と思わないワケはない。あまりウカツに外へは出したくないんだろう。
でも人質として拐われたんなら、『一部があればいい』っていうのはいったい。
いや、今はそれより外に出たい。
「心を休めるっていうなら、引きこもってる方が気分下がるよ。『トラブルが起きるから外に出ちゃダメ』って思って過ごすのもさ」
口に出してから「あっ」と思った。
ちょっとイジワルな言い方だ。『官僚の息子だから』が頭にある母さんには、『親の仕事のせいで自由を奪うのか』と思わせるかもしれない。
気が落ち着かないとはいえ、ちょっと外へ出たいがためには言い方が。
でも僕が何か繕うまえに、母さんは困った笑顔を浮かべた。
「あんまり遠くに行かないのよ?」
「はぁ」
外に出れたはいいけど、逆に外にいるのも罪悪感で落ち着かない。
なんとなく歩いているとコンビニが見えてきた。あぁ、まえにおねえさんと夜歩きしたコースか。
あの時は自分の子どもっぽさがどうこう、みたいな話したっけな。たしかその時に宿題とか言われたこともあったけど、今の僕はどうだろうか。
「『どうしてオトナになれないと嫌なのか』か」
改めて考えると詰まる。なんだか焦燥感のような、『早くオトナにならなきゃ』『子どものままじゃダメだ』って感覚。なんなんだろう。
僕は『オトナ』の先に、何を見ているんだろう。
「あーあ!」
ぐちゃぐちゃの頭の中を、ため息で空に向かって吐き出す。
すると、
ドドドドドド!
背後から、それをすかさずキャッチしてかき消してくれるエンジン音が。
振り返ると
「セラーム、男の子」
「なんであいさつ統一しないの?」
ノースリーブTシャツにオーバオール。
本当、来てほしい時に来てくれる人だ。
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