14.『おねえさん』とペルセウス座流星群

「ふんふふんふーん、ウォウウォウ♪」


 叔父さんの店のキッチン。流れる出典不明の鼻歌。

 お客さんがいないのをいいことに、おねえさんが占領している。






 あのあとマジに博士を拉致監禁してしまうのかと思ったが、おねえさんはあっさり引き上げることにした。


「じゃ、また来るからね。身辺整理しとくんだね!」


 ビシッと指差しただけ、そのまま地下室を後にしてしまう。もちろん壊したドアは直さない。直せる具合でもない。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 僕らも慌てて追いかける。


「オレが言うのもなんだけど、放って帰っていいの? 逃げられるよ?」

「まだ東京帰らんにしても、叔父さんに拉致るとか、せめて両手両足縛っとくとか!」

「なんでイチコはそんなマフィアみたいな発想が湧いてくるんだよ」

「まぁそれはアレやとしても、『泊まるかも』とか言うてたやん。せぇへんの?」


 おねえさんは一度だけ博士の方を振り返った。


「ま、コイツは逃げたりしないでしょ。逃げなきゃいけないのは分かってるだろうし」

「はぁ?」


 日本語がムチャクチャな返事に戸惑うが、彼女の表情にいつものふざけた様子はない。まっすぐな視線の先、博士もいたって真剣な表情で呟く。


「ま、そうなるだろうて、な」


 逃げるべきと分かっていて、逃げれるのに逃げない。そこまでの引け目。

 だからマジで何したらこんな卑屈になるんだよ。






「はーい、コーヒーゼリー完成だよーん」


 おねえさんが黒いスイーツを持ってくる。もちろん上には白いクリームも。


「こんなの作るんだ。意外」

「大好物だからネ!」

「それも意外」


 彼女はテーブルにゼリーを三つ並べると、腰に手を当てムフーッとする。


「『おねえさん』は少年少女の憧れだからね! オシャレなものを食べなければならない」

「『コンビニメシしか食べてない』とか言ってたくせに」

「ん? 何か言ったかな? ん? ん?」

「なーにもー」


 またもウザったい決め台詞を言われてしまった。ちっ。

 そこに、


「お! おいしそうなゼリーじゃーん!」


 庭に出ていた叔父さんが戻ってきた。おねえさんじるしのゼリーをジロジロ眺める。


「いいねいいねぇ。おねえさん、オレの分はある?」

「気持ちで受け取って♡」

「物質はないのね」


 かわいそうに。見ず知らずの相手に(下心あるとはいえ)、食事や寝る場所を提供しているのにこの仕打ち。

 しかし沖縄で生きるうちに『なんくるないさ』を身に付けたか、叔父さんはすぐに頭と話を切り替える。


「ケン坊! イチコちゃん! 準備終わったよ。これで今夜はバッチリさ!」


 そう。今夜なのだ。

 気象庁の『ペルセウス座流星群の出現が、本日最大になる見込みです』というアナウンスがあったのは。


 当初の予定どおり到着してたら、僕は何日叔父さんで過ごすことになってたんだろうか。いくら母さんがいないからって、そんな厄介払いみたいな。

 いや、せっかくの沖縄、すぐすぐ帰りたかったわけじゃないけどさ。






 大ダコと死闘を繰り広げたり(おねえさんが)老人を襲撃し器物損壊したり(おねえさんが)と、気が付けば時間は過ぎていたみたいで。日が長い季節なのに、夜空は思ったより早く訪れた。

 昼間の死闘ラッシュとはエラい違いの静かな空。ここからさらに天体ショーが始まると思うと、我ながら大変な一日だったな。

『夢は一日の記憶の整理』と聞いたことがある。きっと今夜はパンクして悪夢になるだろうな。あぁ嫌だ嫌だ。

 ムダに恐れおののく僕だが、イチコはというと呑気なもんだ。


「月が、キレイやねぇ」


 いや、星を見ろよ。ちゃんと見ろよ。おい、その手に持ってる花火セットはなんだ。薬局の入り口でいっぱい売ってるヤツ。

 おねえさんはというと、意外に縁側で横になって空を見ている。左手は頭を乗せ、右手には缶ビール(飲みすぎなんだよ)、足元に蚊取り線香。


「こっち来ないの?」

「ここからでもよく見えるよ」


 いつもはウルサイくせに、妙にくたびれたオトナみたいな。


「あーっ!!」


 イチコの大声が響き渡る。振り返ると空を指差しピョンピョン跳ねている。花火しないんなら置いとけよ。


「ケンちゃんケンちゃん! 流星群! こっちおいでぇな! 早よ!」

「わっ」


 小走りで来たイチコに腕を引っ張られながら空を見ると、


 黒い夜空を一筋、続いてもう一筋、今度は二筋。白い光が引っ掻いていく。


「すごいな」

「そうなん? アタシはもっと柳の枝みたいにワシャーッ! って降るんかと」

「の割には結構はしゃいでたろ」


 突っ込んでみるもイチコには聞こえていないようだ。うっとり星空を眺めている。


「なぁ。『流れ星が消えるまえに願いごとを三回唱えると、その願いが叶う』って言うやん?」

「言うね」

「でも普通に考えて、そんなん間に合うワケない」

「うん」


 彼女はそっと、胸の前で手を組んだ。キリスト教のお祈りみたいだ。


「ほならさ。こんだけ降ってたら、さすがに間に合ったり、せぇへんかな?」

「それは違う判定じゃないか?」


 まぁそもそも、普通の流れ星に間に合ったって願いを叶えてくれるとは思わない。

 でも、


「でも、やってみる価値はあるんじゃないか?」


 そう思わせるだけの、信じてみたくなるような神々しさがこの光にはある。


「うん」


 それっきりイチコは夜空を見上げ、願いごとに集中し始めた。話しかけるのも気が引ける集中具合。首が疲れるとかも考えず、一途に一途に何を思っているんだろうな。

 叶うかは知らないけど、その頭上へ祝福のように星が降る。



 すっかり自由研究目的の流星群を乙女の趣味にしてしまったイチコ。

 なんかもう『課題のため』っていう緊張感をすっかり失ってしまった。僕も息抜き的におねえさんの方を振り返る。

 彼女は目が合うとゆっくり縁側から降りてきた。そのままゆっくり僕の隣へ。


「楽しんでる?」

「まぁね。おねえさんは?」

「君が『まぁね』とか言わず素直になってくれれば、もっとかな?」

「なんだそりゃ」


 たしかにちょっと恥ずかしがって「楽しい!」と言わなかったところはあるけどさ。

 見透かされた照れ隠し。素直に答えず、違う言葉に想いを込めてみた。


「ねぇ次の流星群って、いつのなんだろうね?」

「十月にりゅう座、三大流星群に限ると十二月にふたご座かな」

「詳しいんだね」

「『おねえさん』は少年少女の憧れだからね。君たちが興味を持ちそうなことはなんでも知ってる」

「へぇ。まぁそれはどうでもいいんだけどさ」


 チラッとおねえさんの方を見ると、彼女は夜空を見上げている。こっちを見ていないのをいいことに、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いてみる。



「次の流星群もさ、一緒に観に行こうよ」



 でもさすが、彼女にはバッチリ聞こえていたみたいだ。僕の頭に手を乗せると、



「行けたら、いいね」



「うん」


 なんだろう。いつものおねえさんにしては煮え切らないというか。前向きさが足りないような。

 よく分からない違和感を残したまま、彼女はそれ以上何も言わなかった。


 それすらも拭い去るように、白い軌跡がパラパラ、絶え間なく流れる。

 夏休みが終わっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る