15.『おねえさん』と新学期
「気を付けて行ってくるのよ?」
「五年通ってんだから何もないだろ。行ってきまーす」
朝。ひと段落して帰ってきた母さんに見送られて玄関を出る。久しぶりに背負ったランドセル、今日はまだ軽い。その代わり手荷物は多い。
そう。今日は二学期の始業式だ。
流星群が終わってから数日後。
「また来てね〜! なるべく早くね〜!」
叔父さんは僕ら(たぶん大部分はおねえさん)との別れを惜しみ、空港まで見送ってくれた。まぁバツ2の独り身は寂しいだろうから、少しだけお察し申し上げる。
そのまま飛行機がハイジャックされることもなく、僕らの濃い沖縄滞在はあっさり幕を閉じた。
ちなみに。おねえさんはマジで博士を拉致ってきたし、東京へも連れて帰った。でも同居するわけじゃないらしく、哀れ引っ張られてきた彼の消息は不明ということになった。
夏休みは終わったけど気温はまだまだ酷暑の領域。汗かきながら、ひぃひぃ学校へ向かっていると、
「ニー『ドドドドドドド』
「えっ、なんて?」
一瞬、聞き覚えのある声が聞こえたような。でも重低音が邪魔してよく聞こえなかった。声がした(ような気がする)方を振り向くと、
「ニーハオ!! お! と! こ! の! こぉ!!」
「うわぁうるせぇ!」
『
やっぱりこの人の声だったか。重低音も彼女の仕業だったのか。
「ニーハオ!」
「あぁ、うん、おはよう」
「『あいさつにはあいさつで! 感じ合おうよ!』これマナー!」
「先生かよ。いや、先生でもそんな意味不明の標語言わないよ」
一応『おねえさん』としてか、子どもの教育に熱心なご様子。
彼女は一旦バイクのエンジンを切った。うるさくて会話に支障が出るからだろう。
「それより男の子。ランドセルなんか
「そうだよ」
おねえさんは腕を組み、ニヤニヤしながら首を左右へ。
「あーっ、そっかー、そっかー! じゃあもう毎日のようにおねえさんへ会いには来れなくなるかもねー! 大丈夫かなー? 寂しくないかなー? カーッ!」
「はいはい。そういうことだから構ってる暇ないの。遅刻したくないの」
そもそも毎日会いに行ってない。
「何をぉ?」
「うわっ」
おねえさんは僕をヘッドロックして揺らす。ヤメテェ!!
その、なんだ。袖のない格好でやられると、日本男児としていろいろ困る!
思いが通じたかは分からないけど、割とすぐに解放された。バイクのエンジンが入れられる。
「じゃ、暇になったらまた会おーねー、男の子!」
おねえさんはまたエンジン音を撒き散らし、走り去っていった。
「まったく。学校行くまえから疲れたよ」
ガックリ肩を落としていると、
「おいケント!」
「久しぶり!」
「おっと」
唐突に背後から両肩を叩かれた。振り返ると、
「あぁ、久しぶり!」
親友のニッシーとジンタが立っている。
本当に久しぶりだな。夏休み中もよく遊んだけど、『学校のある日』に会うのは少し違って感じ
「それよりケント!」
「さっきのおねえさん誰? おまえ姉なんていたの!?」
る間もなく、またもヘッドロックをかけられ質問攻めにされた。
本当、おねえさんのせいで朝から疲れた。
『楽しかった夏休みからまた、頭を切り替えて……』
教室にて。キーンコーンとチャイムが鳴っても、当の校長の話から頭が切り替わらない。マジメに聞いてなかったはずなのに、なぜか中途半端なワンフレーズがヘビロテされる。
なんなんだろうな。他のどの先生のどんな話にもない、『校長の話』の魔力。
「ケンちゃん一緒に帰ろうや」
イチコが席を立つなり誘ってくる。校長の何倍も聞いてきた声ですら上書きできない。
「なんだケント? 新学期もイチコと一緒に帰んのか?」
「沖縄にハネムーン行った仲だもんねぇ! お熱いねぇ! ヒューヒュー!」
「なっ、はっ、ハネムーンとか! ちゃうし!」
イチコの、煽る側からすれば100点なリアクションも聞こえない。というか、頭が音声の内容を理解しない。聞き流してる。
ニッシーはチャップリンの映画に見えるし、ジンタに至っては顔が校長に見えてきた。
「おねえさん、バイク乗りやったんやねぇ」
「あぁ、うん」
「イカついなぁ」
「うん」
帰り道。いまだにイチコへの返事が
「大丈夫? ボーッとして。夏休みロス?」
横を歩くイチコが顔を覗き込んでくる。校長ごときであんまり心配させるもんじゃないよな。
「いや、校長がね」
「校長ロス?」
「今朝もいただろ。ロスってない」
「いや、次の終業式まで会えへん、みたいな」
「慕うほど接点ないから」
口から『校長』と出すことで多少脳内から追い出せたんだろうか。イチコとの会話に少し身が入る。
彼女もそれで安心したのか、覗き込むのをやめた。
「シャキッとしぃや? ぼんやり歩いてたら危ないで? 電柱とぎゃっ!!」
イチコのお小言が電柱に貼られた『探しています。6歳オス・雑種 名前:エノキ』に埋まる。
そんなの犬も食わないってな。本当はたしか夫婦ゲンカだったっけ。
「大丈夫か?」
「ええ見本になったやろ」
鼻がトナカイみたいになってはいるが、幸い血は出ていないようだ。涙は滲んでる。
さすがに痛そうだな、気を付けよう
と思った矢先。
「わっ」
僕もドンッと何かにぶつかった。
質感と形からして電柱じゃない。おそらく人だ。大人の人。
「すいませんっ!」
反射的に頭を下げてから顔を上げると、そこにいたのは
ガタイよく人相悪い、南国風味なシャツに黒スーツの男。ちなみにノーネクタイ。
が三人。
「えっ」
「わっ」
僕とイチコが言葉に詰まっていると、
「君が、ハバトケントくん?」
三人衆の真ん中。金髪オールバックサングラス金ネックレス指輪ゴテゴテ(装備が多い)が、路上喫煙かましながら聞いてくる。
僕が隠したか自分で逃げたか、イチコは背後で縮こまる。
「は、はい」
「鳥の『羽』に『鳩』ポッポー、『健』やかに北『斗』七星でハバトケント? 間違いない?」
「そうですけど」
「よし」
金髪はタバコを投げ捨てた。
「やれ」
「ウス」
瞬間、
「えっ? ちょっ、うわっ!?」
「ケンちゃん!?」
左に控えていた角刈りゴリマッチョが、急に僕を担ぎ上げる。
「きゃあっ」
僕のランドセルをつかんでいたイチコが、右の角刈りゴリマッチョ(別に左とそっくりではない)に引き剥がされる。
「はっ、離せっ! このっ!」
これは考えるまでもなくヤバいやつだ! 誘拐以外の何ものでもない!
必死に必死にもがくけれど、小学生のパワーじゃ鍛えた大人には勝てない。
「ケンちゃん! ケンちゃっ」
イチコが口元を抑えられるのが最後の光景。目隠し猿ぐつわをされ、両手両足を結束バンドで拘束され、
車のトランクに押し込められてしまった。
狭くて硬くて息苦しいなか、そのままどこかへ走り去るのを音と振動で感じた。
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